人形みたいに可愛らしいマリアーヌ様

「あっそう? 早く寄越してくれる? それ」

 あどけない瞳を揺らして、嘘か本当か分からない笑みを零した。彼女に不釣り合いな豪華すぎる肘掛イスの下で、わたしは深く深くかしずいた。

「こちらです。遅くなって、申し訳ありません」

 マリアール様は淑やかな手つきで私から宝石を受け取ると、恍惚の表情でそれを見つめた。暖かい吐息が漏れる。
 ──似合わない。絶対に似合わない! お人形みたいに可愛くて、小柄で、柔らかそうで、優しそうなこんな女の子が! 宝石!
 彼女の座るヒッポグリフの玉座だって、どう見てもおかしいのだ。あんな赤黒いクッションのついた禍々しい玉座、彼女の可憐な姿に似合わない。
 だけど……こんなこと口が裂けても言えない。

「他には? もうないの?」
「……ありません」

 そう言った瞬間、彼女の薄水色の瞳がメラメラと燃え上がったように感じた。金の髪が普段より痛いくらいに輝き、小さな顔に張り付いた笑みがさらに深くなる。

「そう?」
「も、申し訳ありません」

 わたしは深く頭を下げた。
 だって、なかったんだもの。それが最後だった。あの貴族……どこに行ったんだろう。全部宝石を持って逃げたんだ。私が来ることを知っていた?

「ねえ。わたしが欲しいものがなんだったか、お前は覚えてる?」
「……はい。け、剣……ですよね。薄氷の煌めきと、呼ばれる……」
「そう! それ!」

 彼女はわざとらしく手を叩き、これでもかというほどニコニコ笑った。怖い。笑ってない。彼女は絶対に笑ってない。怒っている。私が剣を手に入れられなかったからだ。あんなに欲しがっていたのに。
 私は馬鹿だ。怒られるのは分かっていたでしょう? どうしてもっと死ぬ気で探さなかったの?
 今私ができるのは、震える声で言い訳を並べることだけだった。

「わ、私が着いた頃にはもう何もなかったのです。あいつは逃げていたんです……。どこに行ったのか、わかりませんでした」

 彼女はすうっと目を細めて、冷ややかな視線をわたしから宝石へと移した。大丈夫、彼女はお優しいから、許してくださる。

「そう。まあ、お前は阿呆だからね」

 ほら、許してくれた。

 阿呆だからね──呪いのように、彼女はその言葉をわたしに言い続ける。マリアール様はわたしが一番嫌な言葉を知っている。私が何を言われたら彼女から離れないのか、何を言えば私が言う通りに動くのか、全部知っている。
 ──だから、逆らえない。一生わたしは、|お人形《マリアール様》のお人形になるしかないのだ。

「場所は教えてあげる。もう一度取りに行ってきて」
「で、ですが……。私めなどより、マリアール様の方が」
「わたしの方が、なあに?」

 マリアール様は宝石を見るばっかりで、私には目もくれない。

「魔法が……得意でいらっしゃる……じゃないですか……」
「そうねえ……」

 彼女はまた、ほうっと息をついた。氷のような息。彼女は生きている。肌も暖かいし柔らかいのに、どこか冷たいのだ。目のせいだろうか? でも水色の目のどこが冷たいのだろう。息? 息だって暖かい。
 でも、私は彼女の前にいると震えが止まらない。

「わたしは忙しいって、シンシィアは知っているでしょう?」
「……はい。宝石を、磨かなければいけないんですよね」
「そうなの」

 肩を縮ませて、申し訳なさそうに呟いた。可愛い。可愛らしい。守ってあげたい。わたしがなんとかしないと、私は彼女の騎士、そう教えられた。だから私が彼女のために動くしかないのだ。

 マリアール様は怖い。怖いはずなのに、美しく、可憐で、可愛らしいと思ってしまう。そして儚く淡い、海辺の泡沫のような存在なのだ。明日になればこの玉座には誰も座っていないような、そんな気さえしてしまう。
 だからどんなに恐ろしくても、私は彼女に仕えることをやめられない。
 魔法が得意なはずなのに、私のことなど、いとも簡単に殺せてしまてしまうはずなのに、私もそれを知っているはずなのに、彼女と話しているとおかしくなってくる。彼女が華奢で何も出来ない少女だったと、そう錯覚してしまう。

「さあ、早くこちらに来て。ご褒美をあげるから」

 マリアール様が手招きしている。わたしはこの時間のために生きている。
 ──彼女にただ頭を触れてもらうだけの時間。

「いい子ね。大丈夫、お前ならできるから。楽しみにしてるわ」

 私の愛してやまない声でそう唱え、私の愛してやまない顔で、そう笑った。


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