宝石眼
誰かに肩を叩かれる。
「んー……、っ?!」
鮮やかな赤髪が視界に映る。メアリか? なんで起きて──
「それ……、どうしたの……?」
あー、見られた。
「ラムズ?」
「ハァ。まさか先に起きるとは」
最悪の目覚めだ。俺は眼帯に手を伸ばした。
「見せて?」
「なぜ」
「もう一度見たいから……」
しつこいな。だがもう見てしまったなら、隠す意味もないか。
彼女はしばらくのあいだ、食い入るように俺の目を見ていた。何をそんなに考えることがあるんだか。多少隠しているとはいえ、醜い自分を長い間見られるのはたいそう居心地が悪い。
「綺麗、ね……」
「綺麗じゃない」
まともじゃないな。まあ、メアリに限った話じゃない。俺の目を見た者は誰もがそう言う。お前らの目は節穴か? 俺よりひどい。
「えっと……」
「『なぜこんな目か?』」
「ええ……」
またこれだ。必ず聞かれる。それが嫌だから隠しているのに。ロゼリィやヴァニラが羨ましい。あいつらは多少俺よりは隠しやすい。
「病気みたいなものだ」
「その……、身体が冷たいのも同じ?」
「ああ?」
言われてみれば似たようなものだな。いや、全然違うか。体が冷たいのは、変身する時に温度調節を間違えただけだ。だが目は絶対に変わらない俺の本体だ。クソ。
「あー、まあそうかな」
「その目、嫌なの? 宝石が好きなのに……」
「はあ?」
「だってそれ、サファイアに見えるわ」
こいつ阿呆だ。これがサファイアだと? 本物のサファイアを見たことがあるのか?
魔法でどんな加工をしたって、本物のサファイアには敵わない。紛い物の宝石は嫌いだ。
「こんなの宝石じゃない。俺はこの目が嫌いだ」
「そうなのね。でも、今まで眼帯を取っている時は普通だったのはどうして?」
「取る時は一時的に魔法をかけている。カモフラージュの魔法だし、長い間かけておくことはできない。だから普段は眼帯を付けているんだ。──しまったな、見られるなんて」
おっと。つい本音が出た。
「寝ないって前に言ってたわよね?」
「ああ。眠気はない。んー……」
俺はコートのポケットから懐中時計を出した。まだ4を過ぎたところを指している。
「あと30分後に起きる予定だった。ハァ」
予定なんて言葉を使えばおかしいと思われるな。だが取り繕うのが面倒だった。宝石くらい美しい鱗を持つメアリに、世界で一番醜い宝石を見られるなんて。こんなに最悪なことってあるか?
「なぜ起きている?」
普段より強い口調で咎めてしまった。
「なんだか目が覚めちゃったのよ。それで、ラムズが寝ているからベッドを貸そうと思って」
優しさが仇となったとか、云々かんぬん。そんな話か。
「……そうか。もう平気だ。寝る必要はない。俺にとって睡眠は娯楽と同じだ。必要なものじゃない」
目のせいで思考が定まらないのか、余計なことまで口が滑った。
「睡眠欲がないってこと?」
「ああ」
「変なの。そういえば、食欲は? 血以外は食べてるの?」
「食欲か。それもあまり必要ない」
血も必要ないがな。
「そうなの?! それで生きていけるの?」
「ああ」
「ラムズって変わっているわね。ヴァンピールはみんなそうなの?」
聞きたがりだな。そもそもヴァンピールじゃない。訂正する気はさらさらないが。
「食べようと思えば食べられるし、寝ようと思えば寝られる。さほど必要ないからしていないだけだ。もう聞くな」
機嫌が悪いことくらい察してくれ。見られたくなかったんだ。
メアリは案の定傷ついたような顔をして、俺のそばから離れた。布団に入って寝ようとしているらしい。寝ていないのは丸わかりだが、気付かないフリをした。とにかく今は口を開くのが億劫だ。
──ああ。なぜ俺の目はこんなに醜いのだろう。