SUPERNATURAL


I want you



 天使からの告白を受けて二ヶ月。
 カスティエルとの仲は良好で、ディーンにとっては不名誉な事に清い関係のままだった。
 かと言って、全く進展が無い訳でもない。
 二人きりの時は必ずディーンに触れ、天使は欲望を吐露してくれる。

 手を繋ぎたい。
 抱き締めたい。
 キスをしたい。

 静しかなかったカスティエルの眸は、何時しか身を焦がす程の熱を浮かべるようになった。外見に対する賛辞に慣れているディーンでさえ、真摯な眼差しで告げられる言葉の数々には赤面せざるを得ない。

 今日もお決まりの方法で出現したカスティエルは、部屋にサムが居ない事を確認すると、ディーンを両腕の中へと閉じ込めた。

「う、お…っ!?」

 器は普通の人間でも、中身は腐っても天使。
 カスティエルはきっと軽く抱き着いたつもりだろうが、死角からクマやトラの猛獣にタックルを喰らったような衝撃だった。踏み止まる事が出来ずに、後ろにあったベッドに二人して倒れ込む。

「会いたかった、ディーン。君に会えない日々は、とても長く感じてしまう」

「オーバーな奴だな。最後に会ってから、まだ三日しか過ぎてないだろ」

「ディーン、それは違う。まだ三日ではなく、三日も会えなかったんだ。君が恋しくて仕方ない」

 首筋に顔を寄せて甘える仕草を見せたカスティエルに、笑って肩を竦める。宥めるように天使の背中を撫でてやれば、湿った吐息と熱い唇がディーンの頸動脈を掠めた。
 三日振りに感じる天使の体温に、安上がりになってしまった心臓が逸早く反応を返す。
 ディーンは確かに一夜の経験は豊富だが、世俗的に純愛のカテゴリーに含まれるお付き合いは極稀だった。カスティエルから投げられる好意は何時だって直球で、ディーンの心を左右する。

「サムが帰って来るまでの間でいい。どうか君を独占させてくれ。何もかも、君が足りないんだ」

 出逢った頃は用意されていた台詞を読むように、抑揚の無かった天使の声。それが今では、こんなにも甘く優しい調べを奏でる。
 そしてそれは自惚れではなく、ディーンにだけ見せる変化だった。

「ったく、仕方ねぇな。まぁ、俺もお前の顔が見れて安心した。だから、その何だ……特別に許可してやる」

「ありがとう、ディーン」

 本当はオーバーでも何でもない。
 カスティエルに会えなかった三日は、ディーンにも大きな苦痛を与えていた。
 連絡のない画面を見ては落胆し、携帯電話を握り締めて切ない気持ちになったのは、天使には内緒にしておく。飽く迄も男らしさに拘るディーンは、自分に花も恥じらう乙女の一面があるなど認める訳にはいかなかった。

 それに恋愛は余裕のある方が勝ちだと、昔から相場が決まっている。しかも恋人は、ハグや触れるだけのキスで満足する恋愛ビギナーだ。
 となれば、兄貴肌である自分がリードしなければならない。出所不明の使命感に焚き付けられてしまったディーンは、常に余裕を持ってカスティエルに接してきた。

「君の体温と香りは最低限の補充が出来た。だが、それだけでは足りない。ディーン、キスをしてもいいだろうか?」

 広い額や弾力のある頬に次々とキスを落としながら、カスティエルが上辺だけの問い掛けをしてくる。このやり取りも、今では随分と慣れてしまった。語尾には疑問符を匂わせておきながら、断られるなど微塵も想定していない表情が憎らしい。

「お前、呆れるくらいキス好きだよな。天使を虜にさせる程、俺の唇は魅力的か?」

 ディーンはカスティエルの背中に回していた右手を前方へと移動させ、キスの雨を降らしていた唇に人差し指を這わせる。手入れも何もされていない乾燥した唇の感触に、ゾクゾクとした痺れが走った。

「ああ、とても魅力的だ。一度触れてしまえば、もう二度と忘れる事は出来ない。君達の世界にある物で例えるならば、そう……麻薬のような効果がある」

 うっとりと眸を細めた天使はディーンの右手首を優しく握り、キスを中断させていた指先を静かに食む。第一関節までがカスティエルの口腔に含まれ、隙間から見えた舌が妖しげに濡れて光っていた。
 伏し目がちな蒼い眸からは、普段の天然な天使からは想像の付かないような、凄絶な色気が放たれている。

「んっ…キャ、ス…!」

「ディーン、キスをしても?」

 問い掛けには言葉で答えず、態度で示す。
 大人しく目蓋を閉じたのは、単純に眼球が疲れたからだ。何も自分からキスを強請っているのではないと、ディーンは心の中で必死に言い訳を続ける。

「ぅん…っ、ふ…」

 羽根が掠めるように、カスティエルの唇が重力を感じさせずに重なった。絶妙な力加減で啄まれ、何度も角度を変えて唇が触れる。

「ん、んっ…ふぅっ…」

 溢れる呼気さえも逃すまいと、隙間なく重なる口付けは多少息苦しい。擦れ合わせたり啄むだけの稚拙なキスはもどかしく、それでいて愛しくて胸が張り裂けそうになる。
 堪らずにカスティエルの背中に両腕を回したディーンは、草臥れたコートの皺を増やすように縋りついた。

「は、ぁっ、キャ…ス…ッ!」

「ディーン…ッ!」

 欲に濡れた声で名前を呼んだ天使が、肺が潰れるのではないかと心配になる程の力で抱き締め返してくれる。長いキスから解放された時にはディーンの呼吸は乱れ、視界はぼんやりと滲んでいた。涼しい顔で見下ろすカスティエルの呼吸は、不公平なぐらいに落ち着いている。

「す、少しは、呼吸させろ…っ。キャス、俺を窒息死させるつもりか?」

「そんな事はしない。ただ、しおらしい君がとても可愛らしくて、歯止めが効かなかったんだ。すまないディーン」

「……お前、謝る気あるのか?」

「君は何時だって美しいが、頬を朱に染め潤んだ瞳で見つめられると、どうしても自制が効かなくなる。君は本当に罪深い人間だ」

「聞けよ、俺の話」

 脱力しかけた腕を持ち上げたディーンは、歯の浮く台詞を紡ぐ天使の口を掌で隠した。
 普段は言葉が足りない癖に、何故こんなときには単語がポンポンと浮かぶのか。
 そこで、ディーンは一つの仮説を立てた。
 それはカスティエルの脳内に『世界で通用する気障な言葉100選』なる辞典が存在するという事だ。でなければ、このボキャブラリーの多彩さは説明が付かない。

「それで? これからどうするつもりだ?」

 盛大な溜め息で緊張を誤魔化したディーンは、手を退かしてカスティエルの唇に視線を固定する。
 気障な台詞や外見への賛辞も決して嫌いではないが、他に言うべき言葉がある筈だ。

「どうするとは?」

「だから、キスで終わりなのかって聞いてんだよ。言ってる意味解るだろ?」

 首を傾げて考え込むカスティエルの反応に、期待が不安で塗り替えられていく。鈍感な天使でも理解出来るような言葉を選んだつもりだったが、失敗に終わってしまった。

 純粋なのは大変結構だが、ディーンは子守りをしている訳ではない。セックスの有無で愛情に差があるとは思っていないが、全く求められないのは大問題だろう。
 清らかな交際は、もう充分に楽しんだ。
 カスティエルの童貞卒業の為にも、そろそろ次のステップに進むべきだろう。ディーンの欲求不満も、限界値を突破している。
 言うべき台詞は、何度も練習した。
 直球には直球で勝負するしかない。

「どうしたんだ、ディーン? 顔が赤いままだ。何処か具合でも悪いのか?」

「い、いや大丈夫だ」

 だが、いざ流麗な蒼い眸と対峙すると、簡単な言葉が喉で詰まってしまう。この眸が原因で、二月の間に何度も匙を投げてきた。
 けれども、今日は退くわけにはいかない。
 カスティエルにその気がないのなら、強制的に欲望を引き出してしまえばいいのだ。
 それこそ、ディーンの得意分野でもある。
 善は急げと、覆い被さっていたカスティエルの下半身に手を伸ばし、何の熱も持っていない部分を掌で包むようにして握り込む。

「ディーン……?」

 蒼い眸が、驚きの色を浮かべた。
構わずに少しだけ指を動かし、快楽を引き出そうと試みる。手持ち無沙汰だった右手でネクタイを掴んで引き寄せれば、カスティエルは抵抗なく身体を屈めた。状況の変化に追い付けず、天使は落ち着きなく視線を彷徨わせてる。

「嫌か?」

 だから、気付いていないのだろう。
 ディーンの余裕を匂わせた笑顔がぎこちない事も、ズボン越しに触れている指先が、極度の緊張で僅かに震えている事も。
 首を横に振ったカスティエルは、漸くディーンに照準を合わせた。ネクタイを掴んでいた手は指を絡めて握られ、シーツに縫い付けられる。

「嫌ではないが、その……困惑はしている」

 嫌悪感がないと言う事は、第一関門は突破したも同然だ。外に出たがっている緊張を奥の方へと押し込み、第二関門の突破を目指す。
 緊張に満ちた雰囲気を改善するべく、ディーンは艶かしい色気を出してカスティエルを誘惑する。

「なぁ、キャス。お前が望むなら、今晩童貞卒業させてやってもいい。どうする?」

「ディーン、それは……」

「なぁ、どうする?」

 早口に捲し立てれば、カスティエルは再び困ったような難しい顔になる。重なった掌がじんわりと湿り気を帯びているが、今のディーンにはその理由に気付く余裕がなかった。

 何をそんなに悩む必要があるのだろうか。
 難しい顔をして悩むほど、自分とセックスするのは苦痛なのだろうか。
 気の所為でなければ、カスティエルの表情は拒絶の言葉を探しているように見える。

「しかし、サムが帰って来るかもしれない」

「サムはボビーからの要請で、違う事件を追ってる。明日ボビーの家で落ち合う事になってるから、それまでアイツがこのモーテルに来る事は有り得ない」

 そう、今日こそ絶好の機会だ。
 此処には、カスティエルとディーンの関係を怪しむ弟の目は無い。邪魔が入る心配もなく、一線を越えるには条件が揃った最高の夜だ。
 これを逃したら、次の機会は早々にやって来ないだろう。なのにカスティエルは戸惑った表情を浮かべるだけで、手を繋ぐ以上の行動に移さない。繋がった手を強く握り返し、ディーンは翡翠の瞳を僅かに潤ませる。カスティエルがディーンの涙に弱いのは、リサーチ済みだ。
 男らしさは皆無だが、今だけは特別に許してもいいだろう。

「俺を抱くのは……嫌か?」

「嫌な訳がない! ただ、男同士のセックスは受け入れる側にとても負担がかかるらしいんだ。君を傷付けたくはない」

「じゃあ、ずっと俺を抱かないつもりか? 俺はお前になら、抱かれてもいいと思ってる」

 泣き落としが駄目なら、次は色仕掛けだ。
 カスティエルの下半身を弄っていた手でネクタイを緩め、ディーンは間近に迫った唇を舌先で舐める。これでも乗り気にならないのなら、最早打つ手無しだ。これ以上は自分からアクションを起こすべきではないと、ディーンは縋る思いでカスティエルの眸を見上げる。
 二人の間に沈黙が訪れた。天使の本心を聞き出す為なら、例え何十分でも何時間でも待つ。
 粘り強い構えに負けたのか、天使は意を決したようにディーンの肩を掴んだ。

「ディーン……君を抱きたいのだが、いいだろうか?」

 長い沈黙を破った天使の言葉に、積もり積もった灰色の不安が、一瞬でピンク色の喜びに塗り直される。
 その台詞を、どれだけ待っていたか。
 ディーンはカスティエルの後頭部に手を回して抱き寄せ、少しだけ癖のある髪に頬を寄せた。

「言うのが遅いんだよお前は。これだけ俺を待たせたんだ。ちゃんと満足させろよ?」

「善処する。すまなかった、ディーン」

「謝るより、他にする事があるだろ?」

 躊躇いがちにシャツの下に潜り込んできた手が、反応を確かめるようにディーンの脇腹を撫で胸元へと上がっていく。
 柔らかな口付けは、直ぐに欲を引き出す激しい物へと変わった。

 この時のディーンは知らない。
消極的だとばかり思っていたカスティエルの獰猛な一面を。二ヶ月の鬱憤を晴らすつもりだった初夜は乱れに乱れ、ディーンは翌日ベッドから起き上がる事が出来なかった。



END


- 26 -

*前次#


ページ: