クリスマスの贈り物
もし幸せに色を付けられるなら、この光景には何色が相応しいだろう。賑やかな声が競い合うように飛び交い、微笑みを呼び込む。キラキラと、水面に反射する光のようだと思った。
目映いまでの幸福。この瞬間が永遠に続けばいいと、願わずにはいられない。
蒼い眸を切なく細めたカスティエルは、瞬きを惜しんで実体のある幸せに酔いしれた。
* * *
家族や大切な人と過ごす日だからと、上機嫌で「ボビーの家に押し掛けよう!」と提案したのはディーンだった。カスティエルがタクシー目的で呼び出されたのは明白だったが、チップの代わりとして極上の笑顔を見せられれば無下にも出来ない。求められるままにディーンとサムを送り届け、役目は終了したと思ったカスティエルだったが。
「楽しんでいけよ、キャス」
その一言で、天使も強制参加となった。
「しかし、私が居ては迷惑ではないのか?」
「迷惑? そんなの気にするタイプじゃねぇだろ、お前は。いいから、ほら行くぞ」
躊躇うカスティエルの肩にディーンの腕が回され、自然な流れで室内へと連行される。呼び出された時から感じていたが、今日の彼は何処かおかしい。機嫌がいいのは明白で、屈託のない笑顔を無料サービスしている。
「キャス、エッグノッグって飲んだことあるか? 今日の定番なんだぜ。ボビーが作ってくれるだろうから、飲んでみろよ」
「エッグノッグ……。それは美味しいのか?」
「飲んでからのお楽しみってやつだな」
二人きりの時に見せる甘さを孕んだものとは違うが、根底にある可愛らしさは健在だった。最初に消極的な返答をしたからか、ディーンはカスティエルから離れる素振りを見せない。スキンシップは望ましい傾向であるが、手を出せない今の状況では生殺し同然だ。
抱き締めてキスをしたいが、実行に移したらディーンの顔から笑みが消える。カスティエルの忍耐強さが問われる問題だ。
「そんな難しい顔すんなって。酒飲んで飯食って、騒ぐだけだ。簡単だろ?」
「騒がないといけないのか?」
「場合によってはな。ボビー来たぞ!」
キッチンまで辿り着くと、先に室内に入っていたサムと、ボビーがテーブルに料理を並べていた。食料は各自で持ち寄る決まりになっていたことから、事前に打ち合わせがされていたらしい。がっつり系を好むディーンはバーガーやパイを持参し、サムはサラダやマッシュポテトと野菜中心の料理をチョイスしていた。見事に好みが別れている。
「これだけの量を食べるのか?」
「美味そうだろ? 多めに用意しといたからな。遠慮せずに食っていいぞ」
「いや、天使に食事は必要ない」
無機質な声で提案を切り捨ててから、カスティエルは言い方が悪かったと気付く。こんな言い方では、ディーンが怒るのは目に見えていた。どう訂正するべきか。
「此処にいる理由がない私がいては、迷惑ではないか?」
困り果てたカスティエルは、逃げるようにヘイゼルグリーンの瞳から視線を外した。都合が悪くなると、視線を逸らしてしまう。これは、ディーンが嫌う癖の一つである。
「キャスは難しく考えすぎなんだよ。時には、理由がない行動も必要だぞ。新しい発見があるかもしれないしな」
俯いた頭をわしゃわしゃと撫でられ、予想と違う反応にカスティエルは顔を上げた。
「騙されたと思って、今日は俺に付き合ってみねぇか? 損はさせない。な?」
悪戯が成功したとでも言いたげなディーンの表情は、やはり眩しいくらいの笑顔で。見惚れるなと言うのは、無理な相談だろう。
不埒な感情に支配されたカスティエルの右腕が、ふらふらとディーンの頬へと伸びる。指先が親しんだ感触を得る前に、横から出現した手に叩き落とされてしまった。
痛くはないが、不愉快ではある。
「イチャつくのは勝手だけど、僕の目の届かない所でって約束したよね? ローストビーフも焼けるみたいだから、座って待とうよ」
四人分の皿を並べ終わったサムは、カスティエルとディーンを睥睨しながら席に着いた。
ディーンからは「空気が読めない奴」と叱咤されるカスティエルだが、先程のサムの行動も該当して然るべきではないだろうか。抱き締めてキスしても問題ない雰囲気だっただけに、カスティエルは眉間に入れる力を強めた。
「イチャついてーーって、ちょっと待て。冗談だろ? 折角のクリスマスなんだぞ。何でそんなテンションの下がる物があるんだ」
サムの用意したサラダに嫌悪を見せたディーンが、テーブルの端に追いやりながら大きな溜め息を吐く。
「好きなんだからいいだろ。ディーンだって高カロリーの食べ物ばっかりじゃないか。その内、お腹がぽっこり出てるかもよ?」
「出るわけないだろ! お前こそ、ダイエット中の女みたいに野菜ばっかり食いやがって」
「下らないことで喧嘩するな。コイツを食いたくないのか?」
どちらを止めるべきか悩むカスティエルの後ろから、呆れたボビーの声がかかる。テーブルの中心に参戦したローストビーフに、二人の喧嘩はピタリと止んだ。肉好きのディーンだけだなく、サムの視線までも釘付けにしている。
その反応から、今日のメーンであると判断して間違いないだろう。
「キャス、お前さんも座れ。堅苦しく理由なんて考える必要はないんたぞ。お前と一緒に過ごしたいっていう、ディーンの気持ちを汲んでやったらどうだ?」
「ディーンが、私と?」
「ボ、ボビー!?」
肉の固まりにナイフを入れながら告げられたのは、カスティエルに歓喜を与えるものだった。切り分けられたローストビーフの乗った皿を受け取り、真実か確かめる為に顔を横に向ける。
ディーンは必死で言葉を探しているようだが、否定することはない。それは、最早答えではないのか。
「事実じゃないか。キャスと過ごすって楽しみにしてたみたいだし? 兄貴に免じて今日だけは休戦にするからさ、参加してくれるよね」
「サムまで何言ってんだ! そりゃ、ちょっとは楽しみにしてたけど……。それは、キャスに人間界の知識を伝授させてやろうと思って、だな」
プライドの高いディーンが、サムとボビーの前で素直に認めるとは思っていなかった。それにいくら口で誤魔化そうとしても、真っ赤に染まった耳と首が、疎い天使に真実を教えてくれる。移動手段として呼ばれたのはカモフラージュで、本当の目的は三人が語った通りだ。
「ありがとう、ディーン。とても嬉しい」
確かに、愛しい者と過ごすのに理由などいらない。テーブルの下でそっとディーンの手を握ったカスティエルは、前に座ったサムとボビーに視線を固定する。
「それに、サムとボビーも。今夜は、忘れられない夜になりそうだ」
賑やかな雰囲気が四人を包み、弾んだ声はまるで音楽のように流れて行く。誰もが楽しそうな笑顔を浮かべ、カスティエルは居心地の良さから眸を細めた。
「キャス、このハンバーガー結構美味いぞ。冷める前に食えよ。チーズが溶けてる内がベストだ」
「ああ、ありがとうディーン。やはり、君と食べるハンバーガーは絶品だ」
「二人共、肉ばっかりだと胃にもたれるよ。キャスは野菜平気だよね? サラダも食べなよ。僕のサンドイッチも、トマトとレタスたっぷりで美味しいよ」
「確かに、それも美味しそうだ。ハンバーガーの後に頂こう」
「だろう? ディーンも食べたら?」
「草なんか食い物じゃないだろ。それより、ボビーの作ったローストビーフ最高! お前らも食えよ」
「おっと、酒がなくなったな。飲むペースが早すぎるんだ、バカタレ共が」
サムの提案に嫌そうな顔をするディーンと、仕返しなのか更に肉を足されたサム。ぶつぶつと文句を言いながらも、新しい酒を取りに行くボビー。誰もが笑顔を浮かべている。
温かい料理も、アルコール度の高い酒も、甘いパイやケーキも、全てがこの場にいる者に幸せを齎す。途切れない声に耳を傾けながら、カスティエルは楽しそうな三人の顔を見つめ続けた。
END
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