夜中のパーティ

 シャーナは苦笑いで答える。

「あはは〜。たしかに、私とかだと無理かもね〜」
「でも、それって自分のせいじゃん」とアウィナス。「『己が力の足りぬこと、己が身より始まらん』。受け売りだけど、自分のほうが弱いなら訓練すればいいし、力が足りないなら頭を使えばいい。味方を付けてもいい。自分の生を誰かに委ねてるっていうなら、いつかそういう結果になっても文句言えないと思う。こう生きるって、自分で決めた選択には責任を持たなきゃ」
「ソフィヤ・ギガスの言葉だな。よく知っとる、お嬢さん」

 ジャッキーが言う。ソフィヤ・ギガス? 俺は聞いたことない。

「誰なんだ? 有名な人なの?」

 ロミューが口を挟んだ。

「平民の俺でも聞いたことがあるな。その言葉は知らなかったが……、多くの本を書いている人だ」
「へぇ〜」
「ただのキチガイなの」

 ヴァニラが酒を掲げて明るい声で言った。小さな口にみるみる酒が入っていく。

「え、ヴァニラは知り合いなのか?」
「んーん、てきとうに言ったの」
「……おっけぇ」

 俺はアウィナスに向き合った。

「でも、それはちょっと酷いよ。だってラムズは少なくとも俺より年上そうだ。魔法の威力も人間以上、頭の回転だって早い。それだって努力の結果かもしれないけど、少なくとも年月っていう差はあるじゃないか。使族によって寿命も魔法の威力も、最初から決まってるんだよな。生まれた時から決まってるそういった初期値の能力も無視して、『お前が努力しなかったのが悪い』はないぜ。味方に付けることだって、それこそアウィナスもここにいるみんなも、見た目のせいで人付き合いで苦労してきたやつらばっかだろ。でもラムズは見てのとおり容姿に恵まれてて……どっちのほうが味方をつけやすいかなんて瞭然じゃないか」

 シャーナがぱっと口に手を当てた。

「ほぇ〜。アウィナスにそこまで言い返した人、初めて見たかも」
「あ、あっ! ごめん! そこまで言うつもりはなかったんだけど……」

 なんとなくこのままじゃシャーナが報われない気がして、ついマジになって言い返してしまった。アウィナス、怒ってるかな。
 彼女はちょっと目をすがめたあと、ふっと唇を緩めた。

「人間のくせに、なかなか言うじゃん。自分の弱さの言い訳にしては上手。他人の同情を一緒に買って反撃するってのも、けっこうやるね」
「は、いや、え。そんなつもりないけど……。ごめん、怒った?!」

 アウィナスはばたばたと翼を動かした。

「怒らないよ、こんなことで。悪くないと思うよ。考え方は人それぞれ。ただ私はこう思うって、それを言っただけだから」
「あ、そっか……。じゃあ俺もそれを言っただけ、か」
「そうだよ」

 アウィナスは天井を少し動いて俺に近づいた。三本の鉤爪でてきた腕を伸ばす。俺の頭に爪を引っ掛けて、ぐいっと髪を引っ張った。

「はっ?! え?!」

 数本髪の毛が抜けた気がする。後ろを振り返ると、アウィナスがもごもごと口を動かしている。

「アウィナスが食べたー! 私も食べられたことないのにー!」
「どういうことだよ?!」

 シャーナが笑って答える。

「アウィナスは、気に入った人の髪の毛、一本取って食べるんだよ」
「なんで?!」

 めちゃくちゃ素で突っ込んじまった。

「知らないよ〜。マナナンガルの習性じゃない? 髪の毛、美味しいのかな」
「まずくはないってくらい」

 アウィナスが答える。よくわかんないけど、とりあえず認められたってことらしい。いや、ほんと分かんねぇ。あの会話で認められた意味もわからねぇ。

「私自身が賛同するかどうかは置いておいて、レオンのおかげで救われる人もいるんじゃない。そういうのは、いいと思うよ」
「なんかよくわかんないけど、ありがと。思ってたよりアウィナスっていいやつなんだな……」
「レオンって意外と私たちのこと差別してるよね?! こう見えて、ね?!」

 シャーナが俺に詰め寄る。

「いやいや、そんなつもりはないけど……。そうしたくはないと思ってるよ?! でも、やっぱ……受け入れるのに時間は必要だ」
「最初は大変だったもんねー」

 エディがニヤニヤ笑って俺を見ている。ジウたちとケンカした時のことか。その話はするなよな?!

「ジウって……、まだ俺のこと怒ってんのかな」
「いやぁ、怒ってないと思うよ。でもジウは拷問が大好きだし、そういう意味じゃソリが合わないって思ってるだろうね」
「拷問が……だいすき……。逆にソリが合うやつはいるのかよ」

 ロミューが答える。

「ヴァニラはわりと仲良くしているようだな。シャーナは……誰とでも仲良いし、ラムズやメアリとも普通に接しているようだ」
「え、なに、拷問に抵抗あるの俺だけなんすか?! ねえ!」
「大丈夫だ。俺もジウや船長の拷問を見ると胃が痛い」
「ジウはねー。やりすぎるからちょっとムカつくよね。そもそも船長が宝石に対して過敏すぎるのに、ジウはそれに乗っかって船員でも冤罪でも殺すから」

 アウィナスはそれほどジウと仲が良くないようだ。よかったー、思わぬ味方。シャーナが答える。

「私はジウや船長の言うことは聞いてるから、あんまり不便に思ったことはないんだよねぇ」
「それにジウって、一応人を選んで殺してるからね。船長が大事にしてない船員っていうか」
「大事にしてない船員? みんなそうなんじゃないのか?」

 エディは苦笑いで返事をした。

「いやぁ、その……普通の人間とか、そういうことよ」
「あー……はい……。なんかすみません」
「れ、レオンは大丈夫だよ! ほら、あのご飯が腐らなくなる魔法、かなり大事じゃん!」

 シャーナが慰めてくれる。そうだな、大丈夫だといいな。俺は涙を拭く振りをしてから言った。

「じゃあ、ラムズって人間の船員のことは本当に興味ないんだな。名前すら把握してなさそう」

 全員でロミューを見た。困ったらロミューだ。ロミューは後頭部をかいて笑う。

「船長は人間の船員でも、少ししかいなかった船員でも、名前とどんなやつか、どこまで何ができるか、なんとなく知ってると思うぞ。たまに班分けに口を出してくることがあるからな」
「え、あれってロミューが全部やってるんじゃないんだ?」とエディ。
「ほとんどは俺なんだがな。一応組み終わったメンバーは伝えているんだ。上の空で聞いていると思っていたんだが、たまに『こいつはあいつと組ませないほうがいい』とか、『この二人は一緒にいたほうが仕事が捗ると思う』とか、『こいつに昼番は辛すぎるから夜に変えてやれ』とか言われるんだ。いつどこで船員の関係性を把握しているのか、本当に謎だよ……」
「それに、あんまり価値のない人間も含まれるってこと?」
「おう、稀に指摘されることがある。俺も初めは驚いたよ」

 エディが腕を組んで唸り声を出す。

「たしかに……前に、殺した敵の数をちょろまかそうとした人がいて、船長が嘘を見破ってたね。戦闘中、ずっと俺たちのこと見てるのか?」
「そっちに関しては、俺やジウに聞いてるんだ。フィーザもたまに聞かれるんじゃないか?」

 ロミューが少し遠くにいるフィーザのほうへ声を放った。

「俺は背が高いからなぁ。そういう意味で頼りにされてるのかも」
「ふーん……。ラムズってすごいやつなんだな」
「そうだぞー! 船長はすごいやつなんだぞ!」
「なんでシャーナが威張ってんだよ」

 エディがシャーナをからかう。
 今度はジャッキーさんがロミューに尋ねた。

「そういえば、この船には航海士はいないのか? 副船長とか」
「あー……」

 ロミューが苦々しい顔をして、釣られたようにエディも顔を曇らせた。シャーナは眉を下げて「それ聞いちゃうか〜」と苦笑いしている。

「え、なに。どうしたんだ? 何かあったってことか?!」
「実は前にいたんだ。だが……けっこう酷い形で死んでな。それからは航海士になれるほどの能力を持つやつもいないし、暗黙の了解で航海士の役職はないというかな……」
「ラプラス、可哀想だったね……」
「あれは酷かった……。まぁ、正直あのおかげで俺たちは教訓を得たというか……」

 ヴァニラが可愛らしい声で尋ねる。

「教えてなの。なにがあったの? 気になるの」

 とそこで、誰かが階段をとんとんと子気味よく降りてきた。ジウだ。もう交代の時間だろうか?

「やっほ〜。みんなこんな夜中になにしてんの?」
「秘密の会合! 船長の悪口言ってた!」

 シャーナが答えると、ジウはけらけら笑ってどかっと腰を下ろした。

「なにそれ聞きたーい。ボクが船長に告げ口すれば、そいつを殺せるってことじゃん!」

 いきなりぶっ込んできたよ、こいつ。俺は苦笑いしかできない。アウィナスがぴしゃりと言った。

「船長が自分の悪口くらいで殺すわけないでしょ」
「船長って、宝石の悪口は許さないけど自分の悪口は許すよね」

 ジウはわりと冷たい目で見ているアウィナスをまったく意に介していない。ロミューが2人を宥めるように言う。

「実際は、ラプラスの話をしようとしていたところだったんだ。ジウのほうがよく知ってるよな」
「あぁ〜。ラプラスねぇ……。正直、あの一件だけは今も船長の判断は間違ってたと思ってるよ」
「ジウもラプラスのことは慕っていたもんな」
「ジウジウ、早くおっさんに教えてくれ!」

 ジャッキーが言うと、ジウはぱっと砕けるような笑みを見せた。

「もちろん! ラプラスはねー。すごく優秀な船員だったの。航海士に選ばれるくらいだから、頭もよくてね。知識が豊富とかそういうんじゃなかったけど……地頭がいいっていうの? あとはアウィナスと同じV級の魔物、ピルコンクの|獣人《ジューマ》だったんだよ。ピルコンクってみんなわかる?」
「俺わかんない」

 正直に言ってみる。ジウは特に機嫌を悪くした風でもなく、親切に答えてくれる。

「飛べないんだけど、一応鳥系の魔物って言われてる。扇型に広がる羽を持っててね、目玉がたくさんついてる羽。ばあって広がると、けっこう綺麗に見えるんだ」
「目玉……羽……? 普通に怖くね? 怖くないの?!」
「怖さもあるんだけど、美しさもあるっていうか……」

 目玉がたくさんついてる羽って……孔雀みたいなのを想像すればいいのか?

「とにかくそのピルコンクで、さらに普通のピルコンクではなく、変異したピルコンクの|獣人《ジューマ》だったんだ。ふつうピルコンクは緑色の羽を持ってるんだけど、ラプラスは真っ白いピルコンクだった。だから余計美しかったよ」
「ほー。なるほど。そりゃ珍しいな」

 ジャッキーが興味深そうに顎をさすっている。変異ってのは……言わば突然変異みたいなものなんだろうか? ともあれ俺の中では、アルビノみたいに真っ白になった孔雀の女の子を想像してみた。たしかにそれなら綺麗かもしれない。

「ラプラスは自分が美しいことも知ってたし、だからそれを鼻にかけてるところはあった。船長に『お前は美しいな』って言われるのをいちばんの楽しみにしてたね」
「ラプラスって人、ラムズのことが好きだったのか?」
「うん、とっても好きだったよ」

 ジウが神妙な顔で何度も首を振った。

「船長もラプラスのことは気に入ってたんだよ。なんてったってV級の|獣人《ジューマ》で、自分のことが好きなんだから。特に彼女は治癒魔法も得意でさ、彼女がいるあいだは人間すらほぼ死なずに済んだよ。ボクに船の操縦を教えてくれたのも彼女だ。風の元素の魔法が得意だったから、よく敵の船の上に小さい嵐を発生させて、船をめちゃくちゃにしてたよ」

 けらけらと笑う。みんなは黙ってジウの話を聞いている。

「すごくいい人だったんだけどね……。まぁ、ラムズに殺されちゃったんだ」