左目(アイラス)

 手が、震える。
 大吉に連れてこられたウロボロス清掃の一室で瑠菜は一人座っていた。何もない簡素な部屋だ。しかし瑠菜には覚えのあるもので、パラレルワールド、自分が元々住んでいた世界での部屋も、最初はこのようだったと記憶していた。
 何もかも、あの世界と変わらない。降り立った場所こそ不明ではあったが、讙も大吉も瑠菜が覚えている2人そのもので、自分と面識がないことを一瞬失念してしまうような有様だった。町並みも対して変わらない。変わってしまったのは自分だけだ。

 結局、探していた妹と再会して、そうとは知らずに交遊を深めて、何もかもを忘れる前だったあのときに欲していたものを一度手にいれたというのに、それも失って違う古巣にのこのこ帰ってきてしまったということだ。
 なんて情けないことだろうか。彼女には日頃から迷惑をかけていた。何かしてあげられた思い出もない。世話になって、距離を深めて。最終的に何も与えてあげられないまま、瑠花は1人でここに来てしまった。ここに連れてきてあげたかった。共に、暖かな場所で過ごしたかったのに。
 どうして、うまくいかなかったのだろう。何を間違えてしまったのだろう。そうやって後悔を巡らせる度に、あのときの手の感覚が生々しく甦ってくる。背中に背負った人間のものと思えないような軽い体が、瑠花の背中、手の中で段々とその形を変え、質量を増し、歪み、うねっていくその感触が、今にも掌を這っているように疼くのだ。それは制御できない震えとなって今も残り、彼女の不在を告げている。
 彼女が死んだのか、生きているのか、それすらも瑠花の預かり知らぬことだ。ただ1つだけ言えるのは、彼女の手を自分が握り続けてあげられなかったという事実だけ。
 死んでいたなら、西本と仲良くしているだろうか。いっそそれが瑠花には救いに思えた。異形となってどことも知れない場所へ行ってしまったなんて考えたくもない。そんなことがあって良い筈がないのだ。手が、ただ震える。
 左目に嵌め込まれたピンク色の眼球が、鏡越しにそっと瑠花を見つめていた。