夜中のパーティ

 アルタイルからベガへと渡ったころ、真っ暗の船倉でぼんやりと瞬く橙色のランプの元、俺は数人の船員と身を寄せあっていた。事の発端となったのはシャーナだ。

『明日には陸に着きそうだからね、せっかくだからみんなで恋バナでもしようよ!』

 こんな楽しいイベント、参加しないわけがない! 俺はいちばんに賛成し、夜番に付いていない船員を何人も誘った。
 参加しているのはシャーナ、エディ、フィーザ、アウィナス、ジャッキー、ヴァニラ、ロミュー。フィーザは嫌々ながら参加し、エディはもちろん快諾。アウィナスは『夜はいつも眠れないから』ということで来てくれている。ジャッキーやヴァニラは野次馬精神だろう。ロミューはむしろこっちの話を聞き付けて、「何かあったら困るから」監視する意味もあって来てくれている。

「じゃあ誰から話す? やっぱここはシャーナだろ!」

 俺はテンション高めにそう言って、彼女の肩を叩く。シャーナはぶんぶんと首を振った。

「いや、私はトリに取っておくべきでしょ! レオンはどうせロゼリィさんとか言いそうだし……エディからね!」

 さらっと俺の好きな人公開されてるし。けっこうバレてるからもういいけど。ロゼリィさんは……起きてねぇよな?!

「俺? 俺がメアリちゃんに声掛けてるのはけっこう有名じゃない?」
「たしかにそうだったー」

 あちゃー、と声を出すようにシャーナは手を顔に当てる。俺は尋ねる。

「でも、メアリってけっこう性格キツくないか? ちょっと怖いよ。たしかにかわいいけどさ……」
「メアリちゃん、かわいいよね! やっぱり人魚だからかな? なにより肌が綺麗じゃない……?」

 シャーナが目をきらきらさせてそう言うと、アウィナスが口を挟んだ。

「あんたと比べたら誰だって綺麗でしょ」

 あまりの言いようだ。本人のいる前でそんなこと言うか?!

「アウィナス、あとでころーす!」

 シャーナはあっけらかんとした声で返事をし、手をすっと動かし首を切るような素振りをする。アウィナスは笑っているだけだ。
 一髪触発かとまで思ったけど、これくらいのノリはよくあるらしい。メアリもだけど、|獣人《ジューマ》の感覚ってよくわからない。
 エディはこくこくと首を振る。

「でもシャーナの言うとおり、たしかにメアリちゃんって綺麗なんだよね。今は船の仕事してるから髪も肌も少し汚れてるけど、それでもかなり綺麗なほうだ」

 ジャッキーが器用に鎌の手で酒を飲みながら答える。

「あいつは船長の次くらいに肌が青白いなァ。今にも肌が透けて水が零れそうだ!」

 がっはっはと大きな笑い声を出す。ヴァニラが唇を結び、小柄な体を活かしてジャッキーの足元にある酒瓶をこっそり取ろうとしている。ヴァニラの小さな手が酒瓶に触れるというところで、ぱっと鎌の手が彼女の手に触れた。

「どうした? ヴァニラ」
「ん、んーん、なんでもないの。ぜんぜん、お酒を取ろうとか、そんなの思ってないの!」
「そうだよな! これは俺の酒だからな!」

 怖い怖い。目が笑ってない。こいつら怖い。ヴァニラはどこか底知れない雰囲気があるが、どうやらジャッキーさんには敵わないようだ。だってU級のタランチュラだ。ジャッキーさんとだけは俺も喧嘩したくない。
 エディは俺の肩に手を回した。

「レオンはメアリの性格がキツイって言うけどさー、けっこういい子だよ? あの子。ぱっと見がきついだけだって」

 でも平気で人を殺せるし……と言おうとして、ここにいる男女全員それができることを思い出した。だめだ、これは理由にならない。

「たしかにメアリは、人の悪口を言うとかわざと嫌味を言うとか、そういうのはしないよな」
「私もしないんだけどー」

 シャーナが体を左右に揺すっている。エディが笑いかける。

「シャーナは悪口とかなにより、その明るさが取り柄じゃん。でもそうだな、|獣人《ジューマ》の中ではいちばん性格いい気がするねぇ……」

 エディはちらちら天井にぶら下がっているアウィナスに視線を寄越した。アウィナスはふんと鼻で笑うばかりだ。

「じゃあ、そういうアウィナスは誰が好きとかかっこいいとか、あるのか?」

 俺はおそるおそるアウィナスに声をかけてみる。この前の戦い以来少し話すようになったとはいえ、まだ緊張する。そんな彼女自身はまったくそんな素振りはないから、俺が考えすぎなんだろう。

「私に振るの? うーん……そもそも、かっこいいのと好きなのって違うくない?」
「うんうん、それはある」

 シャーナが気難しそうな顔で神妙に頷いている。

「メアリちゃんもどちらかというと綺麗系で、かわいいかって言われると難しいよね」
「かわいいのはヴァニラだよな」

 俺はエディに返事をする。ジャッキーが笑ってヴァニラの頭をがしがしと掻いた。

「こいつがかわいいって? どちらかといえば、化け物みてぇだろ」
「は、いや?! ヴァニラが?!」

 ヴァニラとジャッキーをまじまじと見てしまった。ヴァニラは「髪がぐちゃぐちゃになっちゃったの」と呟いたあと、ぶすっとした顔でジャッキーを小突いている。

「ヴァニはかわいいの。ジャッキーがおかしいの」
「俺もそう思う。ヴァニラはかわいいよ」

 エディが同調してくれる。ジャッキーは軽く笑った。

「俺からすると……誰もこれも子供みたいなもんだが、しいていうならリーチェはかわいいな!」
「リーチェかぁ」

 ジャッキーさんは猫耳少女が好み、っと。たしかに気分屋ところはある意味かわいいかもしれない。リーチェはしなやかですばしっこくて、ジャッキーさんとはまた違う魔物らしさがある。

「だけど、美しいのはメアリよりロゼリィさんじゃね?」

 俺が言うとジャッキーは首を振り、その他のみんなも微妙な顔をした。

「は、いや、なんでよ。絶対綺麗だろ!」

 アウィナスが答える。

「たしかに綺麗な人だけどさ、ちょっと近寄り難すぎるよね」
「わかるー。完璧すぎるんだよね〜」
「そういうもんかの……」

 ヴァニラは俺と同じ意見ってことか? ヴァニラの顔を覗き込む。

「綺麗な人だよな、ロゼリィさん」
「ヴァニはそう思うの!」
「人間はああいう顔が好みなのねー」

 アウィナスが意味ありげな顔で頷いている。人間、で一括りされるのなんか癪だ。たしかにここにいる純粋な人間って俺だけなのかもしれないけどさ!

「というかアウィナス、さっき誤魔化したけど、好きな人がかっこいい人、誰か言えよな?!」

 ちょっと強気に出てみると、アウィナスは瞳孔を左右に揺らした。

「かっこいいのは……、やっぱ船長かなぁ……」
「はーい! 私もー!」

 シャーナが手を上げる。そのあと、後ろにいたフィーザの手まであげた。

「フィーザも船長のこと大好きだよね! かっこいいもんね!」
「はいはい……もうそういうことにしておいていいから……」
「やっぱ女子はみんなラムズがかっこいいのか……。ヴァニラもそう?」

 俺が尋ねると、ヴァニラはこてっと首を傾げた。

「まー、ラムズはいいかもの。人間にも|獣人《ジューマ》にも好かれる、ちょうどいい塩梅の顔なの」
「ちょうどいい塩梅ってなんだよ。俺はラムズ見た瞬間『うわっ人外だ!』って思ったけどな」

 シャーナが頷く。

「たしかに船長、そういう顔するときあるよね。でも普段はわりと、人間のなかで一番かっこいい人!ってくらい」
「あー、それ俺もわかるなぁ。エルフみたいな異常な整い方はしてないよね。性格的に少し近寄り難いけど、物凄く距離を感じるかと言われると違うような。船長が機嫌悪いとすぐわかるからね。逆に、声掛けていいときもすぐわかる」

 エディがそう言うと、アウィナスが返した。

「しかも他の海賊と違って、わりと身なりに気を使ってるからね。そのせいもあるかも。顔が綺麗だなーって、よく思う」
「宝石を付けているからの、汚れたくないんだと思うの」

 ヴァニラが答える。
 たしかにラムズは船員のなかでいちばん綺麗にしている。どうやって清潔さを保ってるんだろう。やっぱり魔法? 便利でいいなー、俺もいい加減に風呂に入りたくなってきた。

「でも、機嫌悪いときと声掛けてもいいときがわかるって、つまりラムズは感情が表に出やすいってことか?」

 俺が尋ねると、エディが首を傾げた。手を振って遠くにいるロミューへ放つ。

「ロミュー、船長と仲良いじゃん! 何か教えてよ!」
「ん、俺か?」

 話しかけられたのが意外なのか、ロミューが目を瞬いてこちらに体の向きを変えた。

「船長が感情を表に出すのは宝石を前にしたときだけだろ」

 全員が一斉に頷く。ロミューは続けた。

「それ以外は……どちらかというとあえて自分の空気を変えているように思えるな。レオン、お前こそそういうのはわかるだろ」
「あー……。えっとぉ、アウィナスがちょっと近寄り難くて、シャーナが誰とでも仲良くしてくれそうみたいな、そういう雰囲気のこと?」

 |獣人《ジューマ》もルテミスもけっこう正直にものを言うということ覚えたので、俺は早速正直に言ってみた。ふむふむ、たしかにアウィナスに気にした様子はない。

「おう。船長はそういう雰囲気を日によって変えているように思えるぞ」
「船長、優しいときは魔法とか教えてくれるよね」

 アウィナスが言うと、フィーザが深く頷いた。

「あの人はすごいよ。本当に。自分とはまったく違う魔物のことをよく知ってる。効率的な魔法の使い方とか、その魔物特有の能力とか、どこまで知ってるんだろ、ってくらい」
「フィーザは、ラムズのこと尊敬してるんだ?」
「尊敬……。あぁ、そう言われるとそれがいちばんしっくりくる。まぁ、自分の利益になるときしか教えてくれないけどね」
「それでもラムズが船長室から出て、みんなと話をしてるってのが意外だ……」

 俺が言うと、シャーナが微かに笑みを零した。

「船長は私たちに興味ないけど、いろんなものをくれたよね」

 |獣人《ジューマ》たちはみんな口を閉ざして、思い思いに何かを考えているようだ。俺はジャッキーさんに目を向けた。

「ジャッキーさんはラムズより強いんだよな? なんでラムズの船に乗ったんだ? ジャッキーさんも、何かラムズに恩があるの?」
「いや、そういうわけではないな! 俺の場合は、単に普通に接してくれるから、俺も普通に接してるってだけだ」
「普通に接してくれる?」

 みんなは「あ〜」という顔で納得している。エディやロミューまで。わかってないの、俺だけ?! エディが答えてくれた。

「レオンも知ってのとおり、この船にいるのってはみ出しモンばっかだろ。海賊自体がはみ出しモンみたいなものだけど、その中でも特に、俺たちは嫌われてるんだよ」
「そうそう。私の鱗、けっこう目立つでしょ?」
「私の羽も」
「俺の木の肌も」
「で、もちろん俺のこの鎌も」

 全員を見比べた。たしかにここにいる人たち、みんなすごい見た目をしている。猫耳のリーチェとか、そういうのとは比にならないくらい『|獣人《ジューマ》』って感じだ。
 ジャッキーが言った。

「こういう俺たちを、ラムズはまったく気にしない。驚くわけでも敬うわけでも、もちろん嫌うわけでも怖がるわけでもない。ただ、“ふつう”に接する。俺はそれが心地よいし、だからこうして移動手段として使わせてもらうことがある。そのあいだは俺も力を貸すって、それだけだ」
「全部ジャッキーさんに言われちゃった〜。でも、要はそういうことだよ」

 シャーナはもう恨んてないんだろうか。メーデイアの件。ここまで聞いて、たしかにラムズが一応いいやつなのかもしれないってのはわかった。でも……こいつらをまるで駒みたいに利用してるのはたしかじゃないか。

「うーん……だけど、さ。ラムズって……宝石のために動いてるだけじゃないか。切り捨てようと思ったらいつでも切り捨てそうっていうか……。みんなを……りよう、してるって、いうか」

 なんとなく言葉尻が小さくなる。いつの間にか俺の後ろに来ていたロミューが、俺の背中を軽く叩いた。

「言いたいことはわかるぞ。たしかに船長は俺たちの能力に興味があるだけで、その中身に対してはなんの感情もないと思う。だが……それを知っているのにこの船にいるのが俺たちだからなぁ」
「利用する、利用されるの関係ってわけよ」

 ジャッキーがぐいっと酒を飲み干す。ヴァニラはぼうっとした声で言った。

「ラムズって、思ってたよりすごいの……。けっこう考えてるんだの〜……。ロゼリィが尊敬してるって言ってたの、ちょっとわかったの」

 アウィナスが言った。

「船長に酷いことされそうになったら抵抗するし、逃げるし、裏切るよ。でも、そうじゃない限りはこのままでいいじゃん。別に利用されててもなんにも思わないよ。利用だけして何も返してこない人間よりずっとマシ」

 おーい。ここに人間、いるんですけどー。

「win-winの関係ってことか」
「なんと言ったんだ? レオンはたまに難しい言葉を使うなぁ」

 あ、そっか。これは地球の言葉かも。ロミュー以外のみんなもわかっていなそうだから、もう一度言い直す。

「ウィンウィンの関係って言ったんだ。双方にとって好都合な関係って言えばいいのかな」

 ある意味、ラムズも|獣人《ジューマ》たちも似ているのかもしれない。感情論より理論を大事にして、損得勘定で動くことができる。俺だったら、仲間だとか愛情だとか、そういうのを気にしてしまうんだけど……。
 アウィナスが言った。

「まぁ、私と違って逃げられない|獣人《ジューマ》はちょっと可哀想かもね。船長に無理やり生贄に出されても抵抗できないし」

 え、もしかしてシャーナの話知ってる?! 伺うように彼女を見たけど、真っ黒の瞳からは何も読み取れない。どっちだろ、ただ言ってみただけかな。