にほひ、薫りて

 紫煙の匂いが夕暮れに交わって鼻の奥をくすぐる。瞑っていたうちの片目だけ器用に開けて、斜め後ろに佇む美しい男を一瞥した。
 ここのお坊さんは色々と口うるさい。煙草特有の臭いに何か説教されたら線香だと誤魔化せばいいかとテキトーな言い訳を頭の中でこねる。
 しかし、この美形謎である。いつも出会うコンビニで今日も出会ってどこに行くのかと尋ねられたものだから墓参りだと答えると、気のない顔でついて来たのだ。
 誰の墓か詮索してこない。興味ないのはわかっているけれどそうすると尚更何故来てくれたのか疑問は深まるばかり。もともと自分の話を積極的にしないひとで、しかも私の前では吸わない煙草を吹かしたのだから更に意味不明である。
 きっとこのひとのことを一生理解できない。諦めよりも、純然たる事実として目の前に立ち塞がる。自分と異なる生き物をすべて理解することなんて誰もできやしない。ならばそういうひとなのだとこちらは受け止めるしかないのである。
 既視感デジャヴ
 直方体の花崗岩を見つめ、ああと心の中でそれは零れる。
 寂しいと言ったら寂しいけど、涙で毎度頬を濡らすこともない。それでもその存在を実感するたびに行き場のない指先が喪失を持て余す。彼に対するこの感覚は死への感覚と似ているのだ。
 終わりを見計らったかのように、彼はくるりと門へ向かう。その背中を彼に倣って言葉もなく追う。
 やっぱりなんで来てくれたんだろうと大きな背中を漫然と見ていたら痩身が突然振り返り、奥底に身を沈める者の果てを探るような新橋色の瞳に囚われる。
「なんとなく」
「…………口に出てた?」
「顔に書いてある」
 もたらされた返答に無駄と知りつつ頬に手を当ててしまう。
「嘘。言ってた」
「そっちのほうが恥ずかしいんですが!?」
 お望みどおりのリアクションだったみたいで、若狭さんは喉を鳴らして笑う。そんなに笑わなくてもと頬を膨らましたが、ふたたび歩き出したその背中を小走りで追う。
「メシ行くか」
 頷いて、若狭さんの隣に肩を並べる。
 今日の墓参りは寂しくなかった。

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Boy Meets Lady