契約
ラムズは入ってきたリリーを見下ろし、首をかしげる。
「お前もけっこう小せえな」
「ラムズさんが高いんだよ〜。ヒールまで履いてるしぃ」
リリーはパメラよりも身長が低く、ヒールを入れても155センチルほどしかない。丸顔で童顔、子供のように少しふっくらしているせいか、客には小動物よろしくかわいがられている。
ラムズはリリーの脇に手を入れると、机の上に座らせた。机に座ってもまだ、リリーのほうが背が低い。
彼は彼女の髪を優しく触った。肩すぎまで伸びたストレートの黒髪は毛先を内巻きにし、インナカラーを濃いピンクに染めてある。リリーは照れたように笑った。
「やっぱり妬いちゃうナァ、こんな格好いい人に気に入られてるなんて」
「そんなたいしたことねえだろ」
「う〜ん。雰囲気とか、オーラとか、そのへんが他の人と全然違う、みたいな。ちょっとラミアに似てるかも」
「まあ、人間じゃねえからな」
「人間じゃないから上手いとか?」
「さあ」彼は表情を落としたように笑った。「関係ねえだろ」
「ヴァンピールとか、|獣人《ジューマ》とか、そういう客が来る店に変えようかな〜」彼女は笑い、人間にしては少し尖った八重歯をちらちら見せた。
「稼ぎが減ると思うぜ」
リリーはけろっとした顔で答える。「たしかに〜」そのあと首を傾げ、悪戯っぽく上目遣いで彼を見る。「どうやってキスするのぉ? 全然、そんな雰囲気じゃないよ〜」
「俺からすんの」
「そりゃそうでしょお。あたしはラムズさんを買ったんだから。ちゃんとサービスしてよ、金貨五枚だよ?」
彼は笑い、目をすっと細めた。「じゃあ、まずはそのお喋りな口、閉じて」
「あたしはこういうキャラだもん」リリーはラムズと指を絡ませ、左右に振った。「ずっとお喋りだよん?」
彼は空いた手でリリーの髪を撫でた。そのまま頬へ滑らせる。下唇を優しくなぞった。
「全然スイッチ入ってないのに、このままキスすんだ?」
「すれば入るから、大丈夫」
手を後頭部へ回し、顔を近づけた。リリーの柔らかな唇に彼のそれが当たる。繋いでいた手をぎゅうと握りもう一度振ろうとすると、唇の隙間から冷たい舌が口内に差し入った。リリーのそれと絡み合い、甘い感覚が染みていく。
だがすぐに唇がそっと外され、啄むように触れては離れ、焦らすようにキスの雨を降らせた。リリーが薄く唇を開き求めると、舌先がちろりと舐める。優しく口唇を擽り、冷たい吐息が奥へ疼きを与える。
角度を変えて口付けを繰り返し、甘噛みするように唇を食んだ。リリーは彼の腕を掴み体を引き寄せた。唇の裏を舐られるたび、ぞわぞわした愛欲が溢れていく。
「ん、ゃっ、あ……」
柔い肉を割いて口内に潜り込むと、微かな水音を立ててリリーのそれと混ざり合った。上顎の凹凸を舌が辿り、熱い唾液を塗るように口内を蹂躙する。
ラムズの手を握っていた手が力なく落ち、甘い肉感に脳が蕩けそうになった。腰に腕が回される。そんなところにも奥がきゅんとして、もっとほしいと体を寄せてせがむ。
リリーは両腕を彼の首に回し、味のない彼の口内へ貪るように舌を伸ばした。角度を変えるたびに唇が離れ、粘ついた熱い液が口の端を濡らした。痺れる享楽にくらくらする。
ラムズはリリーの腰を掴んだ。無理やり体を引き剥がす。
「もう、いいだろ」
まだ戻ってこない思考が、さっきまでの快感を餓えるように探した。焦点が定まり、呂律の回らない口で言い返す。「え、まだぁ。だよ。足りない」
「初めから決めとくんだった」
彼はリリーの手首を掴むと、ぐいと後ろへ押した。仰け反るように体が傾くと同時に、再び甘い口付けが送られる。ラムズは机に手をつき、さらに深く奥まで舌を弄んだ。
息が苦しい、呼吸がしづらい。そう思っても、彼は倒れかけた体を戻してはくれなかった。乱れた呼吸のまま必死に縋りつき、体に馴染もうとする快感を夢中で追いかけた。
足りない空気に頭が真っ白になりかけたころ、彼が唇を離し、首筋に顔を埋めた。冷たい舌が皮膚をなぞるように舐め上げ、耳を柔らかく食む。ぴちゃぴちゃとした水音とともに、陶酔しそうな快が襲った。
「ゃあ、んんッ……は、ぁ……あ」
ラムズは彼女の口を手で抑えた。湿った低音が囁く。
「聞こえるから」
「ん、ん……」
熱い吐息が彼の手を濡らす。
ラムズは頬にちうとキスを落としたあと、もう一度鼓膜を優しく揺らした。「我慢できなくなったら、終わりね」
リリーは視線だけをラムズのほうへ向けた。声を出すなって、そういうこと? 悪戯っぽく笑う彼が、手を外して軽いキスを落とす。首筋に指を添わせ、乳房の周りを服越しにゆっくりと撫でた。
ラムズはリリーの手を取ると、それを彼女の口元に寄せた。自分で塞ぐように手の甲を押さえたあと、抱き寄せ体を重ねると、鎖骨に唇を滑らせた。ちろちろと舌が這い、ときおり首を甘噛みされる。
「ん……っ、んぁ、んん……」
甘い吐息が口から零れる。彼は嗤い、耳朶をとろとろに虐めた。くちゅくちゅと弄る舌先が脳の奥まで響き、快感に蕩けて溺れていく。リリーはいやらしく腰を浮かせ、涙目で彼に寄りすがった。
「っは、ぁ……。んぁ……」
乳房を柔く触っていただけの手が、突起近くをゆっくりと這う。もどかしい思いが胸に燻り、ひくひくと体が疼く。何度目かの往復のたびにきゅんと腰が浮く。手を外され、濃厚なキスが襲った。取り憑かれたように脳が倒錯に悦び、体がじわじわと熱を持っていく。白い意識のなかで唇を外され、つう、と乳首に刺激が走った。
「んやッ、あ……ッ!」
ラムズはそっと彼女の体を離した。濡れた唇を一度だけ舐め、リリーに掴まれていた服を整える。
机に座ったままのリリーは、かろうじて手をついて倒れないように体を支えた。上擦った声が漏れる。「ほん、とに……終わり?」
「終わり」
「ほん、っと?」
「十分しただろ」
「酷くない? ッツ、はぁ……」彼女は燻っている悦を誤魔化すように体を抱えた。「ちょっとぉ。ここまでやって最後までしないわけ……」
「したくねえからな」
「スイッチ、入んないの?」
彼は笑った。「お前じゃ無理」
リリーはぷくっと丸い頬を膨らませた。「パメラなら入るってこと?」
「やってみねえとわからん」
「おねがい〜。勝手に触ったくせにぃ……」ちらちらと彼を見上げる。
「ヤる気になってたのはどっちだよ」
ラムズは呆れたようにそう放ると、部屋の隅で立っていたライネルに体を向けた。
「じゃあ、もう帰っていいか?」
ライネルはリリーを見る。もう少し引き止めてとリリーは目で訴えてきたが、ライネルは首を振った。金貨五枚も要求したからこそ、あそこまでしたんだろう。そうじゃなきゃキス魔のリリーのことだ、永久にキスを要求していたかもしれない。
「うん。パメラのことよろしく。店にもう来ないってことと、仮にパメラに会っても今日のことは話さない。興味なくなったフリ、してよ」
「ああ」
彼は扉を開けた。背中越しに軽く手を振り、二人の視界から消えた。