poison trap[神キャス/ディーン]
新たなる神が、人の世に降臨した。
忠誠を誓う者には、約束された平穏を。
逆らう者には、無慈悲なる鉄槌を。
新しい神は絶対的な力を駆使して、汚れた世界に革命を起こそうとしていた。
大事を為すためには、犠牲が出るのも已む無し。テレビやラジオから伝播するのは、残虐な行為をも厭わない神の全貌。
気性の荒い神を前に、人々は畏服するしかなかった。
* * *
神佑により、不浄な空間から隔離された森がある。此所は、神がペットの為だけに造り出した特殊空間。
無数に生え並んだ木々は幾つもの枝を育て、子供である葉に惜しみ無い栄養を与えていた。育ちの良い葉は瑞々しく光沢があり、まるで造花のように生き生きとしている。
クロード・モネの描いた睡蓮を実体化させたように、何処か現実離れした池に燦々と太陽が降り注ぐ。その池の近くには、新築と思わしき家が一軒だけ建っていた。
世間から切り離した効果もあり、吹き抜ける風は濁りがない。自然本来の爽やかな香りさえする。
何もかもが完全無比。
狂気さえ匂わせる美しさ。それらは全てペットが少しでも快適に過ごせるようにと、神の慈愛に満ちた配慮の賜だった。
神は非常に多忙である。
だが職務に忙殺される毎日の中でも、ペットの為に貴重な時間を割く事も忘れない。今日もこの場所に訪れていた。
赤い天鵞絨貼りの椅子に腰を落ち着けた神は、冷酷な眸で足下に座る男性を眺めている。
「何時までそうしているつもりだ?」
今日は機嫌が優れない様子で、淡々と紡がれた言葉の節々に刺が目立った。俯いたままだった男性に手を伸ばし、顎を掴んで強制的に視線を合わせる。
非常に美しい男性が、其所にいた。
「痛ッ……少しは手加減しろよ。顎の骨が砕けたらどうしてくれんだ」
ダークブロンドの短髪に、ブリリアントカットされた宝石に勝る翡翠の瞳。一本筋の通った形の良い鼻に、ぷっくりとした可愛らしいアヒル口。シャープな顔のラインも、彫刻のように整っている。
真なる美しさは性別を超越するのだと、彼を見れば実感出来る美貌だった。
神の寵愛を受けるには相応しい。
「その時は寸分狂わずに復元してやる。何も心配する必要はない」
「俺は人形かよ。取り外し可能なパーツみたいに言うんじゃねぇ」
「人形ではなくペットだ。それよりも、実行する気はあるのか。それだけを答えろ」
悔しそうに下唇を噛んだ男性は、ヘイゼルグリーンの瞳で神を睨み上げた。
この男性こそが、神のペットである。
憎しみや怒りを多大に含んだ表情には、神を敬う気など微塵も感じさせない。
それは反逆と見なされる態度であり、極刑に価する罪だ。神の機嫌が更に下降し、見える筈のない空間に亀裂が入る。
「また痛い目に合いたいか?」
神は蒼い眸を炯炯と輝かせ、口の端に緩やかな弧を描いた。臓物が擂り潰されるような圧力を背負いながら、男性は不遜な態度で反抗を続ける。
「神様には俺がマゾに見えんのか? 痛いのは大っ嫌いだ。アンタの次にな」
蛇に睨まれた蛙状態でありながら、男性は挑発的な姿勢を崩さなかった。
薄っぺらな虚勢なのは、本人が一番良く知っている。唇の僅かな震えが示すのは、恐怖以外の何物でもないだろう。
「…………何、笑ってんだよ」
今度こそ死刑執行かと思われたが、神の機嫌は損なわれていなかった。三日月の先端のように吊り上げられた口元が、神の機嫌の良さを物語っている。
「必死で強がる姿が可愛らしいと思っただけだ。やはり、ペットと過ごすのはいい」
「クソ野郎が。口を開けば馬鹿の一つ覚えみたいにペットを連呼しやがって」
男性のせめてもの抵抗は、神の目にはいじらしく映ったのだろう。穏やかな目付きなのが、神の狂気性を引き立てている。
「口の悪さはまだまだ躾が必要だな。それはまた、別の機会に教え込むとしよう。残念だが、時間切れだ」
顔から表情を消した神は、男性に軽い口付けを施してから立ち上がった。見下ろされた男性は、目を大きく見開いて両手を伸ばす。
選択肢など、最初から存在しない。
どんな無理難題であろうと、男性は無条件で従うしかないのだ。それでも抵抗してしまうのは、最後のプライドなのだろう。
「ま、待て……っ!? 待って、くれ……っ」
最初の勢いは強く、語尾は弱々しく。離れようとした神を両腕で引き止めた男性は、負けを確信した顔で問い掛けた。
《彼》には、大切な役目がある。
例えペットと不名誉な呼称で呼ばれ、口に出すのも憚る屈辱を受けようと、耐え続けるだけの理由があるのだ。
再び椅子に座った神を見上げながら、男性は言いたくもない言葉を絞り出す。
「……アンタを楽しませれば、今日は何処にも行かない。この家から一歩も出ない。その約束、必ず守るんだな?」
「何時もの事ながら、独占欲が強いな。私を束縛したい気持ちも、理解出来る。可愛いペットからの頼みだ。承諾しよう」
「どんな思考回路を持ってたら、そんなぶっ飛んだ解釈が出来るんだよ。いいか、絶対にまもれよっ!!」
傲然とした神に暴言を吐き捨てた男性は、憤慨しながら神のフロントを寛げる。嫌がっている態度とは違い、スムーズな手付きが慣れているのを証明していた。
神に強制され、重ねた褥は数知れず。
「……もし破ったら、お前の大事なコレ噛み千切ってやるからな!!」
下着から取り出した神の性器に顔を寄せた男性は、先端部分を躊躇いなく口に含んだ。独特の匂いに眉を寄せ、生理的な嫌悪感から瞳に薄い膜が生じる。
「んっ、ん……ぐ、ぅ……っ」
神から男性の美しい顔は見えなくなり、様子を知る為の判断要素は限られた物になった。苦しそうな息遣いと、背徳感を誘う淫猥な音。
聴覚だけでも満悦気分は味わえるが、やはり美しい顔を見れないのは物足りない。
緩やかに顎を捉えて顔を上げさせると、対峙した翡翠の瞳は怒りとは別の種火を擽らせていた。
「大分従順になったな。漸く私のペットとして自覚が出てきたようだ。その姿勢は評価してやろう」
頬を優しく撫でた神が続行を指示すると、男性は舌全体を性器に押し付けて、根元から裏筋まで透明な道を描く。ざらついた突起の感触がお気に召したのか、神の性器は瞬く間に剛直な雄に変貌した。
「躾の成果が出てきたな。いい子だ」
「はっ、ふ……んん……っ。んぐ、ぅ……っ」
口に含めない部分は手で擦り、男性は血管の浮いた性器を一心不乱に舐め続ける。舌先に広がる苦味で、大量に分泌される唾液。頭を前後に動かす度に響く卑猥な音に、鼓膜を破りたくなった。
プライドが瓦解する恥辱。
先走りを舐めとっては喉の奥に流し、吐き気すらする行為に没頭する。口中にある性器の張り詰め具合から、神の限界が近いのは解っていた。
この調子なら、神が口約を破棄したりはしないだろう。男性の役目は、一秒でも長く神を此処に止まらせる事。そうすれば、一人でも多くの人間を救える。
「……出すぞ、ディーン」
「んっぐ、ぅんんっ!!」
神の擦れた声を合図に、男性の喉奥に大量の精液が叩き付けられた。対処法を覚えた食道は、粘着性な液に手こずりながらも嚥下していく。流し込まれた精液がもし毒ならば、楽になれたのだろう。
これから始まるのは、戦慄の時間。
現実逃避さえ許されない呪縛に、男性は無意識の内に一粒の涙を落とした。
END
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