瓶詰めにして
風が運んだ声のほうに顔を向けると、自分の座っていた階段の上でラムズが立っていた。
「お酒おいしいの」
ヴァニラは手に持っていた酒瓶を少し上げてみせた。ラムズは溜息混じりに苦笑する。
「お前はほんと、そればっかだな」
「ラムズに言われたくないの」
ヴァニラは顔を背けた。また一口、彼女の手には不釣り合いな大きさの酒瓶を呷る。甘酸っぱい酒が喉を通っても、首筋からはなんの音もしなかった。
「美味いか、それ」
「おいしいの。他のどんなものよりも、ずっと」そんなこと、彼は知っているはずだった。「ラムズはどうしてブラッディ・メアリーだけは飲むの?」
ヴァニラは空を見上げたまま、彼の嗜好する酒について尋ねた。ふつうなら、チェスゲームもブラッディ・メアリーも彼にとってろくな価値はないだろう。
「さあ? メアリーを思い出すから?」
彼女は軽く笑う。「そんなによかったの」
「エルフが答えたさ」
「トミーは死んじゃったの」
「殺さなきゃ不自然だったろ」ヴァニラと同じく、淡々と答えるばかりだった。
「でも、あの獣人より生きてる価値はあった気がするの」
ラムズは目を眇めた。「どうかな、あいつはゲームしかしてねえだろ。リバーシのおかげでしばらく金には困らねえだろうし」
「よくレオンにも伝えたの」
「賭け」そうジョークを言って、声色が戻った。「そのほうがもっともらしく見えるから」
「そこまで細かく詰める必要あるのかの」
温度のない声が落ちる。「そこまでやってきたから、生きてるし、あれだけ宝石があるんだよ」
それもそうだ。ヴァニラはこくんとひとつ頷いた。
ラムズは視線を下げる。「お前だってそんな格好してんだろ」
彼女のかわいらしくそれでいて大人びた服は、酒とは一切関係ないはずだ。ヴァニラは丸い目をくるくると動かすと、スカートの裾を掴んでみせた。
「かわいいからの。これが楽なの」
「へえ」
ヴァニラはじっと空を見た。残った星々が懸命に輝き、海はところどころ青白く光っている。星降の雨はまだ降っている。
空にかかる銀の星屑は、波が水音を立てるたびにきらめいた。ときおり赤や青の星も見え隠れする。霧がかった星空は、ラムズの持つダイヤモンドの宝石―もしくはそれよりも輝いて見えるはすだった。
「こうして見たら、もっときれいに見えるかの?」
ヴァニラは自分のそばに置いていた酒瓶を手に取って、そっと夜空へ掲げた。
紫のガラスでできた酒瓶―それを目にするだけでヴァニラの心は花が舞うように踊る。そんなガラスを通して見た夜空なら、もう少し美しい≠ニ思えるだろうか?
彼女の長い睫毛がぱちぱちと動く。星影は酒瓶を過ぎて、ヴァニラの顔の左側を透きとおる紫に彩った。
「わあ……紫ばっかりでよく見えないの」
「阿呆だな」
「お酒があれば、きれいだと思ったんだけどの」
ヴァニラの口角に寂しげな笑みがかすめた。重力に引きずられるように手が落ちていく。
「ずっと持ってると重いの」
一度自分のそばに酒瓶を置いたあと、少し息をついてまた一口啜った。
「まぁいいの。夜空の下で飲むお酒は、きっと美味しいはずなの」
ヴァニラの片足がふらふらと揺れる。落ちていた小さな靴が、ことりと横に倒れた。