人魚失格 M&R

「なあ、ちと聞いていいか」
「え、なあに?」
「お前はその……サフィアという男を探している。他ならぬ人魚に戻るためだ、今こうして泣くくらい、必死なんだと思う」
「ええ、まぁ……そうね」
「だがそれにしては、誰にもその必死さを見せない。エディやレオン、俺にでも、もう少しお前が『どうしても見つけたいんだ』と縋っていれば──、いかな手段、方法でも問わないと泥臭く生きていれば、また話は変わってきただろう」
「必死さ……?」
「お前にとって人魚に戻ることは大事なことだろ。だが、おそらく誰も、サフィアを見つけることが人魚に戻ることに関わってるだなんて思っちゃいない。 お前の態度が、どう見てもその目的に繋がっているようには見えないからだ。必死に見えないからだ。女としての身体、知識、その鱗、お前の持ちうるすべてを使って、売って、ときには相手を騙したり脅したり、そうやって探してもいいのに……やらない」
「それは。つまりわたしは、人魚なのに……人魚に戻りたいと思ってないってこと? 人魚に戻るために頑張れてな」
「最後まで聞け」

「例えば子を失った人間の親は、見知らぬ誰かに泣き縋ってでも『私の子を知りませんか。助けてくれませんか。この子がどこにもいないんです、お願いしますします……』そう言って地べたを這い回って探すんだ。おそらくメアリにとって人魚に戻りたいという気持ちは、彼らが子を求める思いと同じくらい──あるいは、それ以上に強い思いだと思う」
「そう、なのかな」
「だがこの話を聞いて、お前はそうしたいと思うのか?」
「え?」
「人魚に戻りたがってないだとか、そういうことではなく──自分がどう思われようと、その過程でどんな方法を取ろうと、ともかく戻れればいい、そう思ってはいねえのか? 鱗を剥がして売って見世物にされて、それでサフィアが見つかるというのなら、お前はやるのか?」
「……や、やらない。人間の……親の話も。そういうふうに探す自分は……想像できないわ」
「そうか。ありがとう」

「人魚は……あまり、誰かに頼ろうと思わないの。ぜんぶ自分でやるの。だから今回のことも、今こうしてラムズに言ってしまったけど……。それはただ、悲しくてつい口が滑ってしまっただけで、本当は……」
「ひとりでやりたかった」
「ええ、たぶん。でも、人魚に戻るために努力するべきよね。もっと……さっきラムズが言ったように、鱗を売ったりしてでも……。一人で頑張るなんて、そんなこだわりは捨てて……。それができないわたしは……」
「認めたく、ないのかな。探している自分を。逃げてるのかも」(無理に笑ってみせる

「なんで……こんなこと聞いたの?」
(心の蟠りが増えるばっかりだわ)

「……違うと思ったから」
「違う?」
「俺とは、違うと思った」
「そうなの? どういうこと?」
「シャーナが俺に言っていた。『船長は私たちに興味ないんでしょ』わ俺は誰のことも興味がない。文字通り誰も……つまり、自分にすら興味がない」
「そうすると、どうなるの?」
「お前はプライドがあるんだろ。人魚としての。たしかに人魚に戻るという目的はお前にとってかなり重要なことだが、そのために、人魚という自分を曲げることはできねえんだろ」
「え、そう……なの?」
「気高く、ひとりで生きて、人魚として常に美しい姿でいる。それは見た目だけでなく、心も含めて。だからこそ、あまり人に頼ろうとしねえし、自分が辛い目にあっていることを知られないようにしている。何かを必死に求める姿は、えてして醜いものだ」
「醜いの?」
「その必死さが美しいと……そう言うやつもいるだろうが。貧民街で『金をくれ』と縋っている浮浪者がいるだろう。美しいか」
「え……いや、それは」
「生き物としての尊厳を捨て、どんなことでもやるから食べ物をくれ、金をくれ、愛をくれ。体を売ったり、地に這いつくばって縋ったり、そうやって生きるやつらは醜いと言われるだろ。メアリは、そうなりたいのか」
「……そうね。嫌だわ。そうしないと人魚に戻れないなら……。いえ、」
「そうなった時点でもう人魚じゃない。だろ」
「……ええ」
「──それが、俺とは違う」
「ラムズは、なんなの?」
「俺は人間の成れの果てだ」
「え、つまり、じゃあラムズは……」
「メアリは他ならぬ人魚だよ。ただ未来と現在の『人魚でいること』を選択する時、現在を選んだだけだ。なるべく今を美しくしたまま未来も手に入れたい、そういう術を探しているだけ」

「ヴァニラに何か言われたんだろ。だから聞いたんだ。聞いてわかった。ただお前が人魚だからそうするんだと」

「じゃあわたしは、人魚に戻ろうとしていないって、人魚失格じゃ……」
「ねえよ。そのものだよ」
「そう。その、ありがとう」
「俺はただ聞いただけだ。お前たちのことをよく知らねえから」
「そっか、そうだとしても……。少し楽になった。でもそれなら、わたしはラムズに頼らず、これからも……ひとりで頑張るべきだったのかな」
「どうかな。お前がいいと思ったなら、それはいいんだと思う。今の自分を誇れるなら、悪くはないんじゃねえか。極論を出したが、多少頼ることが醜いとまでは俺は思わん」
「そう……かな」
「俺は頼られて嬉しいから。気になるなら、俺のためにやったって、そういうことにすればいい。俺が言わせたようなもんだろ」
「えっと。え、そうなの?」
「ああ。じゃあ」

メアリがラムズの腕を掴んだ。

「その、さっきラムズが違うって言うのは。ラムズは宝石のためなら、自分を捨てて……誰かのために跪いても、縋っても……いいってこと?」

「……そうだよ」

「気にしないの? ラムズがわたしなら……人魚に戻るためにどんな方法でも取るの」

「さっきの人間の親、どんなに醜くとも、親の愛のなせる行動。どう見られようと、どう生きようと構わない。とにかく子供を救うために抗う。だがいつか本当に子供が見つかれば、それは美しく見えることもあるだろう。兵士がひたむきに努力し、何度失敗しようと立ち上がり、心を、体を、いくら傷つけられても諦めない。自分のため、それ以上に誰かの、社会の、国のために。それもまた美しいかもしれん」

「ラムズ、は?」

「知りたいのか?」

「えっと、うん」
握っていた手を強めた。
「……教えて」

こちらを見ないままふっとほほ笑んだ。

「どこまでいっても宝石のためだ。何もない」

振り向いて笑った。ぞっとするような笑顔で

「醜いだろ」
「こんなに美しく着飾っても、こんなに綺麗な宝石に囲まれても……俺は。俺は最後まで────。人間様は本当、称えたいくらいぴったりの名前をくれたよ」
「ラムズ? あの、えっと……わたしは」
「悪い。喋りすぎたな。今日のことは忘れろ」
「おやすみ」