米倉と世界(あなおく)

「翔真君のバカ!」
 彼女はそんな言葉と一緒に、パタンと軽い音を立てて部屋から去ってしまった。思わず上げた手が空を切り、掛けようとした声は喉に張り付いてつっかえる。悪いことをしてしまったな、という後悔だけがのし掛かって、結局何と声をかければ良かったのか、今の米倉には全く想像がつかなかった。
 恋人、通り魔、25歳。腰掛けていたベットに倒れこんで目を瞑れば、ほんの数分前の彼女の言葉が甦ってくる。整合性の取れない、今の現実と全くそぐわない空想の世界。本当は自分達は25歳で、自分と彼女は社会に出てから会った恋人。医学に詳しい彼女は本当に医者で、通り魔に刺されて倒れた自分の主治医。何もかも、おかしい話だと思う。だって、脳裏に浮かべれば今でも思い出せるのだ。尚哉と商店街を駆け回ったこと、天竺と仲良くなった大学での女装大会のこと。大和達三人と、沢山作った大学での思い出。数日前に話した雑談の内容だって、米倉はしっかり憶えている。大学よりも前に仲良くなった大和との思い出は、それよりももっと沢山あったはずだ。
 数々の思い出を脳裏に描こうとして、ふと、ツキリと頭が痛んだ。
 タイムスリップか逆行か。はたまたパラレルワールドか。彼女の身に何か特殊なことが起こっているのは確かだと思う。天竺も同じかもしれない。大和は、天竺もそうであるように語っていたから。
 でもそれならば、自分が追及する必要は無いのだろう。この世界が彼女たちにとってどう歪んでいても、自分にとっては、この世界が全てなのだ。彼女らが何をするつもりかは気になるし、手伝ってあげたいとも思うが、そこに迷いは無い。躊躇いもまた存在しなかった。
 だってなんにせよ、今の自分達四人が親友だという事実は、変わらないのだから。