後戯
「次は言う?」
「言わねえ」
私は俯き、シーツにぐるぐると指で円を描いた。
「イったの、全然わかんなかったよぅ。そういう素振りないんだもん……」
「お前に余裕がなかっただけだろ」
「ん、ぁ……ぅ……」
そう言われるとぐうの音も出ない。たしかにまったく余裕がなかった。こんなの初めてだ。
「いつもならわかるのにな〜」
期待半分、不安半分でそう語尾を上げた。ラムズはこういうこと言ったら怒るんだろうか。嫉妬するのかな、嫌かな。
彼はじっと私を見て、少しだけ口角を上げた。
「わざと言ってんの」
「ん、んー……」
ラムズはくすりと笑った。「じゃあ、足りねえとこあったら言って」
「足りないとこ?」
「こんなのが好きとか、これは嫌とか。全部はわからん」
なんだか彼がそう言うのが意外で、目を瞬いてしまった。とりあえず今思いついたことをぽつりと漏らす。
「ぎゅう、したい」
「そうだね」
彼はそっと私の体を倒すと、ベッドに寝かせた。自分も隣に横になり、頭の下に腕を通してくれる。布団を被せ横を向くと、胸元にぎゅうと体を寄せてくれた。上裸の彼に触れたのは初めてで、どきどきと心拍が早まった。冷たい肢体に頬が触れ、全身が粟立つ。
「あー、悪い。冷たかったな」
銀の睫毛が青に蓋をし、またそれが開く。青い眼差しがこちらを捉えた。「変えたから、マシになると思う」
「……変えた?」
「面倒だから、いつもは切ってる」
「……切ってる」
彼と話してると頭がこんがらがってくる。魔道具じゃないんだから、スイッチを切るみたいに言わないでよ。でも、本当に彼の言うとおりしばらくするとほんの少し体が温かくなった。でもそれは冷たくないという程度で、普通の人よりずっと体温は低そうだった。
背中に腕を回され、髪を梳き撫でられる。
「で、あとは」
「何か言ったら、叶えてくれるの?」
「ものによっては」
「んん、う〜ん……」
私は顔を顰め、ゆっくりと考えた。でもしてほしいことも、嫌だと思ったこともない。
「なんにも思いつかない。だいすき。そのままのラムズがいい。ぜんぶラムズのしたいこと、してほしい」
「へえ?」彼は意地悪く笑った。そのあと表情を崩し、優しく尋ねる。「じゃあ、合格?」
「えぇ? うん、合格!」
私にそんなことをちゃんと尋ねる彼がなんだか愛おしくて、胸に頬を擦り付けた。
「変〜。ラムズ、そんなの気にするのぉ」
「お前に好かれたいもん」
「……ばか」
ラムズってすごく冷たいし、愛も情もないように見えるのに、そんなふうに媚びるなんて意外だ。そして、ずるい。両方兼ね備えてたら、本当に欠点なくなっちゃうじゃん。
彼の胸をゆるゆると摩りながら、甘えた声で尋ねた。「ねぇ〜。私の何が好きなの?」
「俺を好きなとこ」
「あとは?」
「さあ」
「ちょっとぉ。そんなん言ったら、みんな好きになっちゃうじゃん」
彼が体を剥がし、冷たく笑う瞳でこちらを見下ろした。「なに、お前はそのみんな≠ニ同じくらいしか好きじゃねえわけ」
「ちが……」魔物に睨まれたように胃が竦む。同時にどきどきと胸が脈打った。「私がいちばん好きだもん。絶対。めちゃくちゃ好きだもん」
彼は視線を逸らす。軽い調子で落とした。
「じゃあいいだろ」
「私が好きであればあるほど、好きになるの?」
「ああ。まだ先があんなら、もっと好きになって」
「そぉしたらどうしてくれるの?」
「んー。もっとかわいがってあげる」
ふぅん、と鼻を鳴らす。彼はくしゃくしゃと髪を掻いた。
「泣いてんのはかわいい」
「……え?」
「俺が好きでたまんないって、泣いてんのが好き」
「性格悪ぅ」
そう返したけど、心にぽっと蝋燭が灯ったように温かくなった。どこが好きか聞いたから、ちゃんと返してくれたんだ。
ふと思い出して、小さく尋ねた。
「さっき『もっと言って』って言ったの、──だから?」
「あー、そうだね」
「ふぅん……」
彼はまた言った。
「嫉妬されんのも悪くねえかな」
「えぇ? そうなの?」頭を倒し、ラムズを見上げる。「リリーのこと……とかも? 嫌じゃなかったの?」
「なんでやなの」
「めんどくさい……かな、みたいな。あのとき言わなかったけどぉ……」重い燻りが頭を擡げる。「ラムズは悪いことしてないじゃん。私も似たような仕事してるし、怒るのは間違ってる、からぁ……」
「間違っててもいいよ」
彼はこちらを見ないまま答える。え、と声が漏れると、彼は言い付け加えた。
「間違ってようがなんだろうが、俺が好きだから嫉妬すんだろ。じゃあそれは嬉しいし、あとはどうでもいい」
「そ、っか……」
ラムズは自分に向けられる感情が嬉しいのかな。
彼はそっと体を離して、頬に指を差し当てた。真っ直ぐに青眼がこちらを見、丁寧に言葉を繋げていく。
「誰かに縋るなよ。嫌なのも、辛いのも、全部俺に言えよ。物分りのいいフリとか、感情を殺すとか、なにもしなくていいから」
「……え?」
「別に我慢しなくていい。嫌なことは嫌って言っていい。何言っても嫌わねえから」
そんなに優しいことを言われたことがなくて、瞼がぱちぱちと瞬いた。鼻の奥がツンとしてくる。瞳に水っぽい膜が張った。
「……や、やめてよぉ。そんな優しいこと……言わないでよう」
ふっと笑う。「お前の気持ちが全部知りたいだけ」
「ん、うん……。だけど、ラムズにやめてほしいなんて言えないし。リリーのも、何か、それ以外も。だからぁ……」
「いいよ」流れていた涙を拭い、視線を絡ませる。「俺の前で泣いて。全部俺のもんだろ。じゃあ俺以外の前で泣かないで」
ラムズの言葉全部が体に染みわたり、全身をどきどきさせた。そんなに思ってくれるなんて、そんなに私を見てくれるなんて、すごく嬉しい。幸せ。
「わかった、だいすき。ラムズのこと、だいすき」上目で彼を見る。「……いっぱい泣いたり、責めてもいーい? さっきみたいに……ぐちゃぐちゃになっちゃうよ」
「いいよ。かわいいって言っただろ」
ぎゅうと彼の体に抱きつく。なんでこんなに優しいんだろう。みんな酷いって言うけど、ラムズは優しいじゃん。私に嬉しいことしか言わない、かけてほしい言葉をかけてくれる。ちょっと意地悪することもあるけど、でもそれも愛情の裏返しだから──。
娼婦で、汚れてて、自傷行為ばっかりして、すぐに泣いて、病んで、そういう私を全部受け入れてくれる。かわいいって言ってくれた。気にしない、好きって言ってくれた。
ラムズは私にとっては完璧な人だよ。私の嫌なところ全部受け入れてくれるなら、私も彼の全部を受け入れるよ。
「ラムズぅ、だいすきぃ……」
私は目を瞑り、彼の腕の中で頬を擦り付けた。このまま寝ちゃいたい。幸せすぎる。ほんとにほんとに幸せ。
──そう思ってた矢先、彼が私を体から引き剥がした。
「なに寝ようとしてんの」
「……えぇ? 寝ないの? もう六時回るよぉ」
いつもはもう二時間くらいは起きてるけど、今日は体が疲れてしまった。七時になれば深夜、全然寝るのに早すぎるって時間じゃない。
「あと五回な」
「えっ? 五回?! あ……明日の朝も入れてってことだよね?」
「いや、寝るまでに」
「そんなできるわけないじゃん! 立たないでしょ!?」
「立つよ。お前が疲れてるから休憩してやっただけだろ」
「……んえ? 絶倫なの?」
「あー……まあ、そうとも言うな」
眠気が来ていたのに、彼の爆弾発言のせいで頭が冴えてきた。もうだめだ。あのテクのうえ絶倫なんて。私は必死に彼に懇願した。
「きょ、今日はやめようよぅ。もう疲れちゃったよぉ。いっぱいイかされたし、十分、わかったしぃ……」
「やだ」
「なんでぇ、ねぇ……。そんなにしたら壊れちゃうよぉ。明日お仕事できなくなっちゃう……」
「薬やるよ。だから大丈夫」
「薬飲んでまでやることじゃないでしょぉ? 違う日じゃだめッ、んッ……ぁ、」
彼は口を塞ぎ、舌を掻き回した。まったくスイッチなんて入ってなかったのに、いっぺんで脳がピンク色に変わっていく。やわやわと舌を食み、彼のほうへ引っ張り噛みつかれる。「んッ!?」と体を強ばらせると、さらに抱き寄せて深く求めた。背中を抱いていた腕が脇をとおり、胸を小さく揉む。
「っは、ぁん……や、め……。ぁッ……は」
彼はそっと口を外すと、私の体を仰向けにし上に乗った。
「なあ……」
下唇に指を添え、流し目の青がこちらを見下ろす。銀髪が垂れ幕のように下がり、金のピアスをちゃら、と音を立てる。ゆっくりと首を傾げた。「だめ?」
「ん、ぁ……。だって……」
「足りない」
彼は私の括れに別の手を添え、臍の近くをなぞった。
「お前にもっと……好きになってほしい」
「え、と、あ……」
媚びるような目がこちらを見つめる。プラチナの睫毛がきらきらとそれを彩り、寂しそうに曲げた唇に惹き付けられる。
「なあ……だめ?」
「え、ぁ、そんな顔、」
そっと手をラムズの胸元に沿え、小さく抵抗するように彼を押す。彼はさらに体を倒し耳元に唇を寄せた。吐息が低い掠れ声とともに鼓膜を濡らす。
「お前のことめちゃくちゃにしたい」
ひ、と息を呑む。彼は耳孔をぴちゃりとなぞり舐り上げ、ぞくぞくする声で囁いた。
「壊してやりたい。もっとよがらせて、堕としてやりたい。だから──」さらに落ちた低音が意地悪く笑った。「いいんだよな。俺の好きにして」
ラムズを掴んでいた手が、ベッド下から這いだしたツタに捕らえられた。腕を体の両側に無理やり下ろされ、シーツに磔にされたように固定される。爛々と光る青眼に胸がぎゅうと締まり、目が離せなくなる。
まだ夜は終わってなかった。私の体はとっくに餓えていて、甘いキスの雨に溺れていった。