竹中と24時間出られない部屋
目が覚めたら、真っ白な部屋の中に居た。今の状況を端的に表すなら、それ以上に合った表現は無いだろう。竹中は唖然として目を擦ったが、目の前に広がる空間はぼやけることも消えることも無かった。
10m四方程の部屋だ。鍵が掛かった扉が1つと、何やら文字が書かれた看板が1つあるだけの簡素な様子。壁も床も真っ白に塗られているが、病院のような雰囲気ともまた違った。材質もコンクリートでは無いようで、不思議とツルリとした質感が掌に残る。竹中の知る限り現代の建築に使われている壁材ではないように感じるが、分かるのはそれだけだった。ますますもって不可思議さが増す。
看板には、ただ“24時間出られない部屋“とだけ記されていた。他にはなにもなし。壁と同じように見たことのない材質で形取られた扉はどう力を込めようがさっぱり手応えがなく、本当にただ閉じ込めるためだけの部屋という印象だけが残った。
(持ち物は全て無くなってる。着の身着のまま……誘拐、かな?最悪だ……)
だとすればいったいなんの理由があってそのようなことをするのか。竹中には思い当たるものがなかったが、以前巻き込まれた事件の事もある。自分か父に恨みでもあるか、もしくはかの騒動の残党か。はっきりとは分からなかったが、とにかく自分に好意的な人物による仕業ではないということは理解できた。
現実逃避ぎみにペチリ、と頬を叩いても、特に目の前の光景は変わらない。頬を叩いたら夢から覚めるというのもあまり信じられる話ではないが、それも効果無しとあれば手詰まりだ。吟味をしつくした部屋の中で、竹中は1人取り残される事になった。
(──腹の減り具合からして、まだ昼食から6時間は経ってない。水もなさそうだけど、24時間なら生き残れるか)
だとすれば、扉を見られる位置に居るべきだろう。扉の正面にある壁にもたれ掛かって腰を下ろすと、一気に疲れが押し寄せてくる。
(なんだってこんな目に……)
誘拐するなら誘拐するで、目的か要求かを提示すれば良いものを。まず24時間閉じ込めるなんてどれだけ性格が悪いのか。もしくは、孤独に耐えかねて口が軽くなることを狙っているのかもしれないとは思うが、本当に24時間閉じ込めるだけなら耐えられる。あの一生続くかとも思われた誕生日に比べれば、丸一日という時間は決して重いものではないのだ。
どれほど時がたった頃だろうか。数時間経った気もするし、数十分程しかたっていない気もする。扉をただ見詰め続けていたとき、ふとドキリと心臓の音が耳元で聞こえた。
いや、心臓の音だけではない。呼吸のため声門を通り抜けていく呼気が、消化するものを求めて鈍い痛みを訴える胃酸が揺れる音が、肺が上下する度擦れる服の音が、嫌に鮮明に耳の奥に響いて来る。
グルル、ドキリ、カサリ、普段なら聞くことのないような、自分が奏でる生活音が、ひたすらに脳の中を刺激する。ワンパターンな雑音がひたすらに心を掻き乱した。
自分以外誰もいない。自分以外なにもない。自分のみがただ息をする空間。変わらない景色。───それは、いつか見た景色と、同じ、もので。
「───は」
時計がない。スマートフォンがない。自分以外の生き物も居ない。情報がない。考える余地がない。自分には何もないのだと突き付けてくるような錯覚を覚えた。
24時間出られない部屋。看板にはそう書いてあった。それが信じられるかは今は分からない。問題は、24時間先という概念が、存在しているかということである。時が動いていると、今の竹中は証明できない。出来るのは、止まっているかも分から無いままただ待つことだけなのだ。
「また───」
なにも問題はない筈だ。愉快犯か、目的があるのか。24時間経てば、何か、何かがある筈なのだ。この果てしない24時間の先に、扉は開かれる。そうでなくてはならない。
決して重くはないなんて嘘だ。時計も、他のなにも動かない世界に閉じ込められるなんて、あの日と同じと言ってもいい。それも、あちらで耐えられたのもなんとか自分の精神を保つために周囲のもので工夫をしていたからに他ならない。こんな何もない部屋なら、正気を失うまでにかかる時間は決してあの世界と同じじゃない。
この頃になると、竹中は自分の錯乱が狙われているということを確信していた。それが最悪の形で、自分のトラウマと重なってしまったことも。
「さ、いあくだ」
頭がガンガンと痛みを発する。なんとか酸素を入れようと息を吸う度、肺が軋む音がした。音をたてるものが自分以外何一つないことを証明しているようだと竹中は思った。耐えられる気がしない。ふと気付いたら今どれほど経ったか、どれだけ経てば解放されるかということだけを考えている。
本当に24時間後が訪れる保証など、無いというのに。
「助けてくれ、誰か……」
竹中が閉じ込められてから、約2時間。彼の精神が持つかどうかは、神のみぞ知る所である。