ラムズの本当の姿って何? M

「ねぇラムズ。ラムズが実はあのときのサフィアだってことはわかってるんだけど、あのとき優しくしてくれてたのはやっばり嘘なの?今のラムズが本当なの?」
隣に座っているラムズが、瞳孔だけをこちらに寄越して答える。
「んー?」また前を見て、ぼんやりとした声のまま返した。「お前は宝石でもあるからな、リジェガル皇子の姿をして、大事に丁寧に扱ったのは"俺"だよ」
「え、じゃあ冷たい時は? 素っ気ない時も多いじゃない」
「宝石以外に関しては素っ気なくなるかな? だが……例えば死んだ者を蘇らせるなだとか、老若男女、使族問わずすべての命は平等だとか……俺にも思うところはある」
「そのへんは演技で説明してくれたわけじゃないってこと?」
「ああ、ただ俺の考えを述べただけ」
「話し方は?何が本当なの?」
「話し方?」ラムズはこちらを見ないままに軽く笑った。「俺にとっちゃ性別は記号だ。男であれ女であれ、雌雄同性、体と心がどうだとか……まったく興味ないし、等しく俺以外に生きているモノというだけ。話し方も同じ。ただ感情やそのときの意図を発露するための道具でしかなく、どんな話し方にもこだわりはない。しいていうなら、求められる役に合う話し方をしようと思っているが、そこに俺の意思はない──メアリは"男"の方がすきだからそうしているだけ。別になんでも構わないよ。ヴァニラのように話したっていいしな」
「ヴァニラ……あの子もそうなのよね。ヴァニラも演技なの?」
「ああ。今はあの見た目に合うように話してるだけだろ。俺たちは話し方にこだわりがないから、たとえ俺たち悪魔の存在を知っている者の前でも、今演じているままで会話する。演じているというより……そのとき被っている服を着たままといえばいいか? いちいち脱ぐのは面倒だろ?」
「服を脱いだ先には何があるの?」
ラムズはこちらを見た。首を傾げて、唇が微笑む。目が笑ってない、どこを見ているか分からなかった。「ないよ。そんなもの」彼は瞼を下ろし、また前を見た。「実態のないものに服を着せてる。中身はない。何もない状態では何も話せない。いつも何か着ている。今こうして話しているあいだもな。口がないと話せねえだろ? "話し方"がないと話せない。そういうこと」
「じゃあ冷たく接するのもまた演技なの?」
「場合によるが……、演技の時もあんな。俺はお前に興味ない、俺は悪いやつだ、そう思わせたくて素っ気ないふりをする。悪いやつで、酷いように見えるやつが少しでも優しいことをすれば、そのぶん"良く"見えんだろ?」
「ん、ま、まぁそうね……」
「それでも、完全な悪だと知れば人は逃げていくがな」ラムズは平然と言った。すごく寂しいことなはずなのに、なんとも思ってないんだろう。
「じゃああれは? たまにラムズ、怖い笑顔作るわよね。狂気的に笑うっていうか、それこそ悪魔っぽいと思うことがあったわ。そういうのはどういう気持ちなの?」
「はて……俺は腐っても悪魔だからな。伝えたとおり、昔は怖がらせたり、感情を天から地獄へ突き落としてやったり、そうして食ってたからな」
「そのほうが美味しいから?」
「うん」ラムズの唇がきゅうと弧を描くのがわかった。「信頼してたやつに裏切られた瞬間の怒り、悲しみ、絶望。感情を剥きだしにして俺に相対するあいつらは美味かったよ。最高に」
彼の瞳が、皮肉のようにきらきら輝いている。
「哀れだと思えば笑いたくもなるさ。俺たち悪魔は……相手が望む言葉を、望む未来を見せてやってるだけ。それなのに──悪魔が醜いと、意地汚いと軽蔑していたくせに……簡単に堕ちてしまうあいつらを見ると本当に滑稽だよ」ラムズはひとりでに笑った。「実に愉快、哀れな生き物。悪魔と知っておきながら堕ちるあいつらは本当に弱い。そんなのばかり見てきたから、ふとしたときに笑ってしまうんだろうな」
「そ、そう……。その矛先がわたしに向かなくてよかったわ」
ラムズはこちらに視線を寄越して、上品に微笑んだ。「そりゃな。俺は宝石に対しては一途だよ」「悪魔はやっぱり、悪いことをするのが好きなの?」
「いや? ただ強い感情を引き出すのに手っ取り早いのが、相手に恐怖を与えることだっただけ。結局食ってしまう以上、その行為に怖がるやつが多いからな。スムーズにことを運ぶためにもそのまま怖がらせてたんだろう。また逆に、食う以上俺たちに対する評価が下がることは目に見えてるから、最初は上げておくんだよ」
「そのあと地獄に突き落とすの?」
「そう。逆ならよかったか?」
食べる行為ではなく、相手が幸せを感じた時に悪魔も感情を持てるとしたら──悪魔は初めは地獄を用意するんだろう。そこから一気に引きあげて、最大級の恍惚感を味あわせてあげたのかもしれない。とはいえ、どちらがマシなのかはわからなかった。
「逆に……食事が好きな悪魔はそういうことはしなかったな。元より多彩な食事を楽しめたから、わざわざ使族や|獣人《ジューマ》を食う必要がなかったんだろうよ。正義を唱えるやつだとか、承認欲求の酷い悪魔もあまりやらん。人に嫌われるからな。嫌われることはしたがらなかった」
「ラムズは嫌われてもよかったの?」
「ほとんどの悪魔はそう思ってるよ。嫌われても好かれてもいいってな。嫌われてるならその憎悪を増幅させてやるし、好かれてるなら利用する。元より悪魔は嫌われてたんだ。食いはせずとも、異常すぎると言われて」
「異常すぎる?」
「魔法や化学の研究に勤しむやつが……一日中部屋にこもりきり、人を人と思わない実験を重ね、他の人間とは比べ物にならないほどの才を開花させる。これでもう、異端者扱い。自分たちと足並みを揃えない、発想が突飛すぎる、最後の結論を導くためにどんな犠牲も厭わない──悪魔だからだ。悪魔だから異常なんだ。そう言って弾きだされた。それでもやつは気にしねえがな」
「ラムズもそうなの?」
「そうだろ?」ラムズはちらとわたしを見たあと、また前を見た。「少し盗まれただけで、触れられただけで相手を痛ぶって殺す俺は異端者だろうが。だから『宝石狂い』、そう呼ばれてんだろ」
「悪魔はどんなことにでも異常だったから……それで嫌われたの?」
「そうじゃねえか? その上自分たちを食うんだから。お前らと違いすぎる存在で、遠すぎて理解できない存在で、それでいて自分たちを脅かす存在で──嫌わないはずがねえな」ラムズは笑った。

「ラムズは冷たいことが多いけれど、トミーはわりと陽気よね。逆にツァルスティは怖かったわ。どうして?」
「陽気なほうがゲームが楽しいだろう? 真面目腐った顔でゲームをしてなにが楽しい? 淡々とこなしてもつまらねえだろうが。いちばん楽しくゲームができるように、あいつはいつも陽気だったよ。ツァルスティはそうさな、世の中には汚い音が溢れすぎて、その煩わしさのせいであんなに刺々しいんだろうよ」
「つまり悪魔のなかにも……少しは性格があるの?」
「性格があると言うとおかしい。俺たちに実態はないのだから。ただ、いちばん好ましい姿になっているだけだ」
「好ましい姿……」
「例えばさっきの研究者。てんでドジでおっとりした性格なのに頭がよかったら嫌味になるだろ? だが寡黙で淡白なら、『たしかにあいつなら仕方ない』と許される節がある」
「じゃあヴァニラは?お酒は似合わないわ」
「酒をせびるためにあんな姿をしているんだろう。酔っ払いのような姿をしていることもあったが、普通の酔っ払いじゃ邪険にされるだけだからな。酒を貢いでくれるような容姿にしているんだろうよ」
「じゃあ、ラムズはどんな姿が好ましいと思ってるの?」
「きれいな姿」ラムズは微笑んだ。「美しい姿。宝石が似合うように」
「……話し方は?」
「その容姿に合わせてるだけ。ただまあ──俺は物語を書くからな。そのせいで多少あえて演者っぽく振る舞う節はあるかもしれん。そのほうが面白い」
「物語が?」
「ああ。神が面白がる。俺も芝居がかった話し方は嫌いじゃない。曖昧にぼかせば、相手が自分の好むところに解釈してくれる」
「成金貴族みたいな姿にはならないのね?」
「たしかにそういうイメージは強いだろうが、嫌われてんだろ。最初から嫌われちゃ手も足も出ない。ゲームをするに相手は選ばねえが、俺も含め、金が必要な者は上手く世を渡らなきゃならん。あえて嫌われる容姿になる必要はない」
「結果的に嫌われるようにするのに?」
「そのときはまた姿を変えるから、いいんだよ」ラムズはふっと微笑んだ。