友人らのメリークリスマス

 店のドアを押し、可愛らしく転がったドアベルの金属音が小雪さゆき降る夜へ吸い込まれていく。白い吐息もゆらりと凍て空に溶け、静寂が鼓膜を支配する。飾りつけられて疲れた大通りをミュラーと歩き始めた。
「事前に時間指定して送っとけばよかったのに」
「手渡しのほうが喜ぶからいいんだ」
「なるほどね」
 弟妹きょうだい想いで結構なことでと、両脇に抱えた大量のプレゼントに目線をやる。兄弟が一四もいるなればこの量は当然である。聞かされたときの衝撃でミュラー本人が何番目かは忘れてしまった。
「こういう流行りには疎いから一緒に選んでくれて助かった」
「お易い御用ですよ」
 と余裕ぶって返したが、実はそんなに流行に敏感だったわけでもなかった。
 世話になった孤児院の子らに渡すつもりであったもののクリスマス近辺にオーディンに降りているか見通しが微妙だったことから、せめてもと財政面という名の軍資金を担った。何の因果かオーディンに降り立ってしまっているが、その際に子供らが今何を好んでいるか傾向を又聞きしただけである。
 腕を組み、仲睦まじい男女二人組とすれ違う。視線を元の位置に戻せば、似たような組み合わせがチラホラいる。時期も時期であるため珍しくない光景だ。そう言えば、同僚や部下が彼女はいるだのいないだの別れただのと盛り上がり、幾人か萎れてもいたことを思い出す。
「ミュラーには帰りを待ってくれる愛しい恋人はいないのか?」
「いたら君と今いない」
 それもそうかと自分の愚問を反省しかけて、ん? とミュラーを斜め下から仰ぐ。
「そこは兄弟姉妹きょうだいがいるから、じゃないのか」
「今日は何日だ」
「……聖誕祭前日だな?」
 人嫌いを置いて、不健康な者ですら浮き足立たせる聖誕祭。恋人がいたら当日を過ごすのが鉄板で、家族と過ごすことを優先するのならば前日に恋人といてもおかしくない。しかし今日は昼からずっとミュラーの家族へのプレゼント選びに付き合っていた。
「あ、故郷」
「故郷にもいない」
 頭痛を堪えるように眉間に皺が寄る。生真面目な悪友を色恋で啄くのはここいらが潮時だ。
「冗談は置いておいて、今後本当にイイ人ができたら遠慮なくそっちを優先してくれ。それくらいの空気は読みたい」
 どうせ戦場で一緒にいる腐れ縁と普段会えていない人間を天秤にかけたら、後者を優先する。大事だけれど、すべてをなげうつほどの理由にはなり得ない。そんな曖昧で寂しい関係が友人というものであった。
 ミュラーが突然足を止め、何かを探すようにミュラーは体を左右に捻る。両手は抱えた贈り物たちに塞がれていて、目的のモノを探すのに手間取っていた。
 風花かざはなとは言え霏々と舞う寒空に長時間晒されれば体の芯が冷え、不調に繋がる。仕方のないやつだなとちいさく呆れ、探し物は何処だと尋ねる。
「ポケットに」
「了解……っと、これか?」
 透明なフィルムの向こう、安全を祈願するチャームが付いたネックレスが紙の台座に鎮座していた。
「そうだ」
「で、これをどうするんだ? 取りやすいように紙袋の上部分に移したらいいか?」
 簡易的な包装のみで、贈答用の色鮮やかな包装の山のなかでそれだけが異質に輝く。
「君宛てだ」
「……いつの間に私はミュラーの弟に数えられていたんだ?」
「弟は君より可愛げがある」
「だろうよ」
 被せるように即答してきたミュラーに半目になる。まだ酒も飲めない子供と同じ立ち位置で愛らしさを競う大人、と想像しただけで恥ずかしいし馬鹿馬鹿しい。
 チャームを持ち上げ、くすんだ街灯の光に照らして眺める。こちら宛てに贈り物があるとは期待すらしていなかったから、不意打ちに内心驚いていた。照れ隠しがミュラーに見透かされていたら、恥ずかしくて向こう一ヶ月は顔を合わせられない。ミュラーが鈍くてよかった。
 首にかけるか、チェーンを短くするなり外すなりして小物に付けられそうだなと想像してみて視線の先にあったものにあと閃く。
「ちょっと待っていろ」
「?」
 プレゼントを抱えてある場所に駆け込み、数分後ミュラーのもとへ戻る。
「それは」
 一体何だと事態をよく理解していないミュラーの首にそれ・・を巻いていく。
「うん、これで見ていて寒くない」
 よい仕事をしたと満足げに鼻を鳴らす。自分よりも太いそこには駆け込んだ店で購入したマフラーがあった。
「自分のためか」
「半分くらいはな。あとは赤鼻のお兄ちゃんを見て心配するかもしれない弟くんや妹さんたちのためだ」
 軍から支給されたPコートでは頼りなかったのが見違えるほどだ。受け取る際にレジ打ちの店員に温かい目で見られたのがよくわからなかったが。
 空港のロビーに着く。僅かに時機が早いせいか、人集りはそれほど多くない。
「荷物まで持たせて悪かった」
「暇だったし気にするな」
「じゃあまた」
 しばしの別れ、と言っても非常事態が起きれば招集され、再び相見える。だがそれは上司と部下の関係で、であった。
「――ミュラー」
 搭乗口に乗り込んだ砂色の瞳がこちらを振り返る。その視界にチラつくように、この世界に見せびらかすようにもらったチャームを指先で揺らす。
「メリークリスマス」
 後日、子供用の贈り物たちに紛れ込せた大人たちへの贈り物たちも好評であったとの報告がもたらされた。と同時に、ミュラーに贈ったマフラーが女物だったせいでこれまた独占欲の強いのに捕まったなと親族や僚友らに揶揄われたとの苦情を呈され、じゃあそんなに迷惑だったのなら捨てろと提案したら捨てないとミュラーが固辞するという、二人の間で微笑ましくも阿呆らしい一悶着がTV電話ヴィジホン越しに起こる。
 後世のどの歴史書にもその話は刻まれていない。

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Boy Meets Lady