拷問
オークの女は目尻を吊り上げ、わざとらしく腕や足の枷の鎖の音を立てた。緑色の肌はオークという使族の恐ろしさを引き立てている。尖った耳に小ぶりな角、引き締まった筋肉、すらりと伸びた長身。下顎からは鋭い牙が生えている。
ラムズは彼女の腕を離すと、にこりと笑いかけた。
「それは失礼したよ、お嬢さん」
「これ以上何をする気だ?! 聞いていると思うが、俺は暴力になんぞ屈しない!」
事前に聞いた通り、気性の荒い女だ。渋々ラムズのあとをついてくるものの、床に唾を吐きながらつかつかと歩いている。今すぐにでもラムズを襲おうと目を鋭くさせている。
「その態度が問題らしい」
「はっ! そりゃそうだろうよ! 今この鎖は断ち切れやしねえが、売り渡される時にでも逃げてやる」
女はわざとらしくガチャガチャと金属音を立てた。とにかく反抗がしたいらしい。噂に違わず頭が弱い。
「うるせえな」
ラムズは彼女を振り返りもせずに指を鳴らした。
金属音が鳴り、女の枷が外れる。突然のことに一瞬戸惑うオークだったが、すぐさま背を向けて逃げ始めた。ラムズは後ろに向かって魔法を放つ。
筋肉で膨れ上がった太ももに太く鋭い氷柱が一本刺さる。間髪を入れず落ちていた鎖が足にまとわりつき、ずると引っ張った。走っていた勢いもあってか顔面から床に体を打ち付ける。
ようやくラムズは女の方に振り向いた。
「がたがたうるせえよ。黙ってついてこい」
「魔法しか脳のねえ貧弱な野郎め!」
うつ伏せで倒れている女の元までつかつかと足を運ぶと、ラムズはしゃがんで首を傾げた。
「あそこにアークエンジェルがいるのが見えねえか? 俺はお前を死の淵まで拷問できるってことだぜ?」
何かの魔法をかけられたのか、オークの口がだらりと空いた。顎を閉じようと踏ん張っても微動だにしない。ラムズは掌からアイスピックのような氷を出現させると、彼女の舌へ突き刺した。顎の骨を貫通して、床にまで刺さった。
「なあ、いつまでその減らず口を叩けるか競走しようぜ?」
女は痛みに声を上げることなく、きっとラムズを睨んだ。
前任者の人間が使っていた拷問部屋にまで彼女を連れていくと、乱暴に床へ落とした。部屋には枷のついた椅子や、拷問をするための道具が一通り血塗れで転がっている。椅子のそばには、何に使うか分からないような武器がいくつも置かれた机がある。
女は氷のアイスピックを無理やり口から引き抜いた。唇からだらだらと血が流れ落ちていく。
「お前なんて怖くねえ! 取って食ってやる!」
女が掴みかかろうと走り込んできたが、ラムズが手を挙げると宙で制止──壁に勢いよく打ち付けられた。
「はて、動かれるとやりづらいな。椅子に座らせよう」
透明な声で詠唱する。
「【闇よ、縛れ──】」
黒い靄が女の体にまとわりつき、全身を締め上げた。体が動かせなくなり、指の先や額が細かく痙攣する。
ラムズは彼女の腕を掴み、部屋の奥まで引きずって運んでいく。部屋の奥に枷付きの椅子が置いてあるのだ。女はなんとか首だけ捻ってラムズの腕に噛み付いた。牙が皮膚を裂き血が流れる。だがラムズは身動ぎも見向きもしない。痛みを感じていないような素振りだ。
魔法で彼女の体を浮かせ、椅子に座らせた。独りでに足、腕、胴体に金属の枷が回る。
「ほう、爪剥ぎはもう経験済みか」
ラムズは腫れ物を触るように彼女の爪に指先を沿わした。もう腕の傷は治っている。
「爪剥ぎごときじゃ俺は」
「……なあ?」
裸足の足の甲を、ラムズの靴のピンヒールがぐりぐりと突き刺さった。だがその痛みよりも上から降ってくる極寒の視線に喉が引き攣った。
「さっきからさあ、うるせえって言ってんの」
机にあったやっとこ鋏を掴むと、口の中に無理やり押し込んで舌を挟んだ。
「聞こえねえか?」
あえて時間をかけて引っ張られ、じりじりと舌に痛みが回り始めた。皮膚が裂けるような疼痛が襲う。挟まれている部分も痛い。女はがたがたと体を揺らして逃れようとする。
ラムズは怠そうに見下したあと、舌を引き抜いた。