ザフィエル

 あたしはかわいい。幼いころは母さんと父さんから「こんな美しい子が生まれたなんて奇跡だ」って喜んでもらえたし、うちの宿屋に来る客はみんなあたし目当て。どんなお客さんも「べっぴんさんだねぇ」なんて言って褒めてくれるし、ハンサムな年上のお兄さんからデートの誘いをもらったことだってある。
 あたしはかわいいのだ。肩すぎまで伸ばした透明感のある銀髪、神秘的に七彩をあやなす青い瞳。少し胸は小さいけれど、華奢な体つきは「守ってあげたくなるよ」と何度も言われた。
 あたしの容姿はそこらの女の子には負けないし、街の中でいちばん有名なのはあたしで、旅の人たちの話題に上がるのも「『ガレオンの休息処』のアリエル」。つまりあたし。

 それなのに。
 あいつがくるまではすべて上手くいってたのに。



「母さん、帰ったよ〜」

 『ガレオンの休息処』で働く母の店へ、お使いを終えてあたしは戻ってきた。からんからん、と扉に付けた重いベルが鳴る。
 あたしのおかげもあって、この街では『ガレオンの休息処』がいちばん人気だ。もちろん、母さんの美味しい料理と父さんの人柄の良さもあるだろう。それでもあたしがこの店の看板娘なのは間違いない。

「アリエル。お客様がたくさんいらっしゃってるから、こっちを手伝って」
「はぁい」

 カウンターのそばを通り、小さな人集りに視線が吸い込まれた。誰かを囲うように、男の人が五人ほど立って騒いでいる。あ、常連さんもいる。いつもならすぐあたしに声をかけてくれるのに。

「それよりアリエル。わたしもびっくりしたんだけどね」

 カウンターの向かいで料理をしている母さんが、そっと話しかける。あたしは仏頂面を隠すように買ってきた食べ物を冷蔵庫や戸棚に仕舞う。

「アリエルにとっても似てるの。お父さんなんて初めは『どこの子だ?!』なんて驚いちゃって」

 母さんはくすくす笑いながら、フライパンで人気のラビリンピラフを作っている。フライパンの上で油がぱちぱちと音を立て、香ばしい匂いがこちらに漂ってきた。

「……ど、どういうこと?」
「ほら、座ってるでしょう?」

 母さんの声に常連さんが顔を上げた。

「アリエルが帰ってきた! 見ろよ! ほら、かなり似てるだろ!」

 常連さんは一緒に集まっている他の男の肩を叩き、あたしの顔を指さした。注目されるのは慣れてる。かわいいんだからいつものことだ。でも今回はどこかいつもと違う──かわいいから注目されたんじゃない。

「ほぉ! そっくりだな! でも……」

 母さんがいる手前、いや、あたしがいる手前ほのめかして台詞は切れた。でも、何が言いたいかわかった。カウンター越しで、薄氷の罅に似た弧を唇にのせる彼女を見れば瞭然。

「こんにちは、アリエル」

 宿屋は他の客の雑多な言葉が飛び交っているのに、あいつの声は一直線に脳の奥まで穿ち染み入った。
 合わせる気のなかった眼が甘い蜜に誘われるように彼女の瞳を覗いていた。
 本当にかわいかった。否定したいのはやまやま、今まであたしよりかわいいと認めた子はいなかった。でもいいよ、今回はお手上げ。だってほとんどあたしと同じ顔で、それなのにすべてを一級の新品に取り替えたみたいなんだもん。
 あたしよりほんの少し小さな唇は、あたしと違って水気を孕んで艶めいている。睫毛はあたしよりずっと長く、上向きの緩いカールを描いて彼女が瞬きをするたびにダイヤの煌めきを|冠《かぶ》せた。しなやかで漂白したような白く冴えた体躯、あれだけ華奢なのに手から溢れるほどの均整の取れた胸。
 なによりあたしと違うのは服装だ。どこのお姫様だろう。いや、どこのお人形だろう。彼女に似合う薄手の黒いワンピースを着て、透けたレースから脚線美が浮かんでいる。腕や首を宝石のついたアクセサリーで飾り、それが彼女の銀髪と同じくらいきらきらと輝いた。
 あんなの付けなくてもかわいいのに。あたしは宝石なんて付けなくてもかわいいのに。あたしの顔なら宝石なんてなくたって──。

「わたしのそっくりさん」

 首を傾げる。彼女は薄紅に色づいた唇から、続けて澄んだ声を落とした。
 嫌味だ。でも他の誰もそうは思ってないだろう。この女の声色、表情、仕草がまるで「ちょっと冗談を言ってみたの」とか、そんな調子だから。

「こ、こんにちは」

 ざらついた声が尻窄みに漏れる。急に自分がみすぼらしく感じた。
 声にコンプレックスはないはずだったのに。あぁ、この子のほうがずっと素敵だ。この容姿に完璧に揃うあの声。玉が割れるような玲瓏な響きを持ち、それでいて一度聞いたら忘れられないくらい、美しくて愛らしい声。
 あたしのは……ちょっと掠れているし、彼女よりも声が低い。冷たい印象は与えられるけど、愛らしい色はない。

「みんながこんなに騒ぐから、早く見たかった」
「そう。ご注文は」

 事務的な言葉でぴしゃりと返す。一も二もなく会話を終えたかった。周りの男たちは興味津々でこっちを見ている。あたしの存在は彼女の引き立て役でしかない。

「おすすめの……」

 彼女はまた僅かに顔を傾げた。柔らかそうな髪が焦らすように流れる。

「ピラフ、だっけ。よろしく」

 目を細めて答えた。母さんは元気よく「はいよ〜」と答えてまた材料を切りはじめた。
 むしゃくしゃする気持ちを抑えながら、カウンターから出て客のいないテーブルに残ったジョッキや皿を取りに行く。戻って洗い物をはじめた。
 店にいてこんな不快な気持ちになったのは初めてだ。最悪、最悪。全部あいつのせいだ。

「──触んないで」

 はっとして顔を上げた。あたしに言われたのかと思った。
 例の女の隣で、男が歯を震わせて目を据わらせている。男はがた、がたと後ずさり、途中で椅子にぶつかって尻もちをついた。

「わ、悪かった。ちが、いや。ただちょっ、と……」
「うん、知ってる」

 彼女はわたしとよく似た顔で、これ以上ないほど美しく微笑んだ。凄んだ嬌笑から殺気が滲んでいる。あんな顔、できるんだ。あたしも……できるのかな。無意識に頬に手を当てる。

「触らないで」

 彼女は氷で突き刺すような声で、また言った。男はこくこくと何度か首を下ろすと、覚束ない足を回しながら店から逃げ出ていった。

「あ、母さん。お代は?」

 呆気に取られていた母さんがあたしに焦点を合わせる。

「あ、あら。そうね。あの人のはもらっていたから大丈夫」

 気を取り直したのか、例の女に母さんが優しく声をかけた。

「ザフィエルさん、ごめんなさいね。うちはいい店なんだけど、あなたほど高価な宝石を付けているお客様はなかなかいないのよ。あなたのためにも、その宝石は鞄に仕舞っておいたほうがいいわ」
「丁寧にありがとう」

 打って変わって上品に微笑む。

「でも、いいんです。付けているのが好きだから」

 やっぱり貴族なんだ。喋り方も丁寧だ。
 もういい、貴族の女の子なんて気にしてたらキリがない。あたしよりお金持ちで、美容にも服にもいっぱいお金をかけられる。あの子があたしよりかわいいのは当たり前のことだ。仕方ないことだ。

 それでもあたしはその日一日仕事に身が入らなかった。彼女が最後に言った「また会おうね、アリエル」の一言が耳にこびりついて、跳ね返るビー玉みたいに脳を掻き乱した。



 次に彼女と会ったのは、お昼過ぎにひとりで広場の露店で買い物をしているときだった。

 無意識に露店に並ぶアクセサリーに目が奪われてしまって嫌んなる。こんなに安っぽいアクセサリーでも、三ヶ月分の給料でさえ足りないくらい高い。でもこれを付けたらあたしも彼女くらいかわいくなれるかな、なんて──

「これ、ください」

 澄んだ鈴を鳴らすような声が耳元で聞こえた。すっと出された腕は白磁のように無垢で、染みも皺も毛も生えていない。あたしは自分の腕を摩った。指にも腕にも火傷の跡がある。ずっと前に深く包丁で切っちゃった跡も。
 そうだろうなと思いながら、横を向いた。彼女がいた。

 深くフードを被って顔が見えないようにしている。それでも、彫刻みたいな横顔が曲がり、ぱちぱちと瞬く長い睫毛の奥で碧眼がじっとこちらを捉えた。

「ほしかったんでしょ? あげる」

 今しがた買ったばかりのアクセサリーを、彼女はあたしのささくれだった手にのせた。一瞬指が触れる。ずいぶん冷たい。

「よかったら一緒にお買い物、しない?」

 絶対したくない。あたしとそっくりの女で、あたしよりもずっとかわいい女となんて。
 でも彼女の言葉には有無を言わせない何かがあって、あたしは黙ったまま小さく頷いた。

「よかった。話したかったの」

 彼女はゆるく腕に自分のそれを絡ませた。同じ身長のあたしたちは、歩幅もそっくりに進みはじめる。
 あの日近寄ってきた男にあれほど酷い声を浴びせたのに、あたしにはこんな距離で接してくれるんだ。この子、こんなにかわいいのに。

「アリエル、かわいいよね」
「嫌味でしょ」

 彼女は首を傾げてくすくすと笑った。

「ええ? 酷いなあ」

 愛くるしい声。女のあたしですら心を掴まれそうになる。

「わたしはザフィエル」
「知ってる。でもそれ、天使様の名前だよ」

 天使さえ見惚れるくらい美しい笑みを繕って、上品に答えた。

「いいの。わたしがザフィエルだから」
「馬鹿なんじゃない」

 天使様の名前を語るって、なに考えてるんだらう。変な子だ。まぁ問題はない。天使は神様じゃないから、神罰が当たることはない。

「天使の羽、どこにもないじゃん」

 わたしはそう言い付け足す。

「でも、天使くらいかわいいでしょ?」
「……そうだね」
「かわいくなりたい?」
「……え?」

 彼女は立ち止まってこちらを見た。首を傾げる。艶やかな銀髪が風に揺れ、何本かするりと流れていく。

「かわいくしてあげるよ。お友達になってくれたら」


 それから彼女は、ほとんど毎日あたしを自分のお城に連れて行ってくれた。彼女の城には数え切れないくらいの服があって、そのほとんどがあたしに似合う、優雅でお洒落な服ばっかりだった。
 あたしが「ザフィエルよりあたしは胸が小さいから」って言うと、面白そうに笑って「こういうの付ければ大丈夫」って胸に入れるクッションを貸してくれた。それ以外の体型がそっくりのあたしは、彼女の持っていた服はすんなり着れた。
 彼女は手に塗るクリームも貸してくれたし、髪に艶を出すオイルもくれた。お城に行くたびにお風呂に入れてくれて、髪をとかしてさらさらにしてくれる。いい匂いの香水、マニキュア、髪飾り、なんでもくれた。お化粧の仕方も教えてくれて、目を瞑って彼女にアイシャドウを塗ってもらっているときはどきどきした。
「ねえ、姉妹みたいじゃない? 大丈夫。わたしと同じくらいかわいいよ」
 ザフィエルはよくそう言った。でも、あたしは知っている。ザフィエルのほうがずっとかわいくて美しいってこと。
「そう言うなら、一緒にお洒落して出かけようよ」
 ザフィエルは眉を寄せて困り顔を作る。こんなにかわいい顔で悲しそうにされると、すぐに同情したくなってしまう。
「ねえ、アリエル。わたしはかわいいアリエルを自分だけのものにしておきたいの。姉妹ごっこは二人たけの秘密にしたい」
 俯きながら、そっと握っていたあたしの指を強く掴む。顔を上げ、サファイアのピアスを揺らした。
「……だめ?」
 上目遣いに見つめられて、あたしはうんって言うしかなかった。

 あたしがザフィエルと仲良くなればなるほど、母さんと父さんはあたしを心配した。そりゃあそうだろう。突然庶民の娘が化粧をして髪や腕が綺麗になって家に帰ってきたんだから。
「洗い物も料理もしたくない。手が汚れちゃうんだもん。髪にも埃がついちゃう。でも母さんがやれって。それに、ザフィエルとあんまり仲良くするなって言うの」
 ザフィエルはしなやかな手つきで、そう言うあたしの髪を優しく撫でた。
「かわいそう。働かなくてもいいのにね」
「どうして?」
「ええ?」
 彼女は甘く澄みとおった声で、笑みを漏らしながらそう聞き返した。「なんて言うかわからないの?」そう言ってる気がする。きっと彼女は──ザフィエルとずっと一緒にいたいって、その台詞を待ってる。そんなこと一度も言われたことないけど、そんな気がする。

 ザフィエルはよくあたしにお使いを頼んだ。でも、手が汚れるような仕事じゃない。髪が汚くなる仕事でもない。ただちょっとあの店で食事をしておいてとか、あの男の人と話していてとか、そんなのばっかり。特に多いのは、街を見守っているマーマンのゲイザーと話しておいて、というものだった。
 マーマンという使族は別に嫌いじゃない。人間と違ってとっても丁寧で、正義感に強い。悪い人の敵で、あたしみたいないい子の味方。悪い人はマーマンが嫌いだろうけど、きっとほとんどの人はマーマンが好きだろう。マーマンが街を見守っていれば犯罪が減るってよく言われる。
 でもマーマンのその男は、ザフィエルのことを少し嫌っているように思えた。ザフィエル……いや、ザフィエルの振りをしたあたしのことを。彼の顰め面に気づかない振りをして、見張りをしているゲイザーに始終話しかけ続けていた。
「ザフィエル、昨日はどこにいた?」
「昨日? 昨日は『黄金亭』でご飯を食べてたよ。お店の人に聞いたらわかるよ」
「あぁ、うん。そうだな」
 ゲイザーは疑わしそうな目でこちらを捉える。何か言いたかけたけど、口を閉じてまた街の警備に戻った。



 ザフィエルと会ってから数週間経つころ、とうとう父さんの雷が落ちた。

「アリエル! いい加減にしろ!」

 母さんが父さんの肩を優しく宥めながら付け足す。

「ねえ、アリエル。わたしたちはそんなお化粧なんてしなくたって、十分アリエルをかわいいと思っているのよ」

 父さんはとくだん厳しい顔でアクセサリーを掴んだ。

「最近は全然母さんの手伝いをしていないだろう?! せめてこのアクセサリーを売って──」
「返して! あたしがもらったの! それはあたしのものなの!」
「……父さん、返してあげて」

 しぶしぶ父さんが手を下ろして、あたしはひったくるようにアクセサリーを取り戻した。母さんは心配そうな目でこちらを見る。

「売れとはいわないけど……前みたいにもう少しお家のことを考えてほしいわ。いつも外に出歩いてばっかりじゃない」
「いいでしょ。ご飯代も浮いてるじゃん」
「そういうことじゃなくて……。アリエル、あの子と遊ぶのはもうやめなさい」
「どうして!? ザフィエルが何かした?! ザフィエルを悪く言わないで!」

 あたしは店の階段を駆け上がり自分の部屋に戻った。枕に顔を埋め、泣きながら布団を数回叩く。
 母さんも父さんも何もわかってない。かわいくなるにはお金が必要なのに。でも、どんなにあたしが頑張って『ガレオンの休息処』で働こうと、髪に塗るオイルも、爪を飾るマニキュアも、お姫様みたいな服も手に入らない。
 ぜんぶ、ぜんぶザフィエルが持ってる。
 ザフィエルはあたしがかわいいことを知っているし、あたしよりかわいいザフィエルはあたしのことを気に入って「かわいい」って言ってくれる。あたしかどんなに「かわいい」を求めているか理解してくれる。
 それに比べてうちの親は。どうしてお化粧をしただけなのにあんな顔をするの? 母さんや父さんにも、ザフィエルと同じくらいかわいいって、そう思ってほしいだけなのに。


 知らないあいだに寝てしまっていたみたいだ。目が痛い。もしかしたら腫れちゃったかも……。錆びて深緑色に変わったバケツの前で屈み、バケツの中の水に向かって魔法をかけた。

「」

 水面がぴいんと張り詰め、こちらの姿をそっくり写してくれる。鏡の魔法──魔法の威力が低くてもできるよって、ザフィエルが教えてくれたやつだ。

「ッハァ! 最悪。やっぱり腫れてる」

 あたしはバケツの水に黄ばんだ麻布を突っ込んだ。よく搾って布を目に当てる。ひんやりと冷たい感触と、ごわごわの糸が目元の皮膚を攻撃する。……肌に傷がついたらどうしよう。でも、街を歩くのにこんな腫れた目でいるのは絶対嫌だ。
 冷たい水のおかげで少し目が覚めて、ベッドのそばにある木箱へ近づいた。ザフィエルにもらった服が数着入れてある。全部は持ってきてない。あたしの家はザフィエルの家より綺麗じゃないから、ザフィエルの家のタンスに置いておいたほうがずっといいのだ。

「……あれ? ない。ない、ない! ない!」

 目を白黒させて箱をひっくり返した。彼女にもらった服が入ってない!
 ベッドの下、布団の中、タンスの中、あらゆるところを探し回った。でも、どこにもない。膝をついてまた泣きそうになっとき、昨晩のやり取りを思い出した。一目散に階段を駆け下りる。

「母さん! 母さん! あたしの服は?!」

 店はもう開いていて、お客さんが数名来ていた。はっとしてあたしは顔を手で隠す。服も汚いまんまだ。最悪。

「アリエル……お父さんと話し合ってね。まずは服から……」

 思わず叫んだ。

「捨てたの?! ねえ!」
「す、捨ててはいないわ。ちょっと預かっていようってね」

 何事かと店の客たちが騒ぎはじめた。母さんが「ごめんなさいね、最近反抗期で」などとみんなを宥めている。
 反抗期なんかじゃない。母さんたちが勝手に服を捨てたんだ。

「どうして捨てるの?! あたしの服なのに!」
「ちゃんと取っておいてあるわ。アリエルは十分かわいいのよ。あんな服を着なくても、本当にかわいいの。だからもう少し大人になったら……」
「もういい! もう、いい! いらない! こんな家、いらない! 母さんも父さんも大嫌い!」

 あたしはドアを蹴破るようにして勢いよく店を出ていった。涙が溢れる。また目が晴れちゃう。赤くなっちゃう。きっと涙や鼻水で顔もぐしゃぐしゃだ。街の人の目が痛い。みんな見てる。かわいくないって、泣いてておかしい子だって思ってる。最悪だ。
 それでもザフィエルならわかってくれると、強い自信があった。こんなに醜くなった自分を見せるのは嫌だけど、でもあたしが一緒にいたいのはザフィエルだから。

 城の裏口の扉を叩き、しばらく待っているとザフィエルが現れた。

「ザフィエル!」

 あたしは彼女に飛びついた。彼女の冷たい手が背中を何度かさする。

「どうしたの? 今日は早いね」
「母さん、が……」

 顔を上げると、ザフィエルは細い指先で目元を拭った。

「こんなに腫れてる。かわいくなくなっちゃうね。かわいそうに。わたしが全部なおしてあげる」

 あたしはザフィエルに支えられて城の中に入った。いつも一緒にお洒落をしている部屋にくると、彼女は何度か魔法を唱えてあたしを綺麗にしてくれる。

「お風呂、入りたい?」
「んーん、今はいい。でも……母さんと父さんがあたしの服を……」
「取られちゃったの?」
「うん」

 彼女は優しく微笑んだ。

「気にしなくていいよ。また新しいのをあげる」
「でも……それで。あたし、家から……」

 ザフィエルは静かに待っていた。あたしが続きを言うのを、青く無機質な瞳がこちらを捕らえて離さない。

「おねがい、一緒に……いて、いい? もうお家が……お家からは……」

 ザフィエルはあたしと同じ顔で微笑むと、背中に手を回して引き寄せた。

「もちろん。ずっとそうしたかった。ね、これからはふたりで暮らそう?」

 彼女の甘い声が鼓膜を濡らす。父さんの怒鳴り声とか、母さんの不安そうな声とは全然違う。安心感があって、美しくて澄んでいて、意志があって綺麗で、かわいくて──あたしが求めていた声そのものだ。

「……いいの?」
「わたしたちは姉妹でしょ? 違う?」

 首を曲げて彼女の胸に顔を埋める。不自然すぎるくらい規則的な心拍音が、高ぶっていたあたしの心をゆっくりと溶かした。