清水純平の手記(グドモ)

 君に言いたいことは沢山あるけれど、きっと最期の時に全ては伝えられないから、君がこれを読む事を願って、君に伝えたいことを書こうと思う。
 始まりの日、俺は移動できるだけのお金と、パスポート、それに携帯や手帳なんかの雑貨を1つのバックに突っ込んで、俺は誰にも言わずにイギリス行きの飛行機に乗り込んだ。治るかもしれないから遠くへ行ってみる、と目的地がイギリスであることを伝えていなかったのは現実味が無さすぎるというのと、止められるだろうと思ったことが理由ではあったけど、今にして思えば、心のどこかでは帰る気が無かったのかもしれない。それくらい、俺の体調は悪化していて、いつ死んでもおかしくは無いと医者に言われなくても実感できるほどだった。移動する途中に死んだとしても、おかしくはないと体で分かっていた。
 結局彼女にも何も言えず、着の身着のままで日本を飛び出した俺は、やはりと言うか、まず電車の揺れに耐え難い苦痛を感じた。酔うとか、そういう次元の話じゃない。目眩も越えて、俺の視界は天と地が何回も入れ替わって見えた。体の感覚はどこか遠いように感じて、壊れかけのリモコンで自分自身の体を操作しているような感覚だったと思う。限界が近かった。悪あがきみたいにオカルトにしがみつく位には、俺も疲弊していたんだ。ようやくゴーツウッドの駅にたどり着いて俺の口から出てきたのは、地元の駅にどこか雰囲気が似た田舎の駅への苦笑だったけど、あれも一種の現実逃避の様なものだったんだろう。
 そう、現実逃避だ。俺は何回も、ずっと、現実を見ないふりをしていた。前を向いたふりをして、絶対に帰ると口に出して、希望を捨てていないように振る舞いながら、心の底では、分かっていたんだ。もう、帰ることはできないだろうと。
 確証は無かった。ただの勘のようなものだ。でも不思議と、今回はなんともならないのだろうと理解していた。それは仄かに見覚えを荒廃した風景のせいだったかもしれないし、横にいてくれた君が、俺を人間と呼んだからかもしれない。あの白骨化したジャーナリストは、俺が求めた伝説を追っていたのだろうかとふと思ってしまったその瞬間から、俺はここが俺が生きていた世界から地続きの未来であることを疑えなくなった。
 口ではパラレルワールドや別世界を疑いながら、さもひとつの可能性のように語っていたけれど、頭の中では、俺はずっと現実から逃避していた。君と向き合うふりをして、せめて希望を探そうと連れまわしながら、俺は結局、君が言ってくれた俺を帰すという言葉すら、信じることはできていなかったんだ。
 魔術、化け物、荒廃した世界、それに夜空。そういった、真に現実的で無いものも、俺が真実から目を反らす事に抵抗を無くしていたと思う。だから、君が俺に本当のことを伝えてくれたとき、君は申し訳なさそうにしていたけど、申し訳ないと思っていたのは俺も同じだった。君は優しいから、真実を直視できなくても当然だと言ってくれるかもしれないけど、君がその事について罪悪感を覚える必要は無かったんだ。もう一度、謝らせて欲しい。
 それから、君には感謝も伝えたい。俺が一緒に生きたいと思った人たちはもう死んでしまったし、死にそびれたと思ったのは事実だけれど、未来が無かった俺に、半ば絶望していた俺に、こんなにも長く優しい未来をくれたのは紛れもない君だ。俺と一緒に居てくれてありがとう。俺を連れていってくれてありがとう。君が俺の事を人間だと言ってくれたから、君が俺を必要としてくれたから、俺は今、とても幸せだ。この長い旅は、本当に楽しかった。
 君が、俺にとっての″奇跡″で、良かったと思う。

清水 純平