金平糖の致死量

「思いつかねえか?」
 横に手をついて見下ろされ、余計に怖くなって何かに縋りつきたくなる。布団か、枕か、なんでもいいけどこの悪魔から逃げたい!
「思いつかないー! 髪の毛は生えてこないし、尻尾もないし……舌はもう食べ―」ぎょっとして、自分の上の服を強く掴んだ。待って、いや。まさかそういうことじゃないよね?
「分かったんなら早く脱げって」
 服を下に引っ張っていた手をラムズが掴む。無理やり剥がそうとする。
「き、聞いて⁉ その……お腹は。口が……あるから。嫌で。だからまだ……ナハトにも、見せてなくて。だから……さ」
「そりゃお前がとっとと見せねえのが悪い」ラムズが体勢を上げ、膝立ちになった。この隙にと私はベッドから起き上がる。とはいえ、逃げられるとも思えない。膝を立ててじりじりと体を動かし壁の方へ寄っていく。
「恥ずかしいし……変だし……やだよ」
「変だとは思わねえよ。前に見ただろ」
「だって食べるんでしょ⁉ てことは口開けないといけないじゃん!」
「開けても変わらん」
 何度も首を振る。船長のお願いでも……聞けない。だって……。本当に怖くて、化け物みたいで、舌も大きくて、私ですら見たくないくらいで……。嫌われちゃったら嫌だし、避けられても嫌だ。ナハトも普通のポイズスネクだから私のようなお腹はない。だから見せたくなかった。ラムズはそういうの大丈夫そうな気がするけど、でも―もし関係が変わっちゃったら……。
 思考がぐるぐるし始めて、なんだか頭痛までしてきた。俯いて膝のあいだに顔を埋める。どうしよう。こんなことしてたら余計船長に嫌われる。
「と、とにかくやなのー!」取り繕って、明るい声で言った。
 ラムズは煩わしそうな顔で近づいてくる。当たり前だ、だって心の声は聞こえてるから―。どうしよう。面倒くさいって思われてそうだし―「ッえ⁉ ちょ、何して」
 私の腕をツタ魔法を使って後ろ手に縛り上げると、足を引っ張って膝を下ろさせた。魔力を持たせた指で服を切る。「ね、ね、やだって、やだってば!」
「服はあとで買ってやる」
「そういう問題じゃなくて!」涙声になりながら、ばたばたと足を動かす。船長が私の足に触れて、麻痺で動けなくさせた。そのまま近付き、破れた服を慣れた手つきで剥ぎ取る。
「やだ……やぁだ……酷い……。悪魔……」
 下着も全部脱がされ、正面に座るラムズに裸の体をまじまじと見下ろされる。
「お前は自己嫌悪が酷すぎる」
 ラムズは胸に手を差し当てると、鱗の肌をつうっと撫でた。つるつるした鱗の上を冷たい指先が滑っていく。
「絶対……開けない……」
「なんで」責めるように問われる。「ナハトに悪いから?」
「それも、ある……けど」
「醜いから?」
 こくんと首を下げる。「嫌われたら、やだ……」
「お前ガーネット号に乗ってただろうが。ジャッキーなんて目が六つだっただろ、俺があいつらを差別したかよ」
「し、してないけど……。でもジャッキーは男の人で、その分強いし、かっこいいし」
「お前は?」
「私はジャッキーほど強くないじゃん。こんなところに口があるなんて、魔物と……一緒じゃん」
「魔物だっただろうが」
 涙目で睨む。「〜ッ! だから嫌なんだってば」
「そのお前を奴隷にしたのは俺だろ」
「だ、だけど。その時は私の姿なんて見てないじゃん」
 彼の目が細まる。「お前が醜いとして、それと俺が嫌うのと、どう関係があんだよ」
「だって……船長は、綺麗なものが好きでしょ? 宝石だってこのお城だって……服も……。いつも魔法で綺麗にしてて……。でも私は……。悪魔も醜いって言われてたけど、私こそ……」悪魔みたい、じゃん。
 ツタがするすると抜けていく。私は目を覆った。涙で腕が濡れる。下に敷かれている掛け布団を引っ張った。上半身を隠そうとしたのに、彼が逆方向に引っ張って止められる。バカ。ラムズがそばにきて、そっと体を抱きしめた。
「な、何度も何度も、ハグ、しないで……」鼻を啜りながら呟く。
「好きになっちゃう?」どきりとして、今の質問には無視を決め込んだ。「お前が泣くから悪いんだろ?」
「だって……無理やり、剥がすから」
「俺が好きなものは?」
 突拍子もない質問をされて、戸惑いに目を泳がせた。「へ? え……宝石?」
「そう。それしか愛せないし、それにしか感情がねえって言ったよな?」
「……うん」
「そんな俺が、お前を見て醜いだとか美しいだとか、嫌いだとか好きだとか、そんなこと考えると思うか?」
「でも、だって……綺麗なものが好きなら……。自分のそばにいる子だって、綺麗な方が……」
「お前はその口、見せびらかして外で歩くのかよ」
「ち、違うけど。気分的にっていうか」
 ラムズが大きく溜息を吐く声が聞こえる。嫌われた? ぎゅっと拳を握った。
「なあ、聞いて。ちゃんと聞いて」
「な、なに……」
 体を抱く腕が強くなった。彼の吐息が鼓膜を濡らす。「お前が魔法を使えて、俺のために仕事ができて、ある程度言うことを聞いてくれるなら、もうそれ以上いらない。シャーナは腹に口があるのが嫌だって言うが、俺にとっちゃ食う場所が増えるんだから嬉しいくらいだよ」
「そんなの、でも……食べる時は嬉しいかもしれないけど」
「俺の―」何か言いかけて、言葉を止める。
「なに?」
「俺には体がないって言ったよな」
「うん」
「ねえが、この地にこうして生きているあいだ、仮の姿ってものがある。一応それが、俺の本当の姿だ」
「……それで?」
「やろうと思えばその姿を模すことはできるが、ほんらい悪魔同士しか見えない」
「うん」
「それは……」ラムズは私の髪を労しげに撫でた。長い吐息と共に言葉が落ちる。「お前の口より、何百倍も醜い」
「……嘘? 励ますために、嘘ついてるの?」
「言いたくねえのに言ったんだぜ? 嘘なわけあるか」
 一つ首を下げて、ちんまり尋ねた。「……ラムズもやなの? 自分の格好」
「嫌だな。そのへんの魔物より酷いと思うぜ」
「え……、そうなの? どういうこと?」
 少しの沈黙のあと、彼の空虚な声が耳を通り抜けた。「俺は宝石が好きだから、―その宝石から一番遠い姿をしている」
 嘘を言っているようには思えなかった。神様の悪戯? 悪魔ってそんな可哀想な使族なの? 
「それと比べりゃ、お前なんてかわいいもんだ。一向に醜くねえよ。これくらいなら、俺も自分で付けたことある」
「付ける?」
「知らねえか? 悪魔に角があっただとか、尻尾があっただとか、そんな話」
「んー、ああ、聞いたことあるかも?」
「昔はわざとそういうお洒落≠して楽しんでたんだよ。その時口だとか目だとか、そこらじゅうに付けてるやつがいたぜ」
「怖がらせるため?」
 彼はふっと笑った。「だろうな」
 私の体を放して、真剣な目付きで言う。「俺と一緒なら嬉しいか? それなら気を許せる? 自分を好きになれる?」
「ラムズは……やじゃないの?」
「やじゃねえって、何回言ったら分かんの?」彼が首を傾げて、髪がさらりと揺れた。
 なんとはなしに彼の頬に触れる。綺麗な肌だ。シミひとつない肌、少し青白いけど、滑らかで透明感があって……かっこいい。
「そう作ってるからな」
「私は?」
「ふつう。何も思わん」
 彼の腕を掴んで優しく揺する。「誰にも? 何も思わないの? メアリは?」
「鱗は美しい。顔はふつう」
「他は? 他の人は?」
「みんなそう。まあ、世間的に整っているだとか、パーツが崩れているだとか、そういうのは分かるが。俺個人の感想はない」
「整ってる……私は?」
 ラムズは呆れたように笑った。「そればっかだな。まあ……美人じゃねえだろうが、かわいい方なんじゃねえの? 俺じゃなくて彼氏に聞けよ」
 船長に思ってほしいんだもん。
「じゃあ言ってやろうか? かわいいって」
「でも……本当じゃないもん」
「めんどくせえやつ。あまりに駄々こねてると、そのまま全部食ってお終いにするぜ?」
 どれくらい本気だろう? 本当かな? 嫌われた? もう必要とされない?
「そう思うなら、俺がしてほしいことして」
 船長がしてほしいこと。分かってる。分かってる……。ここまで優しく宥めてくれたのも、大事にしてくれてるからで、私の体がほしくて。だから―……。私は上目遣いに彼を見て、そろそろと手を差し出した。
「他にもあんだろ」
 左右に視線を何度か彷徨わせる。大きく息を吸って、体を強ばらせた。ラムズが望むなら―……嫌われないなら。自分に見えないよう目を瞑って、おもむろにお腹の口を開けた。
「よくできました」
 私の髪を何度か撫でると、口の中に手を入れた。どうしていいか分からなくて、薄目で彼の様子を盗み見る。彼の指が唇の裏側をなぞる。内臓を内側から撫でられているような、そんな感覚に陥る。
「な、なんか……変……」
「直接胃に繋がってんじゃねえの? へえ、面白い」
 ラムズは何度か指先で舌を弄んだあと、私の方に視線を合わせた。「そっちも、ほら」
 嗤ってる。ま、またキスするんだ。でも……ラムズに言われたら、答えるしかない。躊躇いがちに薄く口を開けた。彼は私の肩に手を当てて、また口付けをした。さっきよりも口内を強く撫でられ、舌の先を何度も何度も切り落とされた。そのたびに全身が痛みに戦慄く。根元から引きちぎられると、あまりの痛苦に嗚咽が漏れた。
 ラムズは私から離れると、お腹に手を差し入れて舌を引っ張った。呑み込むように長い舌を口に含んでいく。
「い、ん、んんッ……な、おなか、いた、……な、なんか……」
 臓器をそのまま鷲掴みにされて、引っ掻き回されてるみたいだ。彼が舌を引くたびに体ごと持っていかれそうになる。涙を堪えて、体に力を入れる。柔らかい舌が冷ややかな歯でぎりと噛まれ、ついに食べられた。
「〜ッッ⁉ った、た、あ、ぁぁいいい!」
「あー……こっちの方が美味しい」
 どうやったのか、ラムズは指先を鉤爪のように尖らせて舌の根元側を引っ掻いた。
「んんんんんん⁉ んっ、や、ゃやあああ、痛、痛い!」
 皮膚の裏側を鋭く引っ掻かれたような、身を切り裂くような鋭利な痛みが襲う。痛い。痛い、痛い痛い痛い痛い痛い。死んじゃう、痛い。
「いい子だから、我慢して」
 彼は蠱惑的な笑みを浮かべると、私の頭を掴んで耳を食んだ。何度か噛み付かれたあと、皮膚ごとひっぺがすように千切られる。
「や、ぁあああああ、いた、ぁあああああい」
 全身が痛みで痙攣している。だらしなく空いたお腹の口から唾液が零れて、ベッドの下に零れていく。私の耳からも血が流れ落ちていく。体が痛みに悶え苦しみ自由が利かない。知らぬ間に涙が落ち、眼球の周りが疼痛を抱き白目を剥きそうになる。
「ああ、最高の眺めだな」
 彼は爛々と目を輝かせて、お腹の舌をまた掴んだ。思い切り引かれ、舌の先を食む。人の舌よりも厚く大きいそれに牙が差し込まれ、噛みちぎられた。何度も口に運ばれ、そのたびに咀嚼される。内臓を掻き回すような咀嚼音が腹から脳まで響いてくる。あまりの痛みに本当に意識が落ちて―
「命令、気絶すんな。起きてろ」
 目が独りでに見開いた。全身が痛い。痛みから解放されたいのに、気絶してなかったことにしたいのに、命令のせいで目を瞑ることすらできない。意識が朦朧とするたびに、背中側に電撃のような痛みが走った。
「は、や……やく。して。いた……いた……しん、死んじゃ、う……。いた……い」
 ラムズは私の頬に手を当てて、あどけない笑みを浮かべた。「俺に見捨てられたくねえんだろ? じゃあ起きてろ。起きて、ずっと痛がってろ」
 心拍がぞくぞくと警鐘を打ち、内臓の痛みのせいか頭痛までしてくる。震える腕を上げて、彼の手に指をかける。「お、おね、ねがい……く、苦しい……」
 ラムズはまた口付けを落とした。噛まれる、舌を切られる。無意識に喉元まで舌を引っ込めたら、まだ持っていたらしい腹部の舌を思い切り引っ張られた。
「ん、んんんッ⁉ んんんんん!」
 胃がひっくり返りそう、吐きそう。痛い。いた、痛い痛い、痛い痛い痛い痛い。知らぬ間に戻していた口の舌をぐしゃりと潰され、口の中が血の味でいっぱいになる。血を吸うように唾液を絡みとると、顔を離した。
 布団を掴んでいた手を剥がされ、四本の指を一気に歯で砕かれる。腕が痙攣した。骨を潰す乾いた音が彼の口から聞こえる。もう一度腹部の舌の根元を掴むと、鋭い爪で引き裂いた。
「た、たああぁぁああああい! い、いいぃぃいいい!」
 ラムズは千切った血塗れの舌を口の中に入れて、指についた血も舐めとった。
「あー、だいぶ満足した」
 虚ろな瞳で彼を捉える。三日月に傾いた唇が裂けるように笑って、低音が耳をさらった。
「かわいい」喉がごくんと息を飲む。「俺のかわいいお人形」
 ―かわいい、わけない。血だらけだし、お腹の口のせいで唾液まみれだ。お布団も汚れちゃった。涙で顔もぐちゃぐちゃで……
「阿呆じゃねえの」
 彼は私の腰を掴んで引き寄せた。力の抜けた体がぐったりと仰け反る。頭を胸元へ抑えられた。
「悪魔だって言ったじゃん。容姿のかわいさより、食われて目も当てられないくらい酷い有様の方がそそる」
 船長って、ほんとに悪魔なんだ。いつもそんな素振りしないのに。食べてる時が……一番残酷かもしれない。
「お前が気にしてる口、臓器みたいなもんだから、一番美味しいよ。よかったな」
 ちっともよくない。そのせいですごく痛い。まだお腹がじんじんしてる。全身引っ掻き回されたみたいだった。死んでないのが不思議なくらい……。本当に再生してるの? 信じられない。
 でも……船長にとってそっちの方が大事だっていうなら―よかったのかな。必要とされてるってこと?
「ああ。そのまま全部食いたいくらい、最高」
「わ、私が……奴隷で、よかった?」
 縋るような目で彼を見ると、目を細めて優しげな笑みを見せた。「もちろん」額にキスを落とす。「お前はかわいい俺の奴隷だよ」
 暖かい安堵が胸に広がる。命令の効力が消えたのか、睡魔が一気に押し寄せ気絶するように眠りに落ちた。