酒と過去には呑まれるな

「俺もだよ」
 そっかーとアルコールを喉へ流し、一拍置いて「ん?」と向かいに座った須間の顔を見やる。酒を飲み始めてそれなりの時間が経っているのに、彼の顔色はあまり変わっていない。お酒が強いことは初めのはじめに明かされた。私はフツーだとか、あの子は弱いとか、アイツはザルだとか泣き上戸だとか特に参考にならない情報を交換して。それから学生時代の話で盛り上がって、須間は昔からモテてたよね〜と昔話に花を咲かせて、その後に何を話したんだか――
「……わあ」
 じわじわと記憶が鮮明に蘇り、遠い目になった顔を手のひらで隠す。冷えたビールに触れて濡れた手が心地よく感じる。
 昔から須間は女子から人気があった。爽やかで、物腰柔らかく優しくて、スマートで。告白されている場面を見たことが実はあったりする。
 須間とはクラスは同じだったし、隣の席になって何度も話をした。小さい頃からバイオリンを弾いていて、好きであること。演奏会に誘われて、素人のバカ丸出しの感想にほんのり赤くなった頬を硬くなった指先で掻いた姿にグッと心を掴まれて。
 若かりし頃の淡い片想い。
 いやはや酒の席とは恐ろしいものだ。少々、いやかなり遅いが弁明しよう。たしかに好きだけれど、こんなノリと勢いと懐古で言うものじゃ――。
「へっ?」
 間抜けな声とともに肩がずり落ちる。須間はやっぱり表情を変えないで、何杯目か数えていない酒を口に含む。
 好きだった。
 私の場合はそうだ。過去形ではなく現在完了形の継続。高校英語の用法がぽんぽんと思い出されるんだ。今そんなことはどうでもよくて、須間はなんて言った?
『俺もだよ』
 過去形ではなく、現在形。
「そういうとこ」
 不敵な笑みを零されて、己の尻尾を追いかける犬よろしく思考回路がぐるぐる同じところを回る。そういうとこ。そういうコトではなく? いやそれはそれで自惚れがすぎるだろう。
「今はそれでいいけど」
 その余裕ぶっこいた発言はなんだ。頼もしさを感じるそんな場面では絶対ないのに、酒でグズグズに溶けた思考はないものを拾い上げてしまう。
 とんでもないところに自分は踏み込んでしまったのではないか。
 迂闊さと恐怖、それから期待。
 全部が綯い交ぜになって、運ばれてきた梅サワーの味はよくわからなかった。

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Boy Meets Lady