なんだってあったけど、なんにもなかった

「ドラゴンに会いにいくの?あの子のために?わざわざ?」


宿屋の硬いベッドに横たわりながら、私は尖った声を上げた。頭の下にはラムズの膝がある。ラムズは私の耳につけられたブラックオパールのピアスを弄びながら、冷めた表情で口を開いた。


「宝石のためだ」
「それはわかってるけど……体についてる鱗は、そのうち治るでしょ?新しく生えてくるだろうし」
「それまでにメアリが老いる。俺はできるだけ長く楽しみたいんだ」
「あっそ」


ピアスを弄るラムズの手を払いのけた。無意識なんだろうけど、ラムズは私の耳には全く触れない。器用に宝石のみを撫でている。この耳はいつも浄化魔法で綺麗にしていて、ふわふわで癒されると評判がいい。特に人間からは触りたいと言われるほどなのに、ラムズからは少しも興味を持たれないのだ。

彼は払いのけられたことを露ほども気にしていない様子で、私の首に手を伸ばした。ネックレスの先についたルビーを愛おしそうに撫でる。


「いいセンスでしょ」
「俺のだからな」
「組み合わせのことを言ってるの」
「ああ……どうせならもっとたくさんつけて来いよ。指輪は十個嵌めろ」
「それ絶対可愛くないじゃん」


ラムズの節くれだった指が私の肌を撫でる。もちろん腹ではなく、背が。腹は宝石の上で滑らかに動いている。氷が触れるような感覚に、私は何度も体を震わせた。くすぐったい。

一時間後、ジウが帰ってくる直前までその部屋にいたが、ドラゴンを探す旅について「お前も来い」とは言われなかったし、「私も行く」とは言わなかった。いつものことだ。ラムズが突然進路変更するのも、私が勝手についていくのも。私は"生まれて"からずっと、ラムズと一緒にいた。

ガーネット号の船長室に戻り、身につけた装飾品を一つ一つ外す。完璧に浄化魔法をかけてから、元の場所に戻した。隠し部屋に入ってベッドに体を埋める。

このベッドは柔らかい。ラムズが自分用に購入したものだけど、使っているのはほとんど私だけだ。ラムズが買ってくれた、私のためのベッド。勝手にそう思うことにしていた。

船長室にも、この部屋にも、"私の物"がたくさんある。なんでも使っていいし、なんでも許される。でも私が一番欲しいものは手に入らないし、私はラムズが欲しいものにはなれない。





三日後、乗船した新入りの中に幼い女の子が混じっていた。桃色の髪は頭の両側でくるくると巻かれ、綺麗な艶を放っている。


「あれえ、久しぶりなの。まだいるとは思わなかったの」


知らない子に親しげに話しかけられ、怪訝な顔になった。酒の匂いが鼻をつく。その瞬間閃いた。


「…………久しぶり」
「思い出してくれたの」


少女はニコニコとあどけない表情を見せた。ヴァニラと名乗ったその子は、早速酒のお代わりを要求してきた。ヴァニラは昔から、私をラムズの召使か何かだと思ってこき使ってくる。ため息一つ零して大人しく貯蓄庫に向かい、エールの樽を抱えてまた甲板に上がった。ヴァニラは船縁の手すりに腰かけている。よく落ちないな、と感心しながら、そばに樽を下ろした。


「ありがとのー」


可愛らしく微笑み、ヴァニラは自分の顔より大きいジョッキを渡してきた。どこに持ってたんだろう。左手でそれを受け取り、右手で樽の蓋を撫でて切断魔法を使う。綺麗に割れたそれを浮遊させて取り除き、ジョッキいっぱいにエールを掬ってヴァニラに手渡した。


「名前はなんだったかの」
「レヴィ」
「そうだったの!レヴィはいい子なの」


空いたジョッキを押しつけられる。怖い。なんでもう空いてるの。無言でまたエールを掬う。私の半分くらいしかない、小さな手にそっと持たせた。ヴァニラはごくごくとそれを飲み、幸せそうに顔を綻ばせた。泡立つジョッキの中に視線を落としながら、外見に似合わず大人びた口調で言う。


「ラムズといるのはかわいそうなの。不毛なの」


私は目を瞬いた。言葉を返せないでいる間に、ヴァニラはまたジョッキを空にする。左手を手すりについて少し身を乗り出し、今度は自分でエールを掬った。船が揺れたら落ちちゃいそう。


「別に私、ラムズとどうにかなりたいわけじゃないから」


かろうじて絞り出せた言葉がそれだった。ほんのりとピンクを混ぜたような赤い目が、不思議そうにこちらを見てくる。


「レヴィはラムズが好きなの」
「ううん。そういうんじゃない」
「でも好きそうに見えるの。前も思ってたの」
「それは……ヴァニラの勘違いだよ」
「それならいいけどのー」


ヴァニラは私から目を離した。どっと緊張が解けて、浅く息を吸う。早まった脈拍が落ち着いてくるにつれて、頭がじわじわと熱を持った。

ロミューもヴァニラも、どうして私をそんな目で見るんだろう。哀れむみたいに。諭すみたいに。

まるで私だけが、大事なことをわかってないみたいに。


「レヴィ?」


気づけばヴァニラがすぐそばに立っていて、うつむく私を見上げていた。いつの間に手すりから下りたんだろう。たぶん酒樽を半分空にして、酒に手が届かなくなったからだな。意味深な目を向けてくるヴァニラからジョッキを受け取り、エールをなみなみ掬って手渡した。満足そうに頷く少女の唇から、ちろりと赤い舌が覗く。


「レヴィは気が利くの!そうやっていつもラムズのこと助けてあげてるの」
「大したことしてないよ」
「でもね」


ヴァニラは私の言葉を聞いていないようだった。幸福な子供のように穏やかな表情で、柔らかに毒を紡ぐ。


「何したって無駄なの。だってラムズは、レヴィに何もしてあげないの」
「……でも」
「ヴァニの方がラムズのことよく知ってるの。ヴァニはヴァニだから」


私は言葉を失った。心を見透かされたような気がして、意味もなく胸を押さえる。また、心臓が早鐘を打ち始めた。ヴァニはヴァニだから。その言葉の意味がわからない、何も知らない自分に戻りたい。あの子は────メアリは、きっとわからないだろう。一生わからないままだろう。ラムズが隠すだろうから。一生、宝石として、大切に大切に"守る"だろうから。