二巻あとがき


 強力な扉の罠にかかって倒れてしまったメアリ。最強に見えるラムズ船長さえ滅入ってしまった様子。彼女はいったいどうなるのか―というところで第一巻『海賊の冒険』が締めくくられた。
 そうして読み進める第二巻、なんとかメアリの窮地を脱したかと思えば、強烈なインパクトとともに地球からの転移者、川戸怜苑が登場した。王道ファンタジーではなかったのか? 古きよきファンタジー世界ではないのか? いやはや、この世界は期待を裏切らなかった! レオンはあれよあれよという間にメアリやジウ、ラムズ船長の異質な価値観と衝突してしまう。地球での常識や価値観、なんとなく生きていればどうにかなった人生、それらと隔絶した『愛した人を殺しますか?―はい/いいえ』の世界。物語のように上手くはいかないのだと、ここは御伽噺の世界ではないのだと、レオンは生々しい現実を突きつけられる。自分が転移した理由を模索しながら、彼は徐々にこの世界へ溶けこんでいく。
 そうだ、魅力的な小説ならこうでなくちゃ。浮いた存在に見えたレオンはたしかにこの世界の住民≠ナあったのだ。だからこそおもしろい。美しく神秘的な情景、理想を描くファンタジーなのに、決して素直なハッピーエンドを送らせてくれない。心にほんのりと虚しさを灯すこの物語にくらくらしてしまう。
 第一巻に引き続き、メアリの注釈は相変わらず生き生きとした彩りを添えている。そのうえ、まばらに散りばめられた情報からどこか彼女の本音が見え隠れしはじめた。勝気で自信たっぷりの少女と思いきや、自分が人魚であることの誇り―それが今や反転し、自分が陸で立っていることの重いコンプレックスを持つ一人の青年なのだと思いしらされる。これぞコインの表裏といえよう。
 ラムズの謎は深まる一方だ。海≠フいう「エリス」とはなんなのか。海辺でメアリへ言いかけた言葉はなんだったのか。ガーネット号を引っ張っていくカリスマ性のある船長、信頼の厚いみんなを救った船長。死んだ宝石に悲しい微笑を浮かべ、宝石が割れる瞬間には目を背ける。そんな多様な表情を見せるラムズにメアリは言う。「ラムズって人間みたいだわ」。それでいて、彼は非道な行為も平気でやってのける。ラムズの一面を知るたびに彼がわからなくなる。はたしてどれが本当のラムズだろうか? 殻をひとつ破ったメアリだが、ではラムズの殻はいったい何枚あるのだろう? 
 後半の戦いは明らかにラムズを狙ったものであった。これも多くの謎が残されている。「玉座」という隠語、トミーの持つ異常な自信、首謀者の男の正体。もちろん、彼らがサフィアを知っていたという謎も。
 裏切りの連続に何度も心を揺さぶられながらも、ページをめくる手は止まらない。そんな疾走感のある第二巻をようやく読み終わると、大きく膝を打つことになった。タイトルに惑わされてしまいがちだが、この物語の主役はメアリだけではない。『Her Real Myth』の『Her』とはもちろんメアリのこと。だがなぜ『MyA』ではないのか? それは、あくまで観察者から見た『本物の神話』だからだ。自分の呪いを解くためにサフィアを探すメアリ、運命や神に翻弄されながらも、この世界を変えようと地道な一歩を進むレオン、そして影で何かを企むラムズ―これら三人が歩んだ軌跡といえよう。だがラムズの様子を追いかけるのは、勇者と魔王の戦いにおいて魔王側を描いてしまうようなもの。あくまでラムズは隠された主人公というわけだ。
 第一巻のプロローグの言葉も気にかかる。「愛した人を殺しますか。みんなの選んだ答えさえ……」。この問答に突きあたるのはメアリだけではないらしい。誰がどんなタイミングで、そしてどう答えを導くのか。最後まで引きのばされてしまう謎は多いが、ぜひ期待していてほしい。作者の本名、彼もしくは彼女がこれを本にした理由もいずれ明らかになる予定だ。

 第三巻のタイトルは『愛』。冒険や謎ばかり追いかけているメアリたちだが、ついにこの物語すべての魅力とお見えすることとなるだろう。怪しい動きを繰り返すルドの正体も、この第三巻で明らかになる。恋愛だけではなく、ファンタジーだけでなく、愛をめぐるミステリーファンタジー。それこそがこの『愛した人を殺しますか?―はい/いいえ』だ。
 最後に、この本の出版にあたり多くの方に助けられた。本文の訳出において貴重なアドバイスをくださった野々さん、訳者からの質問に愉快そうに語ってくれた作者のシェヘル、そしてこの本を手に取ってくれたあなたに心からの感謝を込めて。