リビ―とリード

 船長室の片隅、白い|魔法陣《ペンタクル》がふわっと浮かび上がった。虹色の光が辺りの空気をうっすら舐めたあと、|魔法陣《ペンタクル》が消えた。
 |魔法陣《ペンタクル》があったところには、真っ白の簡素な服を着た少女が立っている。酷く華奢な体つきだが、ぞっとするような艶かしさを|纏《まと》っている。

「呼び出し、ね。なんの用?」

 白銀の肌によく似合う、玉を転がすような声だ。淡い|黄金《こがね》色の髪は肩より長い程度で、触れるだけで抜け落ちてしまいそうなくらい、薄くて細い髪。丸い蒼眼には、銀の冷たい|煌《きら》めきを奥に秘めている。

 ラムズは壁に寄りかかっているヴァニラを|一瞥《いちべつ》したあと、金髪の少女に声を放った。

「|ヴァニラ《こいつ》に聞いた。|聖具《ワーミー》がまた現れたんだって? 情報をくれ」

 ヴァニラはぱっと立ち上がると、酒瓶を揺らしてみせた。少女は表情を変えないまま、蒼色の瞳をすっと細める。ヴァニラが明るく言った。

「ヴァニラなの。久しぶり、リビー」

 リビーと呼ばれた少女は、こくりと小さな顔を動かす。

「生贄は?」
「お好きなものをどうぞ。向こうにルテミスがいるぜ。男でも女でも」

 ラムズの返事を聞いて、リビーはとんとんと|踵《かかと》を何度か床に落とした。すると、顔つきがみるみる変化していく。

「ルテミス…………」

 高い鼻、凛々しく切れ長の蒼い瞳に、形の整った薄い唇。肩すぎまであった金の髪が少し短くなり、無造作に跳ね始める。

「女の子はいる?」

 愉悦を含んだ悪戯っぽい声で、リビーがそう言葉を奏でた。さっきの声とは変わって、少しばかり低い声だ。

「二、三人だな。|獣人《ジューマ》はいるが」
「|獣人《ジューマ》は嫌だな。性欲、ないでしょ?」
「今回はリードの気分なの?」
 
 ヴァニラが瞳をくりくりっと丸くして、さっきより背の高くなった|彼女《リビー》──いや、|彼《リード》を見上げた。リードは人形のような顔を歪めて、にこっと微笑む。

「そうしようと思ったけど、やっぱりリビーで。男の子を探してくる」

 リードの顔つきがまた揺らいだ。儚くつぶらな瞳に、少し蒸気した赤い頬。身長が縮み、金の髪がさらりと流れていく。
 肩すぎまでの髪を揺らして、|彼《・》|女《・》は船長室の扉を開けた。


 リード──いや、リビーが船長室から消えたあと、ヴァニラが冗談めかしにラムズに言った。

「ラムズがお相手してあげればいいのにのー」
「お前こそ。だがあいつは俺たちは嫌だってさ」
「したことあるの?」
「ああ。つまんねえって」
「まぁたしかにリビーにとってはそうかもの」

 ラムズは宝石のついた肘掛椅子から立ち上がり、ドアの方へ向かった。

「さて、選別は終わっただろ」



 ◆◆◆



 急に金髪碧眼の美少女が船長室から出てきたので、船内は騒然としていた。彼女が一歩、また一歩と歩くたびに、ひんやりとした風が空間を撫でていく。

 しばらくしてリビーは不意に表情を曇らせると、たたっと駆けて船長室の方へ戻った。ちょうどラムズが扉から出てきて、リビーは俯いたまま小声で呟いた。

「いつもの、よろしく。もう決めた」

 リビーは目でラムズに合図をする。ラムズはさっと船内を見渡したあと、面倒くさそうに返事をした。

「はいはい」

 ラムズはリビーの細い腕を掴むと、引きずるようにして船の中心まで連れていく。
 船員たちに向かって声を上げた。

「こいつ、奴隷だから。あー、お前らが相手してやってくれ」

 ラムズはそう言って、とある二人のルテミスを名指しした。ルテミスの二人は、首をかしげながらラムズたちの方にやってくる。

 ラムズはリビーを掴んでいた手を緩めると、彼女にそっと耳打ちをした。

「おい、ちゃんと取ったんだろうな? 前みたいなのは勘弁しろよ」
「大丈夫、取った。……ふん、両性具有だって楽しめるのに」
「……それはお前だけだ」

 リビーはラムズにしか分からないように、悪戯っぽい笑みを零した。そのあと|怖々《こわごわ》と顔を上げ、消え入りそうな声で二人のルテミスに言った。

「痛い……ことは……、しないで…………」

 ラムズはリビーの背中を思い切り叩いて、彼女を転ばせた。ルテミスの二人に声を投げる。

「こいつから情報がほしいから拷問してくれ」

 床に手をついて立ち上がるリビーをちらりと見たあと、ラムズは溜息混じりに言葉を付け足す。

「強姦でいい。吐くと言うまでやり続けろ」



 ◆◆◆



 コンコンと船長室を叩く音がして、ラムズは顔を上げた。

「誰だ」
「リビーを連れてきた」
「入れ」

 二人のルテミスは、リビーを掴んでいた手を離し、彼女を船長室に押しやった。リビーはわざと転び、床の上で泣く真似をしている。
 それに気付かないルテミスたちは、さっと礼をすると部屋から出ていった。バタンと扉が閉まる音がして、リビーが事も無げに立ち上がる。ラムズはリビーを見ないまま声をかけた。

「満足したか?」
「及第点ってところかな。そこも含めて楽しかったから、いいよ。教えてあげる」

 リビーの蒼色の瞳が、キラキラと輝く。彼女が再び踵を床に落とすと、また身体に変化が現れた。

 青年のような姿に変わったリードが、さらさらの金の短髪を揺らしてさも愉快そうに笑う。男にしては高い声が、ラムズたちの方へ放たれた。

「まずはね────」