霧状の小雨が降りしきる夕方の帰り道を、コートのフードを頭からかぶり全力で走り抜ける
顔面にふりかかる小雨がうっとおしい
走る速度と風圧でコートのフードが膨れ上がり、頭から落ちてしまった
今更構っていられるかと、乾く喉の奥からゼイゼイと息をしながらようやく自宅アパートにたどり着く
近くもない最寄駅からここまでの全力疾走は軟弱な大学生にはきつすぎる
おぼつかない手でコートのポケットから家の鍵を取り出して、玄関の扉を開くがここがゴールじゃない
そのまま部屋の奥のベランダまで駆けぬけて、干しっぱなしの洗濯物たちをヒイヒイ言いながら救出するも、貯めにためてようやく重い腰をあげて洗濯したコイツらは悲しいかなしっとりと水気をまとっている
最寄駅につき電車を降りたら雨が降っていた俺の絶望はお分かりだろう
「ああ〜〜〜くっそ〜…なんでだよ」
「…お疲れ」
「きょーじくん」
ベランダ越しに俺の嘆きが聞こえたのか、先日ゴミ捨てのタイミングではちあわせになったお隣さんの恭二くんが声をかけてきた
声しか聞こえないものの、悲しみに打ちひしがれている今優しくしないでちょうだい
今イケメンに優しくされたりしたら、開かなくて良い扉を開いてしまいそうだ
「さっきからすげー気になってた。洗濯物だめだったか?」
「だめっぽい…ああ〜〜昼すぎに一回帰ってきてたら無事だったんだろうなあ」
恭二くんは俺の家の濡れ行く洗濯物を気にしてくれていたらしい
今日は一時限目からだったもんで、朝に出かけて昼すぎには出るコマもなく
ただ友達とダラダラ時間をつぶしていただけだったのに
なんであの時、家に帰る選択をしなかった俺
「最近、急に天気崩れたりするよな。俺もこの間やられた」
「恭二くんもか…俺が気づいてたら恭二くんのベランダに侵入して回収できたのにな」
「いや、不法侵入はしないで欲しい」
「俺の部屋には侵入してくれて良いから、今度は洗濯物頼むな」
「できないから、やる前提で話進めないでくれ」
少しあせったような恭二くんの声に、のどの奥で笑いながら部屋の中に洗濯物をどうにか干していく
「俺が風邪ひいたときには窓割って入ってきて看病してくれな」
「それ看病した後で通報されるだろ?」
「恭二くんは俺が風邪ひいても見捨てるってことかよ!」
「何言ってんだ、みょうじは」
部屋の中に洗濯物干しきれなくない?
洗濯物の山が半分ほどになったあたりで、若干諦めはじめた俺はしばらく着たままだったコートを脱ぎながら
まだ雨の降っているベランダに出て、お隣のベランダへ顔を出す
部屋のベランダ際に胡坐で座る恭二くんが驚いた顔で目を瞬かせていた
以前と変わらずなんかぼんやりした顔をしてるのに、整ってんなあ!
「てかさ、合鍵預けるからマジで何かあったら頼まれてくれない?」
「…え」
俺が顔を出したのに驚いて、さらに俺が合鍵預けるなんて言い出すと思わなかったから更に驚いてってトコか
ぽかんと口を開けてしまった恭二くんの顔からは嫌だとか迷惑だとかの感情は見えない
たいぶ図々しいこと言ってる自覚はあるんだけど、嫌がってる様子が無いなら押せ押せでいく
洗濯物も困るけど、やっぱお隣が信頼できて鍵預かってくれるってめちゃくちゃ助かるし。これを機に恭二くんと仲良くなれたらうれしいし
「な。頼めない?いつでも勝手に入って遊びに来てくれていいし!」
「いや…え?アンタもう少し警戒とかさ…」
「女の子じゃないんだから大丈夫だって」
「俺がみょうじの家から何か盗んだりとか考えないのか?」
「恭二くんが?ないない!」
戸惑いながらも迷惑かけるつもりかとかそんな言葉ではなくこっちの心配するような奴の何を警戒しろっていうんだか
思わず笑いながら否定すれば、俺の反応にぽかんと口を開けて呆然とする恭二くん。イケメンてそんな顔してもイケメンなんだね
そんな恭二くんを放置して一旦部屋に引っ込む
クッキー缶の中に裸でいれてある合鍵をとってからまたベランダから顔を出した
困ったような焦ったような顔をした恭二くんはさっきまでと違い立ち上がってベランダの方へ身を乗り出してきている
本当に嫌なら部屋に戻って窓の鍵をしめれば良い
しないってことは押していいと判断するぞ俺は
「恭二くんはい、鍵!」
「本気かよ……」
にっこり笑って合鍵を差し出す
困った顔でも差し出した鍵を受け取る恭二くんに俺は何となく満足して頷いておく
「頼むな!恭二くん」
「……なんか……みょうじは俺の知り合いにちょっと似てる」
無鉄砲ぎみなとことかと小さくつけたした恭二くんの声は、優しげに響いた
多分親しい人のことなんだろう
親しい人に似てるなんて言われるってことはそう悪い印象でもないな
かなり強引に押したけど、まあ悪くない結果なんじゃないか?
「ひとつよろしくお隣さん!」
「まあ、あんまり役に立てないかもしれないけどな」
苦笑して、それでも引き受けてくれるお人好しなお隣さん
こんなんじゃ俺みたいのにつけこまれまくりそうで心配なので、新聞勧誘なんかの追い払いくらい引き受けよう
「ところで洗濯物干しきれないんだけど、どうしたらいい?」
「頑張れ」
全く頼りになるお隣さんだ