Snow in the sun

「そんなことがあったの」
「ったく、世話が焼けるったりゃありゃしない」
 連合王国でのアレソレを思い出したら悪態が自然と口をついて出ていた。
「大変ね」
 行儀悪く頬杖をついたライデンを咎めることはせず、淹れたての紅茶に口をつけた彼女は、ふ、と零れた息を漂わせるように口角を上げて笑った。鈴が転がるように、というのは今まで出会った女性陣で見たことがある。けれども今みたいな笑い方ではなく、微笑というのはこういうことなのだろうと体現せしめたような仕草に思わず息を奪われた。
「寒かった?」
「めちゃくちゃ寒かったぞ。寒すぎて死ぬかと思った」
 最終日だけは快晴だった。それ以外はすべて氷雪の世界に覆われていて、連邦の冬よりひどかった。狭いくせに寒いコックピットを思い出してぶるりと体を震わせる。外ののどかな空が憎たらしい。
「生きて帰ってきてくれて、よかった」
 澄み渡った空に向けていた意識が引っ張られ、その先ではカップを持つ細い指がかすかに震えていた。おそらく本人すら自覚していない。動揺していないと、動揺してたまるかと必死に抑えているのが表に出ているなんてきっと気づいていないだろう。
「死んだら泣くか」
 色々と抜いてぼかした問いにぱちくりと瞬きを弾いて、
「泣いてほしいの?」
 ぴんと糸を張ったがごとき硬い返答が睨みとともに刺してきた。
「……どっちかっていうと、泣いてほしくはねえ、な」
 たっぷり時間をかけて紡いだ言葉はなかなかに情けない。
 泣いてほしいか。その問いは否、だ。
 出会った頃より目の前の聡い少女がどんな人間か知った。本当は辛くて泣きたいくせに涙を見せない、強情っぱり。
 そんな彼女の傍に自分の知らない誰かがハンカチを差し出していると考えるだけで気分が悪くなる。だから泣いてほしくない。まったくもって相手のことを考えていない自分勝手な願望だ。
「泣かれたくなきゃ生きて帰ってきて」
 ──腕が、足がもがれようとも。大切な記憶を忘れていようとも。
 絞り出した声は触れたら崩れそうなほど脆く、カフェのゆるやかなBGMにあっという間に溶けていく。本音なのか、いつも整えられた言葉遣いが少しだけ砕けていた。
 心配するなと手を伸ばせば細い髪を撫でることができるこの距離がひどくもどかしい。テーブルの下の足も少し伸ばせば、宛のないつま先同士が擦れ合う。でも諾と間髪入れないで応えられなかった自分が触れることを躊躇した。
 連合王国でさまざまな現実を見てきた。シリンのようになりたくないと思う一方で、シンのように誰かといたい未来を描けない。そのくせ拒絶されないかビビって、触れてもいい理由を欲している。
 緩く握って浮いた拳をそっとほどきながら戻す。ガラス窓をすり抜けた光が二人がけのテーブルに差し込んで、骨のように白いティーポットの滑らかなフォルムを際立たせる。
 泣かせたくない。でも泣くのなら自分が見ているところで泣いてくれればと、温くなったコーヒーの水面みなもを見つめた。

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Boy Meets Lady