君に夢中【m/je】
撮影の間の休憩時間。
「好きなんだ、ミーシャの事が……」
何の前触れもなく紡がれた言葉に、ミーシャは声が詰まる程の衝撃を受けた。台本の台詞が綺麗に吹き飛んでしまい、今後の撮影に影響が出ないか心配になる。
ポーカーフェイスだけは維持したが、何も言わないミーシャにジェンセンの表情は翳っていく。
ーー早く何か言わなければ。
そうは思うのだが、衝撃から立ち直れていない脳が仕事を放棄している。
ここまでミーシャが動揺するのには、ちゃんとした理由があった。
彼の口から「好き」と言われたのは、これで何度目になるだろうか。
ジェンセン・アクレスをよく知る人間ならば、彼が好意を伝える事の貴重さは言うまでもない。
問題なのは「好き」の種類だ。
ニュアンスだけで判断するなら、ジェンセンの口にした好きは「like」ではなく「love」な気がする。
だからこそ、この動揺だった。
「えーっと、ジェンセン?」
確かめようと名前を呼んだミーシャは、次に続けようとした言葉を胃の奥へと封印する。とてもじゃないが、今にも泣き出しそうな顔をしている彼を問い詰めるなど出来はしなかった。
「僕もジェンセンの事は大好きだよ」
眠気を追い払う珈琲の香りが、凍っていた脳をじわじわと溶かす。そうして漸く脳が動き始めたミーシャは、まだ湯気の踊る珈琲をテーブルに避難させた。
「違、う。そうじゃないんだ、その……」
まるで訃報を聞いてしまったように、ジェンセンは語尾を震わせる。ぐっと眉間に皺を寄せ、ミーシャを見下ろす瞳が滲む。
ジェンセンは、泣きの演技の評価が高い。
その彼が演技ではない涙を流すのは、破壊力が抜群だった。訳も解らず罪悪感に苛まれ、目の前で微弱に揺れている手を握る。
「……ミーシャ?」
「とりあえず、落ち着こうか。珈琲飲むなら淹れてくるけど、どうだい?」
これ以上そんな顔をして欲しくないと、感情が先走った末の行動だった。安心させるように笑って見せれば、ジェンセンは大人しくミーシャの隣に腰を落ち着ける。
己の発言を悔やんでいるのか、彼は俯いて視線を合わせようとしない。先程の告白が計画性でないのは、ジェンセンを見れば一目瞭然だった。膝の上で固く握り締めた手は、今も震えたままで。
「何回も言うけど、僕も君の事は大好きだよ。大切な友人だと思ってる。でもジェンセンの好きは、違う意味なんだね?」
酷な事をしている自覚はあった。
ジェンセンの言葉が冗談でないのは、彼の人柄を知るミーシャが誰よりも熟知している。だからこそ、このまま曖昧に終わらせる事が出来ない。
「迷惑だって、解ってる。本当は、ずっと隠しておくつもりだったんだ。でも……」
自分の感情に追い付けていないのだろう。
ボンネットを打つ雨粒のように、ジェンセンは力なく呟いた。もしかしたら、泣いているのでなないだろうか。
「ジェン、ちょっと顔上げてくれる?」
「…………嫌、だ」
「ね、いい子だから。君の顔が見れないのは辛いよ。それに、人と話す時は相手の目を見るべきだ」
「…………」
今の状況で、沈黙は否定に直結する。
多少強引な方法を取らなければいけないと踏んだミーシは、俯いたジェンセンの顎を掴んだ。ただし、容易く振り解ける握力しか使っていない。
「…………ジェンセン」
逆らう事なく持ち上がった顔を認識した途端に、思わずその名前を呼んでいた。これ以上は危険だと頭の中で警鐘が鳴らされているが、何が危険なのかは解らない。
ただ、片足が踏んでいる。
越えてしまえばもう二度と引き返せない、危険なラインを。
「ミーシャ、俺……困らせるつもりはなかったんだ。……ごめん、ごめん、ミーシャ」
豊穣な睫毛によって縁取られ、恵みの雨を湛えた瞳が、真摯にミーシャを映す。
瞬きをしたら溢れそうな涙に、心臓を鷲掴みにされたような息苦しさを覚える。
自慢でも何でもなく、ミーシャはとても友人が多い。その中でも、ジェンセンは特に気に入っている友人だった。
豪華な外見とは違い曠世なくらいに素朴で、知れば知るほどに相手を惹き込む魅力がある。
言うまでもなく、それは「友人」としてだ。
ジェンセンにセクシャルを感じた事は一度もない。そしてこれからも、その事実は変わらない筈だった。
「君が泣いてるのは、僕の所為かな?」
「いや、ミーシャの所為じゃない。ミーシャは、泣きの何も悪くないんだ」
逃げられないように両手でジェンセンの顔を包み、至近距離で表情を観察する。もっと知りたいと、欲求が止まらなくなっていた。
「じゃあ、僕が泣かせた事にしてくれ。責任は取るから」
「ミーシャ?」
ミーシャは、ジェンセンをとても好ましく思っている。友人としてだけでなく、それ以上の好意を。
長い睫毛が目元で膨れていた涙を叩き落とし、頬に触れていたミーシャの指を濡らした。
こんなにも美しい涙は見た事がない。
それも、他の誰でもない自分の為だけに流された涙だ。瞬きをする度に落とされる涙を、親指で優しく拭う。
「ミーシャ……あ、の……」
「これが僕の答えだよ、ジェンセン」
未だに新しい涙を流すジェンセンの唇を、ミーシャは悩む事なく奪った。触れ合うだけの稚拙なキスに止め、角度を変えてお互いの熱を確かめる。ジェンセンの震える手が肩を掴んだが、本気で嫌がっている訳ではないようだ。
「待っ、ミーシャ……!! 頼むから、期待させるような真似は止めてくれ……っ」
「いくら僕でも、冗談で口にキスしたりはしないよ。君だからだ、ジェンセン」
信じられないと顔に書いたジェンセンに構わず、ミーシャは唇を擦り合わせる。涙で湿り気のある唇は塩辛かったが、今までに味わった事のない弾力だった。
薄皮を柔らかく噛めば、ジェンセンの鼻からは甘い声が抜ける。
「んぅ、ミー……シャ、ん……っ」
肩を掴んでいた手が躊躇いながら、ミーシャの首の後ろへと回された。何処までも消極的な行動を不快に思う事はなく、自分の力で本当の姿を暴きたくなる。
どうやら己が思っていたよりも、ミーシャはジェンセンに深く傾倒していたらしい。
二人の密事は、トレーラーの扉が叩かれるまで続いた。
END
- 12 -
*前次#
ページ: