凌辱

 その日は朝から騒がしかった。私が元々いた牢屋の正面の部屋に寝台を運び込み、入口の前に魔法円を描いていた。
「なにしてるの」
 彼は冷たく私を見、すぅと目を逸らした。「必要だから」
 ラムズが今更私の貞操を狙うとは思えなかった。例の神力のせいで、心が読めずともそういう目≠ノは敏感だった。ラムズは今まで、私を性の対象として見たことはない。年齢のせいで枯れたのか、私ごときの体に興味がないのか、そもそも初めから性欲のない使族なのか―。
 私はいつものソファに転がり、ボトルの血を飲んで過ごした。
 数時間かしたあと地下室の扉の向こうから話し声が聞こえた。血を吸う人間を連れてきたんだろうか。でもそれにしては人数が多いような気がする。
 ソファは扉から死角になっている。息を潜めていると、扉が開いてラムズが入ってきた。
「本当にこんな場所に彼女が?」
「ええ、まあ。捕まえましたので」
「そりゃあ凄い。異使族が関わるとこういうこともあるものなんですなあ」
 どこか聞いたことのある声に首を傾げた。でもそんなことより、人を連れてくるなんて聞いていない。私は急いでグラスを仕舞った。
 私と会わせるってこと? もう体はほとんど元に戻ってきている。下ろしている髪の毛に今更羞恥を覚え、結ぶものがないかと辺りを見回した。それにふだん人前ではメイクをしてもらっていた。素顔はあまり―勇敢な聖女という顔つきではないから……。
 だがはたと思い当たり、今気にするべきところが身なりではないことを思い出した。そもそも拐われている私に会いに来たのだ。こんな場所にいると知っていながら、しかも拐った張本人と一緒に……。助けに来たわけではない。むしろラムズの仲間だと考えたほうがいい。
 それにあの声は……、思い出した。一度だけ魔法の水晶で話したことがある。シュパール王国の王だ。今私たちヴァロレンス王国と戦争をしているわけではないが、万が一シュパール王国が兵を上げれば二国を相手に苦しい戦いを強いられることになる。だからシュパール王国とは友好関係を築こうと、私もヴァロレンス王とともに外交の場で相席したのだ。
 シュパール王……。寝台。
 ぞぞぞと鳥肌が立ち、毛布を掴んで胸元に引き寄せた。
 今更? 今の今までなにもしてこなかったくせに? どうして? つまり彼は、私を、シュパール王に。
 部屋を見渡してももちろん逃げ場はない。もともと家具の少ない場所だ。隠れるところもない。私は酒瓶を掴み扉の近くに息を潜めた。少しでも時間を稼ぐ。
「こちらにいると思います」
「誰が初めだ?」
「それはもちろんシュパール王にお譲り致しますよ」
「否、私はそこそこの負担をしておる。この場はお譲りするわけにはいかぬぞ。はっは」心臓が煩い。音が聞こえそうだ。
 ラムズの声だ。「彼女に選ばせては? それくらいは権利があるでしょう」
「ふむ……」
 扉が開いた瞬間、私は振りかぶって酒瓶を男にぶつけようとした。足枷が熱を持ち私の体ごと部屋の奥まで猛スピードで動いた。背中を壁に強打し、あっと呼吸が止まる。打ちどころの悪かった首が折れ、床に倒れ込んだ。体はすぐに回復したが、恐怖に戦慄く心臓は依然同じ心拍を刻んでいる。
「酷いわ。酷い、酷い。今更こんな……! こんな仕打ちをするなんて!」
 私はラムズに向かって叫んだ。立ち上がって駆け出そうとすると、再び足枷が独りでに動き壁に体を叩きつけた。
 彼は静かに目を細めたあと、三人の男に向き直る。
「本人には枷魔法が効きませんので、少々苦労するかもしれません。魔法は使えませんが、体力はあるでしょう」
 残り二人の男は知らなかった。だが水晶ごしに見たシュパール王とほとんど見劣りしない豪華な服を着ているところからして、どこかの要人であるのはたしかだ。
 シュパール王は王にしては若いが、少なくとも私より二十は上だ。王らしく整った容姿のなかで、意地汚い笑みを浮かべる細い眼がいつも嫌だった。もうひとりはふくよかな体を持ち、ラムズと同じくいくつもの宝石を纏っていた。だがラムズに比べると、色や大きさがマチマチで、おそらく自己顕示のために付けていると伺える。最後は初老の男、白くなりかけた髭を拵えている。二人に比べれば落ちついた服を着ている。腰に付いた剣はいちばん長い。
「例の契約書は?」
 ラムズが尋ね、三人がスクロールを取り出す。金の文字が浮かんでいる。契約魔法を使っているようだ。
 ラムズは三人分のスクロールに目を通したあと、一度彼らに返した。私のほうへ歩いてくる。
「売ったのね」
「まあ」
「許さないから」
 彼は笑う。「元からだろ」
 手錠が付いたままの手を大きく振り上げ、彼の首に回そうとした。ラムズは無言で魔法を使い、足元から氷がみるみる生え広がった。コンマ一秒も経たずに下半身が捕えられる。気絶しそうなほどの低温が顔にまで伝い、歯がガタガタと鳴った。喉が動かない。声が出せない。意識が遠のき、また戻ってくる。一度凍死して生き返ったらしい。
 彼は私の腕を掴み、手首を切った。彼の触れたところから凍っていた腕が少し溶け、冷たい血が流れ落ちていく。それは空中で雫のように固まり、三人の男の持つ契約書の元へ飛んで行った。
 雫はわっと弾けるように羊皮紙を濡らすと、赤く染まり―じんわりと色が消えていった。
「……ほう。聖女があそこまで一方的にやられるか」王が言う。
「これでも|A《エース》ですので」
 ラムズは私から手を離すと、三人の元へ戻った。三つのスクロールを回収し、コートの内ポケットへ仕舞う。
「約束どおり、すべて終わったあとは記憶は消去致します。いいですね?」
 たっぷりの髭をこしらえた男が、それをいやらしく触った。皺のある顔が醜く歪む。「仕方あるまい。多幸感は残るのだろう?」
「ええ。記憶が消えるだけです。感情は残ります」
 ラムズは部屋の扉を開けた。「別の牢屋に寝台を運んでおきました。扉は外しておりますので、ご安心いただきますよう。なお、|魔法円《ペンタクル》は避妊魔法がかかっております」
 シュパール王が顎をくいと上に向け、見下すようにラムズへ尋ねた。「お前の言葉が偽りである可能性は?」
 ラムズは首を傾げ、にこりと微笑んだ。「そのつもりでしたら、既に貴方方はデスメイラにご拝謁済みでしょう」
 既に殺していると、彼は悪びれなく言った。太った男が不満そうにラムズを見ていたが、そのあと氷漬けになった私に目を移し、鼻を膨らませた。
「聖女は寝台まで動かしておいてくれ! いやぁ、楽しみだ。まさかあの聖女が……」
 シュパール王が答える。「初めて見たときから犯してやりたいと思っていたんだ。それに、意外にかわいらしい顔をしている。鎧より似合うぞ?」
 くくと笑い、彼らはラムズに促されるまま部屋を出ていく。
 ラムズは私のところに戻り、氷漬けの体を滑らせて部屋から出した。さっきから何度も意識が飛んでいる。氷魔法は最後まで解くつもりはなく、喋らせてもくれないらしい。瞳孔だけを回して彼を見る。……睨みつけることすらできない。
「大丈夫。聖女が処女でなくなったことを知る者は俺しかいない」
 何も大丈夫じゃない!
 そんなことは問題じゃない!
 聖女は神に仕える身だ。その私がこんなふうに三人の男に陵辱されていいはずがない! 聖女は処女であるべきなのだ。理性を持つ処女だからこそ、ここまでの信頼を勝ち得てきたのだ。
 こんな男、早くデスメイラに攫われてしまえばいいのに。ああでも、私みたいに死なないんだ。終わったらこいつのことを殺す。殺せなくとも……そうだ宝石を。彼の脅しなんて関係な―ダメだ……ダメだ。捨てられない。彼がああ言った以上、ヴァロレンスも母もジルも、捨てられない。凍りついた顔は涙さえ出てこない。
「……け、……。て」
 私を動かしているラムズは、鬱陶しそうに目を向けた。「今更媚びるのか?」
「…………ね、……が。……」
 ラムズは前に向き直った。牢屋の入口の前で三人が待っている。シュパール王が口を開く。
「本当にお前はこの女に手を出していないんだな?」
「出しておりません」ラムズが答える。
 太った男が言った。「聖女がこんな霰もない姿で過ごしているというのに……ほとほと、人外たちには呆れる。我々の喜びを知らないとは、なんとつまらない生だろう」
 男たちは侮蔑を込めて笑う。シュパール王が嘲笑を湛えて呟いた。「卑しい人外のくにせ人間のような姿をして……。だが人間の機能はないと見た」
 髭面の男は吹き出し、太った男はからからと笑った。
 ラムズはうっすらと浮かぶ微笑を一度も崩さなかった。何を言われても気にしないんだろうか。
 シュパール王は急に表情を変え、眼を怒らせた。格子を革靴で思い切り蹴り付ける。
「その表情が気に食わないんだ! たしかに俺たちは契約関係だ。だがお前のその……見下すような態度が。人間を心底阿呆らしいと思っているような態度が気に食わん!」
 ラムズは目を閉じ、胸の前に手を当てて軽くお辞儀をした。「申し訳ない。そのようなつもりはなかったのですが。こちらの非礼をお詫び致します」
 シュパール王は舌を打ったあと、牢屋の|魔法円《ペンタクル》を見た。中の様子を一望したあと、恐る恐る踏み出し牢屋の中へ入る。寝台に腰掛けた。シュパール王に何も起こらなかったのを見て、残りの二人もいそいそと牢屋へ入った。
 ラムズは凍ったままの私を同じように牢屋の中へ滑らせた。
「では。私は外にいますので。すべて終われば扉を叩いてください」
 振り返ることすらできない。本当に、本当に彼に裏切られて、それで売られたってこと? ●ヒールの音が遠ざかるにつれ氷が解けていく。
 お願い溶けないで。溶けないで。このまま死んでしまいたい。こんな男たちに操を奪われるくらいならいっそのこと死んだほうがいい。嫌だ。嫌だ。助けて。助けて。
「……けて、たすけて!」
 氷が溶けたおかげで唇が動いた。「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!」
 いつまでも溶けきれない氷に煮え切らなくなったのか、シュパール王が足元の氷像を蹴った。静かに亀裂が伝染していき、硬質な音を立てて床に落ちる。
 下半身が自由になったところで、私は飛んで男たちから距離を開けた。だが後ろの出口は既に髭面の男が立ちはだかっている。
「無理だよ。三人の男がいて、得意の魔法は使えないんだぞ」
 シュパール王は機嫌を良くして、腰に下げていた短剣で私の胸元に切りつけた。簡易なワンピースがはらりと落ちる。
「痛い!」
 唇を噛んだ。
 絶対に嫌だ。こんな男たちに陵辱されて終わるなんて、そんなの耐えられない。私は聖女であり、処女であるのは聖女の証なのだ。処女でなくなってしまったら、私はもう聖女じゃなくなってしまうんだ。
 太った男が後ろから私を抱きしめる。倍以上ある体重に前のめりになる。そのままベッドへ放り出された。立ち上がろうとする前にシュパール王が長剣を手首に突き刺す。
「っあ! ぁああッ!」
 ニヤニヤと汚らしい笑みを浮かべ、ズボンを下げてベッドに上がる。太った男が喚いた。
「私が先だぞ!」
「俺に決まっている! 王だぞ!」
 シュパール王は目を細めて、違う剣を頬に滑らせた。「もう少し従順になれば痛い思いをしなくて済むぞ。破瓜は痛いんだ。女らしく振る舞うならこちらも可愛がってやる」
「貴方なんかに送る操はない!」
 王はカカカッと笑うと、もう片方の剣に魔法を纏わせ手首の枷を断ち切った。空いた腕を右へ左へ振りまくる。だがすぐに捕えられて、反対側と同じように骨を貫通させ布団まで剣を突き立てた。
「っやぁ! あ、ぁぁあぁあああぁッ!」
「多少抵抗されたほうが愉快というもの」王はげらげらと笑った。
 この下衆が。聖女を陵辱するでは飽き足らず、女を道具のように扱うとは。わなわなと体が震える。全身が熱く、心が燃え盛る炎で潰れてしまいそうだった。
 太った男は順番を諦めたのか、ズボンを脱いで下半身を顕にしていた。こちらに近づき、ムワッと生臭い男根を顔に擦り付ける。やめて。気持ち悪い。臭い。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
『かわいい顔だ。初めてがあのいけ好かない王なのは気に食わんが、口は僕が貰おう。熱いキスをして舌でそのかわいらしい顔を舐めてあげる。かわいい、かわいい。かの聖女が僕の一物に顔を歪めているなんて。それだけでイきそうだ』
「やめて! やめて! 嫌だ! 嫌よ!」男根が擦られていること以上に、彼の生々しい感情に吐き気がする。「神罰が下るわ! こんなことして許されると思ってるの!?」
「記憶を消すから大丈夫さ」
 太った男はそう言うと、私の唇に擦り付けたまま自分の手で扱き始めた。『かわいい。かわいい。汚してやりたい』汚い、汚らしい。汚い。『僕のものだ。今日だけは好きにしていい』嫌だ。嫌だ。嫌だ。気持ち悪い。触りたくない。触れたくない。『僕の番がきたら愛してあげる。でもまずは君の顔を汚してあげる』
 王は髭の男から剣を借りると、それを天井に向けて掲げる。
「よかったなあ! ジュアナ・ラピュセル! シュパールの王が直々にお前の花を散らしてやるというのだから!」
 彼も得意げになってズボンを脱ぎ、私の脚を掴んだ。
『生意気な女だと思っていたんだ。聖女か何か知らんが、女のくせにいい気になりやがって。一度でも性の味を覚えれば落ちていくだろうよ。ほどよい肉付きに白無垢の肌。ヴァロレンスの奴らが守り続けた砦を、俺が初めに壊してやるんだ! 最高だ! 目鼻立ちはいいんだ。俺様の妾にしてやってもいい』
 溢れ出る男の感情に耳を塞ぎたくなる。気持ち悪い。汚い。汚らしい。嫌だ。こんなやつらに犯されるなんて嫌だ。気持ち悪い。殺してやる。殺してやる。殺してやる殺してやる殺してやる!
 王はついに足枷の鎖を剣で切った。
 ―この時を待っていた。
 左右の腕を内側に思い切り引いた。魔法の掛かった剣は容易く骨を砕き、強烈な激痛とともに手首が外れる。体を回転させるついでに、王の体を思い切り蹴りつけた。左の剣を取って立ち上がる。
 剣もある。枷は両方外れた。いくら怪我をしても私は治る。こんな男たちには絶対負けない。
「許さない」
 剣を構え、ベッドで呆気に取られる王へ振りかぶった。