firstmemory
狩りの手伝いを申し出た天使を、頭から靴の先まで満遍なく眺めてみる。セットされてない黒髪は少しだけ乱れているが、まぁ……怪しまれたりするレベルじゃない。辛気臭いまでに硬い表情も、FBIなんて堅苦しい仕事には丁度いいかもな。
「着いてくるのはいいが、前みたいなのは勘弁しろよ? 余計な事は喋らない。変な行動もしない。OK?」
「解った。善処しよう」
真面目な顔で頷いたキャスは、珍しくやる気があるように見えた。緩んで曲がったネクタイを締め直してやれば、それだけでも印象が変わる。
でも、何か違うんだよな。仕事に疲れた税理士には見えても、コイツを見て警察関係者だと納得するのは難しい。どう贔屓目に見ても、だ。
「キャス、そのトレンチコート脱げ」
「……何故?」
「いいから。……ん、やっぱりな。トレンチコート着てない方がまだマシだ」
不思議がるキャスを無視して、半ば強引にトレンチコートを剥ぎ取る。スーツだけになったキャスをもう一度眺め、俺は自分の直感の鋭さに感心した。思った通り、トレンチコートを脱いだだけで全然違う。
マシになったけど、スゲェ違和感!
草臥れた雰囲気が薄れて、仕事が出来る大人の男オーラがーー。
「出てないな。にしても、トレンチコート着てないキャスってある意味レアだよな。何か、新鮮っていうか」
「服を脱いだだけで何か変わるのか?」
「そりゃあ変わるだろ。俺みたいなイイ男にはあんまり関係ないけどな。女の子にモテるには、身嗜みは大事だぜ?」
別にトレンチコートがダサいとか、そんな話じゃない。俺には負けるけど、ジミーだって中々のハンサムだ。せっかく元がいいのに、容姿に無頓着ってのは勿体ないだろ。
それを説明しても、キャスは首を傾げるだけだった。理解する気があるのか、それとも無いのか。曖昧な反応に、俺の方が首を傾げたくなる。仮にも自分の器なんだから、もう少し関心を持ってもいいだろうに。
ジミーの名誉を守るためにも、今後は俺がキャスの服装に気を配ってやろう。
「難しい話だな。私にとって、女性の評価は何の意味もない。重要なのは女性ではなく、君の評価だ」
髭も剃ったら表立って女に騒がれそうだなと、無精髭の生えた頬や顎を触っていた俺は、キャスの言葉に手を止めた。
俺の身体って、ゼンマイ仕掛けだったか?
一瞬とはいえ、そんなバカな事を考えるくらいインパクトのある台詞だった。ぎこちなく視線を動かすと、真面目な顔をしたキャスが俺を見つめている。
「俺の評価が大事なのか?」
「そうだ。君が服装を変えろと言うなら、その言葉に従おう。トレンチコートを着ていない方がいいのなら、ずっとこのままでいる。私は君に好かれたい」
「す、好かれたいって。ちょ、近い!」
顔を触っていた手をキャスも優しく握られ、背筋にぞわっと痺れが走った。
寒気じゃない正体不明の痺れは、じりじりと俺の体温を上げていく。離れろと怒鳴ろうとした声も、キャスの真っ直ぐな眸に負ける。
前々から思ってたんだが、こいつの友情表現は強烈すぎないか?
あんまりにも歯の浮く台詞ばっかり吐きやがるから、口説かれてるんじゃないかって勘違いしそうになる。いや、違う。勘違いじゃなくて、誤解だ誤解。
女より俺の方が重要って……流石におかしい、よな?いや、俺が知らないだけで、友達ってこれが普通なのか?
「私はディーンが好きだ。君は私に好かれても迷惑かもしれないが」
出口を探して迷路に入り込んだ俺を、キャスは容赦なく追いかけて来る。握られていた手が離されると、失った温もりと一緒にキャスが遠くに行くような気がした。普段は何考えてるかわかんねぇ奴なのに、こんな時ばっかり感情出しやがって。キャスはあからさまに落ち込んでる。
ど、どうしたらいい? まだ話の通じない奴だけど、キャスは俺の大事な友達だ。それを伝えればいいのか? どうやって?
改まって『俺も好きだぞ』なんて絶対に言えない。それじゃ告白してるみたいじゃないか。でもこのまま黙ってると、キャスは絶対悪い方に誤解する。
「……俺も、お前のことは嫌いじゃない」
「嫌いではない? それは、好きでも嫌いでもないという事か?」
「じ、自分で考えろ。あ、またネクタイ歪んでるぞ。ったく、手のかかる奴だ」
強引に話をぶった切った俺は、キャスが無意識に緩めたネクタイに手を伸ばす。回りくどい言い方でも、かなり恥ずかしい。キャスが理解出来るか不安だが、これ以上は俺が限界だ。恥ずかしさで爆発する。
ネクタイを解いたのはいいが、指が急に反抗期になって上手く結べない。ちょっと時間を費やして結び終わったのと殆ど同時に、大きな咳払いが部屋に響いた。
突然の音に肩が大きく跳ね、弾かれるように向けた視線の先にはーー。
「……ねぇ、僕はいつまで二人の新婚夫婦みたいなやり取りを見てればいいの?」
「サ、サムっ!?」
背後に黒いオーラを燻らせ、腕を組んでドアの前に仁王立ちしているサムがいた。本気で怒っている弟を前に、俺は漸く自分の置かれていた状況を思い出す。
「僕の存在も忘れて、完全に二人の世界に入ってたみたいだね。何が『嫌いじゃない』だよ。普通に好きって言わないのが、逆に怪しいって何で気付かないのかな?」
「二人の世界なんかじゃない! あれは……そう、哲学だ哲学! 哲学の話をしてたんだ! そうだよな、キャス?」
サムの冷ややかな視線が痛いし、怖すぎる。俺の弟はこんなに冷たい目をする子じゃなかったのに。同意を求めようと、握っていたキャスのネクタイを軽く揺する。距離が近い気もしたが、それは後回しだ。
「逆に怪しいとは、どういう意味だ? 先程のディーンの言葉には別の意味があると? サムの言葉も難解だ。ディーン、君はどう思う?」
「よし解った! 俺が悪かった! ちょっと、お前黙ってろ!」
こいつに喋らせるとロクなことがない。キャスの口を右手で塞ぎ、頭だけを動かしてサムがを見る。
「とにかく、僕は先に車に行ってるから。兄貴はキャスとゆっくり来なよ」
「ちょ、待てサム!」
こんな微妙な空気の中に、大切な兄貴を放置するつもりか。俺の声に生温い視線を返したサムは、躊躇いなくドアの向こう側へと消えてしまった。
残ったのは俺とキャスと、ベッドに投げられたトレンチコートだけ。ガックリと肩を落とした俺は、物言いたげな雰囲気の部屋から飛び出した。キャスの腕を握って。
「あ〜……キャス?」
「何だ、ディーン?」
俺の少し後ろを歩くキャスの低い声が、背中にポンと当たる。その声はまだ少し暗くて、俺に一時の気の迷いを誘った。
顔を見なければ、顔を見られなければ、言えるかもしれない。何があっても振り返らないと誓った俺は、鼓動の赴くままに言葉を作った。
「俺は、好きだぞ。トレンチコート着てるお前の方が」
我ながら、意地っ張りだと思う。
でも、今の俺に言えるのはこれだけだ。
すぐ後ろから聞こえた嬉しそうな『ありがとう』にも、絶対に振り返ったりしない。確かめなくても解るくらいに、俺の顔は真っ赤になっているから。
END
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