5

 連合王国行きに合わせてジャガーノートたちの整備は佳境に入っていた。極寒の地である連合王国の気候への対策のため、格納庫は整備班が目まぐるしく動いている。
 一方で自分の身の回りのことを済ませてしまったエイティシックスたちはすることがほとんどなく手持ち無沙汰、なんてそれは半分本当であり半分嘘であった。
 この間に溜めてしまった課題でもやればいい。しかしそうすれば否が応でもあの自習室のことを思い浮かべてしまう。戦場の外を見せてくる数々の本たち。描いて来なかった未来を無理矢理にでも描けと迫ってくる。これが当たり前なのだと、善意で。
 善意の暴力。その狂暴性に無自覚だからなお質が悪い。
 世界なんてそんなもんだと、ライデンたちも割り切っている。行動起因の感情が善意か悪意か、そんなことは受け取る側にとって知ったこっちゃない。自分たちの誇りを貶すような真似は等しく害あるもの。ライデンは気持ちだけは受け取ろうかと思うがそう受け取らないやつのほうが多く、そうして振り払われた大人たちは痛む手を押さえながらどうしてと非難がましく見返す。
 仕方ないことだ。何故なら人間は所詮自分が経験したことからしか物事を捉えられないからだ。なのにそのことに気づかず理解した気になって、平気で傷付ける。今更噛みつくことはない。わかった気になられるのもこの二年で慣れてしまった。
 クラクションが意識と空気をパチンと弾く。昨日と打って変わって涼やかな風の先を追うと、ダンプカーが誘導に従って入ってきているところだった。傍らにはファイドだけでなく、ファイド以外のスカベンジャーもいる。戦死者が運ばれてきたのだ。
 これからこの場で戦死者の正確な確認をとるためのタグ照合が行われる。戦ってきたエイティシックスたちの墓を作ることすら許さなかった共和国と違って、連邦は戦って死んだ者の墓をきちんと作る。戦闘属領兵だろうが、エイティシックスだろうが皆等しく。
 茜色のサテンが脇を通り過ぎる。勤務服のタイを想起させる尾に一瞬スルーしかけ、頭髪の色を目で追う。
 やけに馴染んだ作業服をまとったリズベットであった。
「おはようございます」
「おはよう。昨日はよく眠れた?」
「はい」
「昨日頼まれてた廃材は職場の机に置いておいたよ」
「ありがとうございます」
 初日にリズベットを迎えた好々爺もこの仕事に携わるのだろう。
「なんで白髪頭が」
「処理担当は人手が足りてないって言ってただろ」
「作業員のメンタルケアが追いつかないから」
「だからって……」
 首都と同様に嫌悪の混じった囁きと視線。それらをどこ吹く風に、リズベットは駐車されるギリギリの位置でダンプカーだけを見つめる。
 二人一組で軍人たちがグレーのビニール袋を次々と下ろしていく。作業にあたる人員には誰かが言っていたように疲労が見え隠れする。何とか踏ん張っているがふとした拍子に瓦解してしまう不安定さがあった。
 あと残り数人。
 といったところで縦長の袋から丸い何かが零れ落ちる。
 あ、と誰もが落ちたものが何であるかわかっているのに――わかっていたからこそ、スローモーションで落下するの結末に目を逸らした。
 しかし身構えていた音はいっこうに届かない。
 一体何故と視線を戻すと、黒グローブが彼を抱き留めていた。
「まず体を下ろしてあげてください」
「お、おう」
 血流が止まってから幾日も経ち、発酵して柔らかくなったタンパク質に指が沈み込む感触が静寂を侵す。死体に慣れている並の軍人だって手袋越しで触れることすら躊躇うそれをリズベットは厭うことなく大事に抱え、持ち主へと歩み寄った。
 彼がどんな人間であったか、どんな人間関係を築いていたか。共和国から来たリズベットはあずかり知らぬはず。にも関わらず、膝を地面について緩んでいた金属製の口へ戻す手つきは愛しき者の棺に花を手向けるように厳かで。
「ちょうど端になりましたね。ここから始めます」
 何事もなかったように上司に声をかけて作業を始めたリズベットの声で、一連の流れを見ていた者たちはやっと我に返った。
 タグ照合の作業は三人一組で行われる。一人が報告されたタグと残されたタグの番号を照合していき、二人は確認し終わった納体袋を安置所へ運んでいく。
「〇〇四二六八七、報告あり」
 右手で画面をタップし、中のタグを確認する。ジャラジャラと金属同士がぶつかり合う音がちいさく響く。
「次。〇〇三一七九六、報告あり。〇〇三二七五一、報告なし。〇〇四七〇八四、報告あり」
 流暢な連邦語が滑り出ていく。適当にやっているのではないかと疑うほどにリズベットは手際よく進めていき、終わると足側から回って隣の遺体を確認する作業を繰り返す。
 戦死者の状態なんて見るに堪えない状態のものが多い。五体満足な遺体は稀だ。だからドックタグが本人であることの唯一の証左になる。
 損壊も酷いだろうにリズベットは柳眉ひとつ歪ませない。その仕事ぶりは機械的で、他の人間がやっているのを見ていたら決して感じ得ない冷たさを孕んでいた。

「伍長、今いいですか」
「いいけどどうかしたか?」
「この装備についてだけど――」
 夕方、格納庫はいつも以上に数多の説明口調が飛び交っていた。全体に説明は一度なされているが個人で使う兵装は細かく異なるため、質問がある隊員は各自で担当の整備員に聞いていたりする。
「力を貸してくれませんか」
 その中を似つかわしくない懇願が走る。振り返れば白紗の髪が細い肩を滑り落ちるところだった。
「そんな起こるかわからない未来の話をされてもなあ」
「白系種の嬢ちゃんより俺たちのほうが連邦にいる時間が長いから、ここが簡単に水没することはないと思うぞ」
 頭を下げられた男たちは顔を見合わせて、落ち着きと憐憫が同居した声がやんわりと遠回しに断る。
「それは何年前の話ですか。この基地が建設されてから日はそこまで経っていないはずです。何を根拠に話しているのか教えてください」
「悪いが」
 ほとほと困っていた男たちの間に軍曹が割って入ってくる。
「白系種のアンタを信頼できない」
「……」
「この前の一件はこっちが悪いのは百も承知だが、だからって白系種のアンタへの印象が良くなったかは別の問題だ」
 見下されたり軽んじられる芽は潰せたかもしれないが、事態が好転したわけでもない。
「俺の息子は共和国に住んでた」
 そろりと上げていたリズベットの顔が強張る。
「争いごとが苦手な性分で、平和な場所を求めてカミさんと生まれたばっかの子供と一緒に十五年前に共和国に移住した」
 リズベットの瞳が揺れる。
 十五年前と言えば共和国で強制収容が始まる前だ。聞きかじった程度だが、同時期にギアーデ帝国が各国に〈レギオン〉を派兵させ、夜黒種が市民革命を支持して帝国内の政治情勢が悪かった。革命は市民を巻き込み、安全な場所を求めて共和国に行くのも無理もない。
 平等を国是と謳った国で何が待ち受けているかも知らずに。
「そこから先はアンタならわかるだろう」
「……ええ」
 ぐっと黒グローブが握り締められる。
「俺はアンタの言った通り当事者じゃない。仕事もある程度は関わる。だがそれ以外では関わりたくない。いくら仕事ができるやつだからって知り合いを見殺しにしてきたやつを信頼できないし、従いたくない」
「……無理を言いました」
 引いた姿勢だが声音に悔しさが滲む。
「ですが危ないということは何度でも言わせていただきます」
 これで終わると話を聞いていた全員がぎょっと目を剥く。
「私はこれ以上人が死ぬのを見たくないので」
 有色種を豚扱いしてきた白系種が何を言い出すのだと嗤い飛ばせばいい。しかしリズベットと会話をしていた三人も、ライデンを含め遠巻きに見ていた周囲も少女の覚悟を決めた声をせせら笑うことができなかった。
「ノウゼン大尉はどちらにいらっしゃいますか」
「……向こうにいたよ」
「ありがとうございます」
 かつかつと十センチものヒールを鳴らしてリズベットは去っていく。負けん気に呆然としてその場にいた兵士たちはしゃんと伸びた背を見送るしかない。
「悪いガキじゃねえのはわかってんだけどよ」
 突っぱねた軍曹が頭を掻く。理性で割り切れないのも致し方ない。
 泣かないのだなと、ライデンは出ていった茜のサテンに思いを馳せる。この地で白系種が涙を流すことがとういう受け取られ方をするのかわかっている。そのくらい予想していたに違いない。でなければわざわざ連邦には来ないだろう。
 でもその弱さを見せない姿がどこか痛々しく映った。


「幽霊?」
 その日の夕食後の談話室、神妙な面持ちで相談してきたリトにライデンは怪訝な顔でもって答えるほかなかった。
「離れの古びた物置小屋で、ランプを持って彷徨う黒い影を見たってやつがいるんですよ!」
「どうせ生きてる人間だろ」
 そのテの話のオチは大体決まっている。
「彷徨ってる、って言いましたよね? 俺もそんなの嘘だろうと見に行ったんですよ。そしたらふらふらうろついている影を見つけて追いかけたら、誰もいませんでした」
 追いかけたのかよとリトの謎の行動力に呆れる。八六区でそういうのは存在しないとわかっているはずなのに。
「いつからだ」
 機嫌を損ねるのもめんどくさいので投げやりにだが話を続ける。ライデンがこの基地に来てからその話は今まで聞いたことはないし、そもそもこのリュストカマーはそういう曰くつきの話が出るほど古くなかった。
「一週間前くらいからですかね。俺だけじゃなくて、シオンもカナンも見たって言ってたし」
 にわかには信じがたいけれど、そこの二人も見たとなると見解を替えたほうがいいかもしれない。それを感じ取ったのか、リトはあからさまに不満だと頬を膨らました。
「なんで二人だと信じるんですか!」
「いや別にそんなことは」
「絶対嘘ですよね!」
「おいリト」
 いけない。これは本格的にリトの機嫌を損ねてしまった。
「責任とって絶ッッッ対見に行ってくださいね‼」

 基地の外れの物置小屋、よりかなり大きい建物。建付けが悪く、風が吹くだけでがたがたと揺れる。比較的新しい基地のくせになんでこんなに古びた建物があるんだかと、ライデンは設計者の意図を疑う。基地の北の外れにあるから前にあったものをそのままに使うにしろ、手入れが行き渡っていないのは明白だ。
「ん?」
 虫にところどころ食われた扉を引いたら、開かなかった。よく見ればドアクローザーが内側に付けられている。外の戸当たり栓で外開きだと判断したけれど、これでは戸当たり栓が置かれる意味がない。
 気を取り直して押し、中に入る。ギシギシと嫌に軋む廊下を抜け、中庭に出る。
 草は生えたい放題、という状況でもなかった。手を入れられていない箇所もあるが、誰かによって入口付近は整えられている。
 たしかに何かが出入りしているなと揃えられた芝へ屈んだ瞬間、ふらりと何かが視界の端を横切る。暗がりで色は判別できなかったが、動きから形状が薄いものが通った。
 まさかと驚愕しつつも、ライデンは後を追いかける。幽霊もどきは俊敏性があり、容易に捕まえるのは難しい。そこで目的を転換する。確保ではなく、把握。幽霊もどきは建物を出るときに否が応でも月明かりの拓けた大地に躍り出る。その瞬間に正体を捉えていればいい。
 不審者が角を曲がる。一向に狭まらなかった距離を詰めるため床を強く蹴り、後を追ってライデンも外へと出た。
 しかしそこには人影ひとつなく、ただ蒼い月明かりがささやかに照らすだけだった。


 昨夜の摩訶不思議な体験について考えながら、演習相手の仲間たちの後ろを歩いていたライデンは足を止める。青が白い雲の合間に点々と浮かぶ空模様の下で、野暮ったい作業服を身に纏ったリズベットの後ろ姿が最後の担架を見届けていた。
 あの長く過酷な確認作業も一区切りついたのだろう。昼を優に越して休憩を取っていてもおかしくないのに駆け寄ってきた鋼色の軍服の優男と二言三言交わし、終わるとまた他の人間と手元を動かしながら言葉を交わしていく。顔色は太陽に晒されていても来た当初と変わらず雪白かった。
 歩き出したリズベットに向かって兵士が何かを吐く。しかしリズベットは気にするでもなく彼らを置いていき、忌々し気に男たちは何かを囁き合う。
「彼女のことが気になるかしら?」
「ヴェンツェル大佐」
 いたずらっぽい女性的な笑みがどこからともなくひょっこりと現れる。暇なのかと問えば今暇になったのと脇腹に小さく鋭い突きが刺さった。
「処理担当者のメンタルケアを優先していたら人手が足りなくなってしまって、急遽ヘルプを私が頼んだの」
「死体への耐性は」
 尋ねてから愚問だったことに気づく。
「大攻勢で飽きるほど見たから大丈夫だって。彼女理系っぽいし、後方でトリアージとかしていたんじゃないかしら。正直言うと仕事の効率が良くなっているから助かっているんだけど……ちょっと心配」
「心配? なんで」
 ライデンが見ている限りリズベットは大丈夫そうに見えた。
「飽きるほど見てきたから、顔色を変えていないからって何も感じないのと同義じゃないわ。そこは察してあげなさい。彼女もあなたたちと同じ年代の子供なのだから」
 痛いところを突かれて顔を逸らす。そうは言っても関わらないし、と口には出さなかったが拗ねたような言い訳を浮かべてしまうのがまたライデンの態度を頑なにさせた。
「ライデーン。またクレナとフレデリカにどやされるよー」
「ああ」
 グレーテに別れを告げて、仲間と合流する。
「連合王国へは何で行くんだっけ」
「汽車だ」
「ボックス席って広いんでしょ? 楽しみ!」
「足を広げたら下品だからね」
 仲間の会話は身体に馴染んで息がしやすい。連邦も悪いところではないが、綺麗すぎて居心地が悪かった。
「あの白髪頭のお人形め」
 斜め後ろから不愉快な言葉が聞こえてきた。ちらりと窺うと、先程リズベットに絡んでいた男たちだった。
「共和国の白系種にとっちゃ名前で呼ばないのは世話ねえんだろうな。顔色ひとつ変えやしなかったし」
「人扱いもなしかよって言っても何も言い返してこなかったけど、案外図星だったんじゃねえの?」
 さっきはそんなことを言ったのかとライデンの胸の内が冷えていく。
 彼らはリズベットの仕事をきちんと間近で見たことがないから言える。ライデンも短いなかで見たことしか言えないけれど、リズベットは一度だって死者を軽んじるような行為はしなかった。頭を跨ぐという無礼な行為は決してせず、それに近い素振りすら神経質と思うくらいに慎重に避けていた。
 リズベットを批判することに熱が入っていたせいで、男たちは今自分たちがその仕事に従事している同胞たちも間接的に貶していることに気づいていない。その証拠に周りの冷ややかな視線に一瞥もくれない。
「ライデン?」
 気分が悪くなって、昼食を一気に掻き込み席を立ったのをセオに呼びとめられる。
「先戻ってるわ」
 なるべくこの場から早く出たくて大股で入口へ向かい、勢いを殺さないまま入口を出たところで壁際にいた影とぶつかってしまった。
「っと、悪い……」
 謝って、ぶつかった相手が誰だかひと時認識できなかった。
 黒のシャツとチノパンに、工具が入ったウエストバッグを下げたリズベットだった。
 食事をとるために来たらあの下衆な会話を耳に挟んだのだろう。
「言い返さねえのか」
 仄暗く影が映る白銀の瞳に訊ねて、ヴィレムに釘を刺されていたことを思い出す。初日のあの印象だけで彼女を決めつけてしまった。
「感傷で仕事は進みませんから」
 正論だ。それで仕事が捗るなら死人サマサマのクソッたれな世界が出来上がる。
 左のグローブが反対側の肘を掴んでいるのが目に入った。首都でも同じことをしていたから何かを堪えるときの癖に違いない。
「マイヤーさん」
 狙ったようなタイミングで温和なあの上司がやって来る。
「お昼ちゃんと食べた?」
「はい」
「……」
 堂々と嘘をついたリズベットに思うところがある表情をしたものの、彼はそうと頷く。
「じゃあボイラー調整と食糧品の確認が終わって主計部に頼まれてた仕事も済ませたら、今日は上がりにしよう」
「わかりました」
 食堂から踵を返し、リズベットがこの場を去る。直後、先程の兵士たちが入れ替わるように現れた。
「人殺しがよくものこのこと連邦に来られたもんだよ」
「君たちは他人の仕事を見下すのが趣味なのかい?」
 まだその話題で盛り上がっていたのかと軽蔑していると真横からドスの効いた声が発せられ、目が点になる。
「あ?」
「もしそうなら器が知れる悪趣味だね」
 らしくなく論う悪辣は続く。
「戦死者確認以外にもご遺族への連絡、死亡届の準備といった事務作業など他にもやらなければならない仕事が山積みなんだ。感傷に浸っている時間はないよ」
 同胞からの至極真っ当な反論に男たちは押し黙るしかない。
「ごめんなさい、すみません、こんな私があなたに触れることを赦してください。毎度彼女がそう言って悲壮面を下げていれば満足なの? 違うだろう。君たちは何をしていようと彼女が気に食わないだけ。そういうのをいちゃもんって言うんだよ」
 普段柔和な人間の怒気は並の軍人でさえたじろぐ圧力を持っていた。
「彼女に文句があるなら僕に言いなさい。ただし仕事の質以外のことを突くのならそれ相応の対処をさせてもらうってことを肝に銘じておきなさい」
 今は事務に従事しているとはいえ、今なお軍人であることに変わりない。昨日リズベットと対峙していた軍曹よりも従軍は長いかもしれない。そんな好々爺に気圧されて兵士たちは退散していった。
 何故彼がそんなにもリズベットに肩入れするのだろう。言葉にしていないのにそんなことを考えていたライデンに気付いたのか、彼は目元を悲しく緩める。
「抱えている痛みを比較することはできなくて、その人にはその人だけの地獄がある。連邦はそういう想像力が欠如しているのが難点だと思うんだ」
 ――何も思わないわけないだろうに。
 部屋に戻る最中、ライデンはリズベットと関わってから今日までのことを振り返る。ほんの少ししか関わったことがないのに、勝手に大丈夫だろうと決めつけていた。あの軍人たちに吐き気を催していたその実、五十歩百歩な考えを抱いていた。
 グレーテに言われたことも含めて、リズベットという少女を断じるためには、知る必要があるのかもしれない。


「いつ見てもオンボロだよな……」
 ライデンはそう呟いたものの、今回で二度目であることに加えてスパンは短い。その間に変化があったらそれはそれで薄気味悪かった。
 リトに頼まれてもいないのにライデンは曰くつきのオンボロ小屋――聞くところによると官舎だったとも、官舎になる予定だったとも適当な憶測が飛ぶ建物に来ていた。同室のシンにどこに行くんだと怪訝な顔で訊ねられ、外の空気吸いにと誤魔化した。
 ドアの前に立つ。今度はちゃんと扉を押し、音を立てず足を踏み入れた。
 生活感はほとんどない。ただ前に来た際も感じたように、かすかにはあった。草の整地が出入り口だけはきちんとしていた、ということは人の出入りが一定あること。それが幽霊騒ぎの正体かはいまだ判断しづらく、とにかく幽霊もどきと会遇しなければ話は進まない。
 前回と同じ道順を辿ろる前に、ふらりとまた視界の端を横切った。前回逃げおおせられたこともあって自然と膝にスピードが乗る。
 黒い影が角を曲がる。手を伸ばせば端を捕まえられる距離まで追い詰めて、
「っ!」
 寸でのところで避けたせいで前髪が数本はらりと散る。物の形からして八八ミリ砲弾大の鈍器が襲ってきた。
 穏やかでない相手に肘を後ろに引いた瞬間、
「シュガ中尉?」
 淡い声に動きが止まる。
 雲間から射し込む月光に照らされて、困惑した表情が映し出される。眼前にいたのはランプを握っているリズベットだった。
「どうしてここに」
「幽霊がいるから確かめてくれってチビどもに頼まれたんだよ」
「ああ……どおりで最近追いかけられていると思ったのは」
 今どき珍しいアルコール式のランプの中で火がささやかに揺らめく。くすんだ窓ガラスの向こうで影がくゆれば、それだけでらしく見える。
「んで、そっちはどうしてここにいんだよ」
「何故も何もここで寝泊まりしているだけですが」
「はあ?」
 寝泊まりしているという単語に思わず口が悪くなる。
 幽霊の話が出てきたのはつい一週間もない前。この少女が基地に来たのも同時期。となれば考えうることはひとつで、何となく話のオチは見えていた。だが女であるリズベットが寝泊まりしているとなれば話は別だ。
 女が、それも周囲から目の敵にされている白系種がこんな防犯設備が一個もないさびれた建物に住んでいるなんて危険極まりない。これが知られたら、と想像するだけで胸糞悪い。
「防犯面について勿論抗議しましたが軍属ではないからこの建物に行ってほしい、と。どの部屋でも使っていいと言われましたので許容しましたが」
「許容するところが違う」
 いくらリズベットが役人だとしても扱いが雑すぎるとライデンすら思う。
「地面の戸当り柱を見たら大体の人間は外開きと勘違いして引きます。そのときの振動音で警戒します」
「寝てるときは」
「眠りが浅いタチですので物音ひとつで起きられます」
 納得しそうになるが詭弁な上に、何も解決していない。警戒心が強いに越したことはないけれど、男と女の力の差を本当に理解しているのか疑わしい。
 幽霊の正体がリズベットだと判明したわけだが、色々と別の問題が出てきて頭を抱える。自分の管轄外だから首を突っ込むわけにはいかない一方で、このまま放置していたらこの少女はずっと住み続けることは火を見るよりも明らかだ。リトたちに幽霊の正体を説明したときの反応に耐えるほうがが楽に思える。
「では」
「待て待て」
 ライデンの苦悩も知らず、リズベットが何処かへ行こうとしたので引き留める。
 黒のジャージとスウェット、白の軍手にスニーカー。普段の装いと違うのは当たり前として、寝間着とするにはいささか制限が多い服装だ。どちらかと言うと、今から何か運動しに行くものである。
「何か?」
「……」
 ライデンの用件は済んだのだからリズベットを引き留める理由はない。いや、言いたいことは沢山あって搔き集めているけれど、ありすぎて思考がまとまらない。
 そんなライデンに、リズベットがまあと勝手に一人で妥協する声を漏らす。
「人手が多い分には助かりますが」
「は?」
 その答えは付いていった先にあった。
「ぴ!」
「ファイド?」
 我らが死神の忠実なるスカベンジャーが挨拶するようにアームを上げる。
「お待たせしました、ファイドさん」
 ファイドの後方には土が大量に集められたコンテナが置いてあり、ライデンがリュストカマー基地に来て以来、こんな光景は見たことがなかった。
「一体何を」
「土嚢を作っているんです。ファイドさんには土の採集と運搬をお願いしています」
 ファイドの挨拶に律義に応えた後、そそくさとどこかに行っていたリズベットの手にはスコップが握られていて、ファイドの傍に腰を下ろすと担いで持ってきた麻の袋に土を入れ始めた。
「気候変動と〈レギオン〉、主に阻電攪乱型によって気候が急激に変化して、通年よりも多くなった雨を蓄えるだけのキャパをこの基地周辺の土地は持っていないんです。放っておけば、いつ甚大な土砂災害が起きてもおかしくないくらいには」
 手を止めず確信を持って言うリズベットの隣で、ファイドも手際よく詰めていく。
「ここに来る前にそういうところをいくつも見てきました。だから防災倉庫に一山だけでも耐えられる量の土嚢があるかを確認したら、あまりにも備えが少なくて自主的にやっているわけです」
「……上に話せばもっと人手もらえただろ」
「上司に打診しましたがそんなことに割く時間はないと。現場の方なら一人くらい協力してくれないかとダメ元で頼みましたが白髪頭の言うことは信じられない、とこれまた断られました」
 昼間見た光景がよみがえる。ライデンが知らないだけで、本当は何回も断られているのだろう。
「ということで一人と一機でこそこそと毎夜やっているわけです」
「ぴ!」
 ファイドが同意を示す電子音を鳴らす。
「シンはファイドを使うことを知ってるのか」
「許可は取りました。別に構わないそうです」
 興味のないことはとことん自分に害がなければいい主義のシンが言いそうなことだ。
 しかし。
「手伝うもなしかよ」
「たしかに言われませんでしたね。でも言われたとしてもお断りしたと思います。白系種と関わっていたなんて周りの心証が悪いでしょうし」
 ピリと思わず少女の横顔を睨んでしまう。そんなことを今更気にするようなヤツではない。勿論シンだけでなく、他のエイティシックスたちの何人かはそうだ。
 この少女の他人を気遣っているようで、自分を異常に卑下する性格がライデンはちょいちょいいただけなかった。
「上司のジイさんは」
「すでに昼間にご迷惑をおかけしているのにこれ以上迷惑をかけられません」
 迷惑。
 ため息を吐いて、重なった薄い麻袋を手に取る。そしてリズベットやファイドがしていたのと同じようにスコップを動かして土嚢を作っていった。
「迷惑をかけることと頼ることは毎回イコールになるわけじゃない。頼られたら嬉しいやつもいるし、合理的な理由だったらこうして手伝うやつもいる」
 あの馬鹿と同じ、誰にも頼ろうとしない。だから目を離せないのか。
「……あなたはいつもそう」
「あ?」
「いえ、助かります」
 か細く零れた声はうまく聞き取れず、意味も曖昧にされたまま作業は再開された。
 ぶっちゃけ土嚢を作るこの行為は少人数には向いていない。作業効率だけ考えればファイドだけで十分だ。しかし自ら率先してやっているところを見ると、ファイドだけにやらせまいという確固たる意志がひしひしと伝わってくる。もしかしたらファイドなしでやる心積もりもあったのではないだろうか。そうして考えると、日中の冷静さと今の心意気がちぐはぐのように思えてきた。
「……あの時はごめんなさい」
 唐突な謝罪に、思考に耽っていたライデンは顔を上げて隣を見やる。さくさくと動かしていた手は止まっていて、ずっと下を向いている顔には深い影が落ちていた。
「首都で、失礼なことをぶつけて嫌な思いをさせてしまって」
 ややあってから、あのことかと思い至る。たしかに嫌な気持ちになったし、今更蒸し返されてもその事実は消えない。一方で、今ちゃんと謝っているのはわかった。
「ですが撤回する気はありません」
 続けられた言葉にポカンとしてしまったけれど。
「たとえ蔑まれようとも構いません。生きる気力があるなら、未来を望むのならそうなっていい」
「……アンタってめげないんだな」
「この間の言葉で目が覚めました」
 詳細はよくわからないが、リズベットの中で何かが吹っ切れたのだろう。
「今日の作業はここまでにしましょう。二人ともありがとうございます」
 服についた土を払って立ち上がる。土嚢はこの短時間にしてはかなりの数が積み上がっていた。
「何かお礼をしたいのですが、何がいいでしょうか」
「別に俺はいらねえよ」
 自分のためになると思ったからやったまでのこと。もしもの話ではあるけれど、事が起こった際を考えればこっちが礼をしなければならない立場だ。
「……ではファイドさんは何がほしいですか」
「ぴ⁉」
 まさか自分にまで回ってくるとは思わず驚いたのか、ファイドが巨躯をブルブルと横に振る。
「シンが喜ぶことしてやったら大抵のものはコイツも喜ぶだろ」
「ノウゼン大尉が喜びそうな、もの……」
 そう呟いたリズベットの表情が時間の経過とともに険しいものになっていく。シンが何をもらって喜ぶのか想像がつかないのが手に取るように伝わってきた。実際ライデンもシンが物で喜ぶ姿は想像できていない。
「高周波ブレードの予備を多めに回してもらう、とか」
「できるのか」
「備品の数を受理して注文するのは事務方の仕事なので、予備として捻じ込めば回してもらうことも可能かと」
 そんなことしていいのかという顔をしていたら、金属はそこら辺に転がっているでしょうと返され、一瞬何のことを指しているのか追いつかなかった。
「流体マイクロマシン」
 あ、とライデンはハッとする。何故今まで考えもしなかったのか。
〈レギオン〉は大本を辿れば人間が作った機械だ。素材も人間が編み出したもの。一から生成することは困難でも、再利用できる。
「そろそろ実用されたものが出回ってもいい頃合いですから、兵装の供給について何とかなるかと思われます」
 だてに高等学校を次席で卒業したわけではないみたいだ。どうしてそんなことまで知っているのか問い質したいところだが、今その話をする時間はなかった。
「送る」
 そう、もういい時間帯になっていたのだ。
「何故」
「何かあったら寝覚めが悪いだろうが」
「……すみません」
 リズベットが謝ることでもない。ただ自分がどうするべきか考えただけだ。
 リズベットをオンボロ建物まで送り届ける。役目は終わったと踵を返す直前、地面に突き刺さった鉄の板に目を奪われる。ただの鉄の板であったら興味なんて引かなかった。だがその板の表面には、数多の名前が彫られていた。
「今日までに私の前で死んだひとたちの名前です」
 ライデンの視線に気づいたリズベットがそう説明する。
「事務処理を担当していると、ご家族や後見人の方々へ連絡しなければならないことが多くて自然と覚えてしまうんです」
 名前の数から、この前の共和国北部で全滅したファランクス戦隊のものだけではない。大攻勢に何かしらの形で関わっていたことから、大攻勢で散ったエイティシックスたちの名前も刻んであるのだろう。
 あの兵士たちに心配されるまでもない。リズベットは散っていた彼らを戦い抜いた人間として弔っていた。
「彼らこそが戦っていて、私たちは戦わせて平和な場所にいるだけの卑怯な――……」
 痛みを一瞬だけこらえるように目を伏せたあと、リズベットは顔を上げる。
『顔色が変わっていなくたって何も思っていないのとは同義じゃないのよ』
 グレーテの言葉が蘇る。
 いつも結ばれている髪は垂れ下ろされ、そよ風と戯れる。その隙間から鈍色のピアスが覗く。月明かりに照らされて、見る者にドキリとさせる印象を与えるだろう。実際ライデンもそう感じたが、何故だかその横顔が今にも泣きそうに見えた。
「自戒を込めた、ただの自己満足です」
 無意識にリズベットへ伸びた手を引っ込める。そんなライデンにリズベットが気づく素振りはない。
「白系種に限らず誰も彼も、私たちは他人を踏み潰して屍の上を歩いていかなければ生きていけない。たとえ他の白系種が覚えようとしなくても、私だけはそれを忘れたくない」
 風が吹く。八六区や戦場で頬を撫ぜる、あの馴染みの。
「もしかして無自覚ですか」
 怪訝な瞳がライデンを仰ぐ。
「何がだ」
「行きつく果てを見たとき、足が竦むと思いますよ」
 すべてを見てきたかのような言い方に反駁しようとして雪花の瞳に言葉を呑む。凪いだ白はあの時と違って憐れんでいるでも妬んでいるでもなく、ただ目の前を吹き荒ぶ白喪のごとく事実を伝えているだけだった。
「……変なことを言いました。忘れてください。かの国は凍り付くほど寒いでしょうから風邪にはお気をつけて」
 ライデンが片方の眉を動かしたのを目敏く拾ったリズベットが言葉を続ける。
「兵装を見ればどんな環境の地に行くかくらいわかります」
 軍関係者でもないのにどうして、と思い出す。
 たしかその見識眼の由来は――。
「大攻勢に参加してたからか」
「微力ながら」
 謙遜なのか事実なのかいまいち測れない発言だ。兵装に触れているのだから整備にも携わっていたのかもしれない。
「夜は気をつけろよ」
「……なんだか親みたいなことを言うんですね」
 ピシリと何かが固まる音が自分の中から聞こえた。
「……それセオたちの前で言うなよ」
「何故」
「どうしてもだ」
 どうせまたママだのお母さんだの揶揄ってくるに決まっている。というか、セオたち以外にも言われる日が来るとは夢にも思いもしなかったので、なかなかの威力だった。
「わかりました」
 頷いてくれたリズベットはドアを押し、そこで止まった。何か忘れ物でもしたかと首を傾げると、気遣わしげに細められた白とかち合う。
「どうか、ご無事で」
 昼間見た冷徹はどこへやら。柔く、心の底から心配しているのだと嫌でも知るような色に喉が詰まる。
 使い古された言葉くらい素直に受け取っておくべきだ。だがライデンは今それができなかった。戦場で培ってきた、輪郭はぼやけているくせに何かが違うと囁く直感のようなものが瞬きの間に消えてしまいそうなほどかすかな違和感に警笛を鳴らしていた。
 リズベットはライデンではない誰かを見ている、と。

 □□□

 昼下がり、硝子の向こうを見つめている白系種の少女にフレデリカは音もなく近寄る。その視線の先では、明日連合王国へと向かうエイティシックスたちが談笑しながら歩いていた。
「白髪頭よ」
 声をかければ少女は流し目でこちらを見下ろす。平均身長より少しばかり高い背丈は積み上げられた意地の塔でさらに高くなり、この少女を見据えるためにはフレデリカは顎を上げなければならなかった。
「そなたはシンエイに似ておる。だからライデンもそなたを気にしているだけじゃ」
 勘違いするなと遠回しに牽制すれば、フレデリカの前で初めて少女がくすりと微笑う。
「下位互換ですか? 光栄ですね」
 もちろん口の端に載せられた感情は好意的なものではない。
「代わりになれる人なんてこの世に一人もいないのに」
 ぐとフレデリカは奥歯を噛む。殴ったら殴り返されたような反発を覚え、その反発を覚えたこと自体に恥ずかしくなった。
「……戻りたいとは思わなんだか」
 ライデンへの対応が他の者と違っていたので、つい視てしまったことがある。
 この少女はライデンが強制収容所に連れて行かれる前に彼と交流があった。温かく、泣きたくなるような、やさしい記憶。それをライデンは忘れていて、この少女は覚えていた。シンと幼馴染みであったアネットのように。
「どこに?」
 だからかけられた冷ややかな声にフレデリカは凍った。
一体どこに戻るというのですか・・・・・・・・・・・・・・
 苦笑と諦め、そしてその問いをしたフレデリカへの嘲りで目元が歪に緩められる。
「どう頑張ったって過去には戻れませんし、過去に戻れたとしても何も変わらないのに戻りたいと願うのは道理も弁えない馬鹿のすることです」
 退紅あらぞめがゆるりと紡ぐ。
 アネットと同じだと思っていた。自分の過ちを清算して勝手に楽になろうとしているのだと。
 でも違った。完全にこの少女を見誤った。
 フレデリカは侮っていた顎を引く。
「生きて会える期待はとっくの昔に破り捨てています。こうして会えただけ奇跡です」
 それ以上何も望みませんと、無彩色の少女はふたたび窓の外を見やる。もうライデンたちはいないが、黒や赤、金に緑に青と色彩豊かな連邦の軍人たちがそぞろに行き交う。
「私もおひとつ訊きたいことが」
 切なげに彼らを見つめていた少女がふいにフレデリカに問う。
「何故戦場に?」
「……わらわの答えがそなたの答えになるとは限らぬじゃろう」
「ええ。でも聞きたいんです。戦わない者が戦場にいる理由を」
 戦わない者の気持ちは人それぞれだ。戦場に遠い近いは関係ない。己が立つ場所で戦っていればそれでよい。他人に答えを求めるなど愚かな行為だ。
「ましてやあなたはまだ幼い」
「馬鹿にしておるのか」
「歪曲しすぎでは?」
 噛みついたフレデリカに気を悪くすることなく、駄々をこねる我が子に手を焼く母がごとく、少女はフレデリカを見つめる。
 そんな彼女の意図が読めず、思惑を隠す白魔の奥を探るためにフレデリカは″眼″を開いてしまった。

『ゆるさない』

「ッ……!」
 か細い喉から搾り出された怨嗟に身が竦む。〈レギオン〉に取り込まれたキリヤと同様の、烈火のごとき咆哮。
 自分よりも幼き子供が、シーツと思しき白い布で包まれた何かを抱えている。幼子が腕いっぱいに抱えるくらいの大きさのそれは赤と黒のシミが広がっていて、少女は卸したての服が汚れることも気にも留めず抱き締めている。

『許してたまるか』

 へたりこんでいた少女は少し成長し、今度は地面の土を握り締めている。その傍らには無惨にも轢き潰された三つ葉が寄り添っていた。

『何もかもすべて』

 女へと成長した少女は全身ボロボロになりながら、自身を見下ろす大人たちを喰いちぎらんばかりにめ上げる。その腕には幼少期で見たものと似た何かが抱えられていた。
 煤で汚れた雪原を大粒の涙がひとつ滑り、憎悪に黒く染まった銀の瞳は悲鳴を吠える。

『こんな世界――滅ぼしてやる』

「っ、そな、た」
 ここにはいないあの男の業火がチラつき、喉が引き攣る。
「何をうしなったのじゃ」
 痛い。
 刺され、絞られ、焼き尽くされるような痛み。
 大事なものを奪われ傷付いた悲嘆に、フレデリカは胸元を片手で抑えながら首を横に振る。
 他人の犠牲の上に成り立った偽りの安寧を直視もせず甘受していただけの共和国の白系種がこんな、誰にも止められない激情を抱くわけがない。
フレデリカ・ローゼンフォルト・・・・・・・・・・・・・・補佐官」
 逆光で顔を隠された少女が己の名前を強調する。
「ローゼンフォルト攻城戦」
 フレデリカはぎくりと身体を固まらせる。
「単なる好奇心で無遠慮に踏み荒らしたいだけなら手加減はいりませんよね?」
 獣が縄張りに近寄る無礼者へ発する警告。これ以上踏み込めば軽い火傷では済まされない。
 後悔するくらいなら訊かなければおかったのにと、及び腰になったフレデリカを白銀の女は薄く嗤う。
 今まで相手の懐に飛び込むことに対して何ら躊躇いもなかった。自分は弁えていると、どこを突けば相手の核心を揺らがせることができるかと、加減ができると自惚れにも信じていて。
 フレデリカはこの時、はっきりと自覚する。
「自分は正しいと信じて拳を振りかざすその無邪気が、傲慢が」
 知るという行為はかくもなんと、
「大っ嫌い」
 恐ろしいものなのだろう。


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