酷いこと

 『酷いことをする』という言葉のとおり、彼はさっきよりも優しくキスをした。たしかめるように角度を変えて何度も短い口付けを落とす。私が彼の胸を手で抑えると、そっと外して自分の背中へ回した。
 何度目かのキスで私は首を下げ、小さく呟く。「……やめ、てよ。そんなにしなくていい」
 彼は小さな笑みを滲ませ、体を抱き寄せて首筋に唇を当てる。僅かに冷たい舌がぞぞと肌を這ったあと、鋭い痛苦が二本刺さる。心拍と共鳴するように彼の喉が鳴り、途中で傷跡を抉るように舐めた。
「……ぁ、ん……ッ。た、ッ、ぃ……」
 ラムズの皮膚に爪を立てる。返事をするように彼は首を噛みなおし、血といっしょに表皮を啄んだ。思い出したように傷を舐られ、疼痛を塗り込む長い舌の感触がする。倒錯的な痛みと上半身から巡る熱い悦で背筋がぴんと張る。
 つぅ、と首を滑り、耳朶を柔らかく食む。冷たい息継ぎと小さな噛砕感が伝わり肌が粟立っていく。耳朶を弄っていた歯が離され、舌がぴちゃりと鼓膜をなぞりあげた。
「っん、……や、ぁ」
 体が強ばる。ラムズは背中を優しく撫で、顔を見合わせた。髪をするすると梳き降ろしたあと、顎を軽く掴んで唇を落とす。力強く目を瞑っている私に顔を綻ばせた。
「大丈夫だから。大丈夫だよ」
 脳を蕩かすような声に自然に体が緩む。彼はもう一度口付けて、僅かに口を開き唇の隙間をなぞった。恐る恐るその空間を広くすると、柔らかな舌がゆっくりと腔内に侵入する。身を硬くすれば後ろで背中を摩ってくれ、私の舌と自分のそれをとろとろに絡め緊張を解していく。くちゅくちゅと水音がたち、羞恥に心拍が早まる。少し舌を弄んだあとは顔を離して、またぴったりと体を寄せた。
「……怖い、わ」
「大丈夫」
 何秒か経って、また尋ねる。
「……したことある?」
「あるよ」
 くぐもった声で、そっと囁くように言った。「私のことも……したいと思ってたの」
「いや」
「……今も?」
「ああ」
「貴方も……本当は。そういう気持ちがあるの」
 彼はくつくつと笑った。「ないって言ったら信じてくれる?」
「……ええ。信じるわ」
 髪を撫で、またキスをする。舌を絡め、味のない彼の唾液に溺れそうになる。息継ぎをするタイミングがわからず、腕を掴む手が強くなった。
 嘘のように唇が離れた。
「せ。セックスって……いい、の?」
「さあ……どうだろうな」碧眼が視線を逸らし、静謐な奥が瞬いている。
「貴方にとっては?」
「相手を悦ばせるもの」
「……私のことも?」
 感情のない笑みを見せる。「どうかな。頑張るよ」
「……私は貴方としたら、後悔すると思う?」
「すると思うが、他のやつとするよりはマシだったと思ってもらえるようにするよ」
 私は彼の胸を緩く掻いた。「こういうことをすると……その相手のことを、好きになったり、……する、の」
 喉の奥で微笑を滲ませ、ゆっくりと頭を撫でた。
「そうなったらいいな。でも、お前は手厳しそうだ」
 どういう意味?
 頬を包み、長いキスが送られる。柔く包んだり弾いたり、羽のようにしっとりと裏側をなぞっていく。濡れた舌を緩く食み、舌の裏筋や歯茎を蕩かした。舌先を軽く遊ばれ、粘膜を擦って私の唾液を絡みとる。
「は、……っあ、ハァ」
 呼吸を許すようにときおり唇を離しては、啄むキスを降らせた。唾液を塗り込むように舌を弄り、熱いキスの繰り返しに唇の隙間から銀糸が漏れる。咥内に彼の唾液が流し込まれると、胸の奥がきゅうと疼いてぞわぞわした感覚が走った。
 温度のない手が臍の周りをなぞっていく。細い指が器用に皮膚を撫で、乳丘を押すように揉んだ。鳥肌が立ち、どんな反応をしたらいいのかと唇を離した。
「あ、の。私。初めてだから……どう、したらいいかわからない」
 目を細めて笑った。「大丈夫、わかってるよ」
 彼がこんなに柔らかな声を出すのは信じたくない──信じられないはずなのに、初めからそれがふつうだったみたいに自然に心に溶けこんでいった。
「ジュアナは何もしなくていい。ただ受け入れてくれればいい」
「……ん。変……じゃない?」
「変じゃないよ。大丈夫」
 体を仰向けにされると、彼は腰の上に跨った。銀の前髪が簾のように流れ、澄んだ青がこちらを優しく見つめる。顔のよすぎる温かな表情に、不覚にも脈が早まった。誤魔化すように彼の肩に手を伸ばす。
 唇が落ちて、少し口を開いた。ちゅうと舌が吸われ、表面を甘ったるく撫でる。上顎の裏側を舌が這うと、擽ったいような焦れったいような感覚が襲った。吐息の熱が唇を湿らせ、てらてらと艷めくそれを彼が悪戯っぽく舐めた。
 胸を掬いあげては細い指先を埋め、円を描くように周囲を撫でる。頬にキスを落とし、首筋の静脈を辿るように撫でおとし、鎖骨を吐息で湿らせていく。彼に触れられたところから体が熱を持ち、熟れた果物のように赤く火照っていく。
 たわやかな膨らみを揉みながら、少しざらついた舌が皮膚に沿って動いた。輪郭をたしかめるように快感を送り、ついにその先端を捉える。湿った咥内で乳豆を転がし、ちゅんちゅんとつついた。
「あ、ッ……ん。ん……」
 必死に声を抑え、ラムズの腕を強く掴んだ。
 離したり近づけたり、ほんのり噛んで舌で弄って、もどかしい快が行ったり来たりする。感じたことのない刺激的な快楽は、それでもどこか穏やかで麗しげな甘さを含んでいて、体の芯をどろどろと溶かしていった。
 片方の手が括れをゆっくりと降りていく。角張った骨盤を細い二本指が挟むように撫でた。ショーツを切られ、すぅすぅとする空気の感覚に思わず脚を閉じる。
 彼は耳元に顔を寄せると、掠れた吐息を落とした。
「ジュアナ。お前は本当に……俺が関わった中でも特別面倒なやつだ」
 透きとおった低音は鼓膜を擽り、なんの抵抗もなく脳を夢心地に揺らした。
「悪人の俺がそう言うんだから、ジュアナは根っからのいい子だよ。聖女だろうとなんだろうと変わらない。 戦場で見たお前も、俺に会ったあとのお前も、今俺に抱かれているお前も、みんなジュアナで、俺が美しいと思ったジュアナだ」
「……ッ、そん、なの。どうせ嘘……」
「嘘でも本当でも」彼が頭を撫でる。夢のような声が心に染み込んだ。「今は信じて」
 流れていく涙に口付けをして、目尻をちろりと舐めた。首を傾げた顔が悪戯っぽく笑い、長い睫毛が青に蓋をしてこちらに近づく。心地よいキスが繰り返され、濃密な交歓が馴染み滲みわたっていく。
「ぁ……ん。んッ……」
 呼吸を求めるように喘ぎ、彼はそれに重ねて何度もキスを落とした。知らぬまに彼の体が脚を割り開き、冷たい手が太腿を這う。意識を下に向けると、彼に顎を掴まれ、もう一層激しく求められた。
 ……キスってこんなに幸せな気持ちになるんだ。ぐるぐると頭の中を甘い恍惚が回っている。脳が蕩けそうで、頭がぼうっとしてくる。媚薬も毒も魅了も効かない私にとっては初めての経験で、酔ったような倒錯感に溺れた。
 くちゅ、と蜜壷の入口に指が添えられた。
「っん! ぁッ……?」
 溢れる愛液を絡めとり、媚芯に塗りつけるように細やかに弄った。
「だ……や。ぁ、ん……」
 私は手で彼の肩を抑える。軽い力で押しただけでも、ラムズは離れてくれた。ふるふると頭を振る。
「ね、……え。や。だ、」
 細めた眼がゆっくりと尋ねる。「なぁに」
「な、なんか……。やだ。なん、で……」濡れてるってことは気持ちいいってことよね。そんなの、だって。私は──。
 ラムズは空いた手で頭を撫でた。「大丈夫だよ」
「違くて。……嫌、なの。私は、だって貴方のこと……。それな、の、に」
 彼は少しばかり呆れたように笑い、言い直した。
「こういうのは気持ちとは関係ねえところで起こるものだから。体が反応してるだけ」
「からだ、が……」
「顔に物が飛んできたら瞬きするだろ、それといっしょ。触られたから濡れただけ。気にしなくていい」
「……ほんと? 私が、……私の心が、ダメになったんじゃない?」
 どうしようもなかったとはいえ、なんだかラムズに絆されてしまっているようで少しやきもきする。
「違うよ。お前はいい子だって言ったろ」
「でも……こえ、とか。出ちゃっ、て……」
「気にしなくていい。みんなそうなる」
「……でも。だって貴方は、私にいっぱい酷いこと、した人……なのよ。それなのに」
 彼は私の上に被さり、ぎゅうと体を抱きしめた。「言ったろ。お前は俺が嫌いな味がするって。ちゃんと変わってねえから。ただ体が反応してるだけで、ジュアナは弱くもダメでもない」彼は体を離すと、悪戯めいた笑みを見せた。「それに声出してもらうとわかりやすいから、有難い」
「……わかりやすい?」
「痛くねえかなとか、嫌じゃねえかなとか。だから、そのままでいて」
 私は少し迷ったあと、小さく頷いた。あやすようにまた頭を撫でてくれる。どきまぎして目を逸らした。
 額に触れるような口吸をして、そのまま瞼へ、目尻へ、頬へ口付けた。そのあと唇が合わさり、彼のペースに合わせて息をする。嫌な感じで残っていた心の凝りが解け、何も考えずに彼の舌を追いかけた。
 ちゅんちゅんと肉芯を弾き、透明な蜜をぬちょりと絡めて割れ目をなぞる。やんわりと上下に摩られ、こりこりと擽られる。甘い愛液が太腿を濡らし、恥ずかしくなって体を捻った。下腹部から痺れるような愛欲が伝い、びくびくと体が反応する。
「……ぁん、ゃ……。っ」
 ちゅく、と入口に指が挿入った。びくりと体が強ばり、身を硬くする。そっと顔が離れ、湿った吐息で囁いた。
「大丈夫だよ。痛くしないから」
 甘い声で唇を濡らしたあと、再び口付ける。
 そろそろと指が侵入し、膣内の粘液を塗り込むように掻き撫でた。指が折れ、ぐにゅぐにゅとナカを刺激する。
「ぁ……ッ、ん……。んん、やぁ……あ、ら」
 異物感はすでに拭い去られ、絶え間なく送られる焦がれるような快楽に体が堕ちていく。蜜に浸った粒がひくひくと疼き、奥をつつく指が焦れったくて無意識に腰を浮かせた。ナカを弄りながら、外側の粒をびらびらと捲り弄び、捏ねられた官能が体の芯までぐちゅぐちゅと濡らしていく。
「や、ぁん……。ぁっ、は、あ」
 気持ちいい。どうしよう。
 虚ろな目で彼を見ると、安心させるようにそっと微笑んで頭を撫でた。彼から香る甘い香水の匂いがさらに気持ちを落ちつかせ、脳が多幸感に溢れた。
「ぁあ……! や、ん。ッあ、……あ!」
 体が紅潮し、熱に染まった嬌声が大きくなっていく。いつの間にか増えていた指がばらばらにナカを弄り、淫靡な倒錯感に心が沈んでいく。理性を吸い取られ、心地よい肉感が注がれる。腰が小刻みに跳ね、体が壊れそうになるくらい快美に夢中になっていく。ぢゅんぢゅんと肉壁を押し擦ったとき、電撃が走るように体が痙攣し、白が瞬いた。
「ぁ!? んぁ! や……ん! ぁ……!」
 爪先が震える。体の奥がまだびくびくと疼いている。ラムズの腕を掴み、潤んだ瞳で見上げた。
「や、あ……ね。あ、わた、し」
「もうちょっと頑張ってな」
 彼は指を抜くと、透明の粘液の絡む指を舐めた。赤い舌がちろりと見え、指を包む長いそれに目が釘付けになる。あまりに扇情的な彼の仕草に、ごくりと唾を飲んだ。
 ラムズはそれに気づいたのかくつくつと笑うと、自分のベルトを外した。かちゃかちゃと金属音が鳴り、少しズボンが下げられる。