SUPERNATURAL


Happy trap[m/je]


 ドラマの撮影が始まった事により、ジェンセンはハードスケジュールに追われていた。僕もそれなりに忙しいけど、主役格の彼等とは比べ物にならない。

 ジェンセンと一緒に仕事が出来るのは勿論嬉しいけど、恋人としては正直複雑だったりする。毎回の事とはいえ、擦れ違いの日々を送る事を余儀無くされているからね。

 でも、こうやって頻繁に顔を見れるだけまだマシかな。でなければ我慢強い部類に入る僕でも、ジェンセン不足で発狂してる。

 これは最早、病気だ。
 しかも、不治の病。
 世界中の名医も「手遅れだ」と匙を投げるぐらい、彼は僕の人生に影響を齎している。

 情けないけど、今の僕はジェンセンが居ないと生きていけないんだ。

 それぐらい、彼を愛してる。

 そんなの僕の想い人は、スタッフと打ち合わせの真っ最中だ。真剣な表情で、スタッフの言葉に耳を傾けている。

 相槌を打ったり、首を傾げたり。
 それは何の変哲もない仕種だ。
 だけどジェンセンがするとキュートで、ついつい頬が緩んでしまう。ディーンの時に醸し出す妖艶な色気も、オフで見せる癒しオーラ満載な彼も、どうしようもなく好きだ。

 今すぐ抱き締めて、キスしたい。
 僕の名前を呼んで、笑顔を見せて欲しい。
 ジェンセンの体温と匂いを満喫したい。

 欲っていうのは、本当に厄介だね。
 一つを欲しがれば、後は芋づる式だ。
 ジェンセンの全てが欲しくて、第三者の目も気にせずに襲ってしまいたくなる。

 そんな訳で、僕の中は常に戦争状態だ。
 どろっどろの欲望と鉄壁の理性が、お互いの陣地を侵略しようと、激しいバトルを展開していたりする。
 今回はどっちが勝つかな?

 どこか他人事のように考えている間に、話が終わったらしい。攫うなら、今が狙い目だね。
 スタッフから離れたジェンセンに向かって歩いていると、直ぐに僕に気付いてくれた。
 翡翠色の大きな瞳と、視線が衝突する。
 うん、今日もとびっきり可愛い。

「ミーシャ」

 ピアノの鍵盤を叩いたように、低く張りのある声が僕の名前を呼ぶ。いつもに比べると少し高く弾んだ声は、喜びを意味する。
 これは、都合よく解釈してもいいのかな?
 僕に会えて、嬉しいんだって。

「お疲れ、ジェンセン」

「ミーシャこそお疲れ。今から休憩か?」

 堪らずにハグして歓迎すると、ジェンセンは照れ臭そうにしながら、ちゃんと応じてくれた。服越しの体温に、細胞が歓喜で目覚める。

「ミ、ミーシャ……!?」

 首筋に顔を埋めて、僕は思いっきりジェンセンの匂いを嗅いだ。
 どさくさに紛れて、頸動脈に噛み付く。

「やっ……!」

 勿論、甘噛み程度だよ。
 それでもジェンセンには結構な刺激だったみたいで、ビクッと跳ねた肩が僕の頬を軽く突いた。思わず漏れた声の可愛さに、軍配が欲望へと大きく傾く。

 ――これは、マズイ。

 僕の方から彼を優しく引き離し、肩を掴んだままにっこりと笑って見せる。ジェンセンは真っ赤な顔をして、甘噛みされた所を押さえていた。
 ぷるんとした魅惑的な唇とキスしたい衝動を堪えて、紳士的に振る舞う。

「ジェンセンを攫いに来た。いいかな?」

「え? あ、その……」

「君と一緒に過ごしたいんだ。嫌かい?」

 真面目な表情で見つめれば、ジェンセンは言葉に詰まった後に頭を横に振った。

「嫌じゃない。嬉しいよ、ミーシャ」

 朝霧の中でゆっくりと息吹く花のように、慎ましい微笑みで僕を魅了する。たったそれだけの事で、鎖となって巻き付いていた疲れが霧散してしまう。
 本当に凄い人間だよ、ジェンセンは。

「ジェン、早く二人っきりになりたい」

 耳元で甘く囁けば、ジェンセンは真っ赤になりながら、僕を引っ張って歩き出す。
 向かう先は、彼のトレーラーかな?




* * *

 一緒に過ごせなかった寂しさを埋めようと、僕達はお互いを必死で求め合った。
 ジェンセンとの時間は、何にも代え難い価値がある。一秒だって、無駄に出来ない。
 トレーラーに入った瞬間にジェンセンを抱き寄せ、濃厚なキスを仕掛けた。
 ちょっと強引かなとは思ったけど、僕の我慢も限界だったからね。

「ん、ぅ…ミー、シャ…」

 背中に回ったジェンセンの手がしっかりと僕の服を掴み、苦しそうな息を吐く。肉厚な唇の弾力を楽しみながら、わざと音を立てて舌を絡める。
 引き締まったジェンセンの身体が、僕の腕の中でビクビクと震えていた。
 多分、息苦しいんだろうね。
 それでも一生懸命応えてくれるジェンセンが可愛くて、どうしても歯止めが効かない。

「んっ…は、ぁ…っ」

 付け睫だと言われても違和感のないボリューム満点の睫毛が、うっすらと濡れている。その下に大事に隠されていた瞳は、蜂蜜でコーティングされたように潤んでいた。

 これが確信犯ならお仕置きとかも出来るんだけど、無意識で煽るんだからどうしようも無いね。

「はっ…はぁっ…ごめ、ミー…シャ」

 糸を引いて離れた唇を見送ると、ジェンセンが力なく身体を預けてきた。それなりに鍛えてるから、受け止めるのは簡単だよ。

 背中を優しく擦ってあげながら、ソファへと誘導する。ジェンセンは疑う事なく従ってくれたけど、ここまで素直だと逆に心配になってしまう。
 信頼してくれてる証なんだろうけどね。

「僕の方こそごめん。苦しかっただろ。大丈夫かい?」

「大丈夫…って、あ、の…ミーシャ?」

 少し落ち着きを取り戻したジェンセンだけど、問いかける声には戸惑いが色濃く残っていた。僕から顔を隠すように俯き、必死で状況を理解しようとしている。

 彼が困惑している原因は、僕達の体勢。
 確かに僕は、ジェンをソファに誘導した。
 でも、普通に座っている訳じゃない。
 意地悪したい訳じゃないけど、慌てるジェンセンが可愛いから知らん顔をする。

「どうしたんだい、ジェンセン?」

「ぅあっ!」

 うっすらと色付いた耳朶を唇で柔らかく食み、ジェンセンのお腹に手を回す。日に焼けた首筋に舌を滑らせ、髪の生え際まで駆け上がらせる。ジェンセンの手が、お腹に回った僕の手を強く掴んだ。

「やぁ…っ! ミーシャ…待…って…」

 もう解ると思うけど、彼は僕の足の間に腰を下ろしている。つまり、ジェンセンを後ろから抱き締めてるって事だよ。

「ジェンセンは僕に触られるのは嫌?」

「違っ、でも…っ。まだ撮影が…ぁっ」

「少しでいいんだ、君に触れたい。最後までしたりはしないから。駄目かい?」

 これは、本心だ。
 お互いにまだ撮影が控えてるし、ジェンセンを抱く事は最初から考えていない。
 だけど、触れたいんだ。

「そ、の言い方は…狡い」

「解ってる。でも、僕も必死なんだ」

 痕を付けないように気を配りながら、許しを得る為に何度も首筋にキスを落とす。
 真っ白な紙に赤いインクを一滴垂らしたように、ジェンセンの首や耳がじわじわと朱色に染まる。
 見えないけど、きっとジェンセンの顔を同じようになってるんだろうね。

 大きな瞳を潤ませて、ぷっくりした唇を尖らせてるんじゃないかな?
是非とも拝みたいけど、それじゃあ苦肉の策としてこの体勢を選んだ意味がなくなる。
 でも、意外とジェンセンのガードが固い。
 仕方なく、僕は奥の手を出す事にした。

「――ジェンセン」

 意識して低い声を出し、名前だけを紡ぐ。
 たったこれだけの事で、ジェンセンは大体の事に応じてくれるんだ。
 きっと今回も応じてくれる。

「ミーシャ…俺…」

 恐る恐る振り向いたジェンセンの顔は、僕の予想と違っていた。下睫毛に支えられた涙は今にも決壊しそうで、チェリーのように瑞々しい唇が酷く悩ましい。
 震える吐息が顔にかかれば、蒸れた呼気に目眩が起こりそうだ。

「責任…取ってくれるよな…?」

 キュッと唇を引き締めたジェンセンは、僕の頬に柔らかく手を添えてきた。じんわりと汗を帯びた掌から、相手の緊張が伝わる。

「…………ジェン?」

 声が少し掠れていたのは、きっと気の所為じゃない。ジェンセンは僕の手を取り、自らシャツの中へと導いた。その指先の震えから、照れ屋な彼が如何に勇気を振り絞ったのかが解る。
 よく頑張ったねと褒めてあげたいけど、ジェンセンの勇気はまだ続いていた。

「中途半端は…嫌だ。するなら、その…最後まで、シたい」

 愛らしさと妖艶さを共存させるなんて、こんな強烈なコンボに耐えきれる筈が無い。
 それにジェンセンからのお誘いなんて、20回の内に1回有るか無いかだ。

どろっどろの欲望と、鉄壁の理性。
今回の勝者は――言うまでもないよね?



END

 


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