呪い糖衣錠

 私は少し考えて、遠慮がちに尋ねてみる。
「ラムズみたいにね、付き添いで来たお客さんだって、『苦手だ』って言いながら最後は悦んでるものなのよ? だから……。面倒なら、私が上に乗ったらだめかなぁ? けっこう得意なのよ?」
 このままじゃ、彼が帰ったあとにみんなに馬鹿にされちゃう。それどころか失望されてしまうだろう。嘘をついて抱いてもらったことにすればいいのかもしれないけど……愛液も精液もついてないベッドなんて、すぐに致してないことがバレるだろう。
 ラムズは胸元のネックレスを眺めている。
「他には?」
「なにが?」
「俺としたい理由」
「あー、っと」バレてるってこと? こういうときは素直になるほうがいい。へらりと顔を崩した。「だって……遊女失格よ。みんなに頑張ってって言われたところだったのに。その……ラムズが、けっこう酷かったから、余計にみんな……」
「そっか。笑いものにされる?」
「うん」
「でも、もう伯爵も帰ってくるんじゃねえ」
「伯爵様なら、きっとまだいていいって言うわぁ! だから大丈夫!」わざとらしいくらい明るい声で言ったあと、少し声色を下げる。「……それに、私が『結局抱いてもらえなかった』って伯爵様に言ってもいいの?」
 彼はぴたと手を止め、またサファイアを擦った。
「それはちと困る」
 やった! やっと彼の弱みを知れた。
「じゃあしようよ〜」
「……まだこんなにあるのに」
 彼はワゴンの宝石を寂しそうに見つめた。帰るまでに全部私で着せ替えをするつもりだったみたい。アクセサリーを付けて遊ぶなんて、どこか子供みたいだ。チグハグな彼の性格に、たびたび戸惑ってしまう。
「私が上にのってたら、宝石も見れるでしょう?」
「まあ。でも」彼はこちらを向いた。「俺としてもつまんないよ。本当に宝石を見てるだけでいいなら、寝てるけど」
「あ……そっか。もしかして、立たない?」
「やるなら立たせるよ」彼は煩わしそうに答える。
「私があんなに頑張ったのに。どうすれば立つの?」膝の上で手を滑らせ──生地はとっても手触りがいい──、彼のズボンのチャックに手をかけた。
 彼は渋々といった様子でベルトを外した。大粒のダイヤが瞬き、目がチカチカするほど美しい。
「ね、して見せて」
「ああ」
 私が彼のパンツに手をかけると、既にさっきの二倍くらいのペニスが皮膚を張らせてそそり立っていた。青白い血管が浮き彫りになり、思っていたより太く大きなソレに唾液が込み上げる。こうなるといくら見た目が綺麗でも、ちょっと禍々しい。……入るかな、これ。
「どういうこと? パンツ触ると大きくなるの?」
「ちげえよ」
「でも……何もしてないじゃん」
「意識すれば変わるよ」
「意識? それだけ?」
「ああ」
 私はそろそろと彼のモノを扱いた。硬く大きくなったおかげで、さっきよりずっとやりやすい。
「少しはしたくなった?」
「全然」
「え、でも大きくなってるじゃん」
「小さくしようか?」
「なにそれ」けらけらと笑う。「このまま上のっちゃ、ダメ?」
「……お前さ、いちばんになりたいんだろ」
 唐突に話を変えられて、触っていた手が止まった。「まぁ、そうね? なりたいよ」
「じゃあもう一回来るから。三ヶ月くらいしたら。そのとき今の倍の人気になってたら、呼んであげるよ」
「……三ヶ月? そんなあと? 本当に来てくれるの?」
「ああ。けど、人気になってなかったら、誰も選ばずに帰る」
「ご飯だけ食べて帰るってこと?」
「そう」
 少しでも気が変わらないかと、私は丁寧にペニスを弄り続けた。包む強さをところどころ変え、揉みこむように指先を動かす。
「今日は? しないの?」
「ああ。次選んだときならもう少ししてあげる」
「伯爵に言っちゃうよ?」
「言わないで」
「ラムズのお願いは聞くのに?」
「……キスならいいよ」
「どうしてキスだけ?」
「簡単だから」
 私は手を離した。むっと口を尖らせる。髪を耳にかけ、彼が付けてくれた長いピアスに指を絡ませる。
「……わかったよ。でも、絶対みんなに言われるな。どうだった、とか。よかった?、とか」
「キスの感想で誤魔化しておいて」
「そんなんじゃ──ん、ぁ、ッん……」
 彼は頬を包み、そっと唇を重ねた。冷たい舌がぬると上顎をつつき、私のそれとしっとりと絡みつく。頬や歯茎の裏側をじわじわと這い撫で、息継ぎができなくなるほどに深く口付けられる。
「っは、ん……っあ」
 私は彼の上着を掴んだ。倒れそうになった体を、彼が首や腰を支えて近づける。角度を変えて口内をぴちゃぴちゃと犯された。味のない冷たい唾液が流し込まれ、舌をくちゅくちゅと乱される。柔く包んだり弾かれたり、焦らすように唇や顎の裏を薄く舐められる。
「は、ぁ。ん……っ、ん」
 今まででいちばん気持ちいいキスだ。容姿抜きで、テクがひどい。体も脳も奥まで蕩けそうになり、下腹部がじんわりと熱を持つ。あんなに冷たい舌をしていて、冷たい手指を持っていて、こんなに熱いキスができるなんて反則だ。顔がかっこいい上にキスまで上手いなんて。これじゃあ、どれだけセックスが下手くそでも、ショゴスミだってお釣りが出る。
「ゃ、ぁあ……っん、んん……」
 腰が砕けそうになって、ますます彼の胸に縋りついた。髪をやんわりと撫でられ、耳朶やピアスをぞわぞわと愛撫する。首筋をとおり、ネックレスに触れる彼の手の甲が胸元をくすぐった。それさえもまるで弄ってもらっているようにもどかしく、下の口がひくひくと粘ついた液で疼いた。
 数分間キスを続けて、彼はようやく口を離した。私は息を乱し、蒸気した熱い頬を手で覆った。涎が糸を引いて唇から零れる。つうと冷えた指先で彼が掬いとった。
 顔を上げると、ラムズはさっきとまったく同じ表情をしていた。あんなに熱いキスをした男とは思えないくらい、表情を落としたような顔でこちらを見下ろしている。
「これでい?」
「なんか……逆にスイッチ入っちゃった」あざとく微笑んでみせても、彼の顔は人形みたいに薄い笑みを貼りつけるだけだ。
「悪りい。手加減するべきだった?」
「や、違うの。そうじゃなくて……」
「これで誤魔化せそう?」
 一拍置いてから、おずおずと尋ねた。「やっぱり続きはしてくれないの?」
「いちばんになったらね」
「そしたら最後までしてくれる?」
「ああ」
 私はベッドを見た。多少二人で座っていたって、シーツの乱れた様子は全然ない。さっきのキスを思い出して、余計に寂寥感が溢れた。
 そっと顎を掬われる。
「ごめんね」
「……今度は、謝るの?」
 彼は目を細め、艶めいた微笑を口角に寄せる。「許してほしいから」
「次に来たときは……もう少しラムズのこと教えてくれる?」
「ああ」
「名前は? リジューって呼んでもいい?」
「いちばんになったらね」
「せっかくなら、いちばんになれるように通ってくれたらいいのに」
 手を外し、彼は立ち上がった。「そこまでの価値、今のお前にねえだろ」
 急に冷や水を浴びせられた気分だ。腰に巻かれていた布をきゅうと掴んだ。
「じゃあ、帰るから」
 はっとして顔を上げる。金属のぶつかる音で、彼がベルトをつけ直しているのに気づいた。引き止めるように言葉が伸びる。「残りの宝石はもういいの?」
「ほしくなるから。また今度」
「あ、じゃあこのお酒、さ……」ワゴンで寂しそうに佇むグラスに目をとめた。他の子たちが用意したものだ。これを飲ませることすらできなかったと知られたら、相当がっかりされるに違いない。
「飲んでおくよ」
 これ以上彼を引き止める術はない。でも、もしこれで媚薬が入っていることがバレたら二度と来てくれないかもしれない──。見ればもうワインを飲もうとしている。私は立ち上がり、彼の服を掴んだ。
「やっぱ、いい。飲まないで」
「知らねえよ?」
「……え? なにが?」
 彼は嗤って、傾けていたグラスを戻した。ワゴンに乗せ、澄んだ音が立つ。
「作ってもらったんじゃねえの?」
「なに、が?」切れ長の眼に宿る怪しい灯りと、未だに波紋の続くワインを交互に眺めた。「えと……わかってたの?」
「魔法かかってるからな。飲んでおこうか?」
「でもそれ、媚薬……だから」
 ふっと笑い、彼はまたグラスを取り上げた。一気にすべてのワインを飲み干す。「知ってるよ」
 ラムズは背を向けると、椅子にかけていた上着を取った。裸足で駆け寄り、腰に手を回す。
「ねぇ……本当に帰っちゃうの? 飲んだのに? ここでしていいんだよ?」
 くくと嗤う声が聞こえる。「効くなら飲んでねえよ。あぁ……いや、むしろ飲むかな。楽しめそうだ」
「どうして? 殺し屋か何か? 毒の耐性があるの?」
「そんなもん」彼はやんわりと私の腕を取り、丁寧に剥がした。向き直って見下ろす。「またね、パメラ。頑張って」
「……ん」
 彼は額にキスを落とした。ひどく柔らかいキスに胸が潰れたように沈む。重い無力感と惨めな寂しさがそこを覆った。
 最後、彼はワゴンにのったままの宝石に目を移した。青眼が虹色に煌めき、心做しか唇が緩く弧を描く。すっと目を逸らすと、カーテンを開けて出ていった。