SUPERNATURAL


世界を巻き込む恋をしよう[2014C/D]


 
 魔王ルシファーの復活。
 人類が歩むのは、滅亡へと続く道。
 此処はクローツが跋扈する終末の世界。
 ……でありながら、少し違う。ある喜劇の物語である。



 * * *

 この数日間考えに考え抜き、僕は遂に決意した。リーダーに告白する。玉砕は確定しているけど、今の僕に迷いはない。

 薬でイカれた頭で脳がパニックになるまで悩み、そして気付いたんだ。この悩む行為こそ、意味のない無駄な事なんだって。

 好きなんだから、仕方ない。

 相手が男で道徳に反するとか、この終末の世界で恋が報われる筈がないとか、そんなのは疾うに解ってる。だから全てを理解した上で、断言してやるさ。

 ――それがどうした、と。
 その程度で、ディーンを諦めたりなんて出来ない。何もかもが絶望に染まる世界で、彼だけが僕の目映い希望だ。人間に堕ちたドラッグ中毒の役立たずが、必死で生き抜くのは彼がいるから。

 開き直った僕の前じゃ、障害なんて路傍の石と同じだ。邪魔なら蹴り退かして、前に進めばいい。些細な事に躓いてたら、いつまでもリーダーに届かないだろう?

 吹っ切れた僕は、深夜会議後の彼を自分のキャビンに連れ込んだ。普段だったら、ここまでの強行手段は取らない。勢いって大事だね。
 僕の気迫に圧されて拉致されたリーダーは、解りやすく不機嫌な顔になってる。

「それで、用件は何だ? 大事な話があると言っていたが、俺の睡眠時間を奪う価値はある内容なんだろうな?」

「ある、と思いたいかな。少なくとも、下らない話じゃない。リーダーの、僕に対する評価は落ちるかもしれないけど」

 今でさえレッテルを貼られて、底辺のラインにいるんだ。天使だって頃に得ていた信頼と友情は、もう過去の産物でしかない。

 これ以上評価が落ちた所で、受けるダメージなんて高が知れてる。つまり後戻りの道も逃げ道も、必要ないんだ。

「お前の評価が落ちる? 馬鹿も休み休み言え。落下出来る場所にいると考えているのか?」

「そうだなぁ……嫌いと、どうでもいいの狭間ぐらいかな。どう、合ってる?」

「俺に答えを聞いてる時点で間違いだ。それに、的外れもいい所だな」

「あれ、それは残念だ。僕の評価ってそんなに下だったんだな。じゃあ遠慮なく、リーダーの度肝を抜いてあげるよ」

 格好つけたのはいいけど、本人を前にすると臆病風に吹かれてしまう。全く、腹立たしいぐらいに情けないな。

 酒か薬の力があれば、少しは緊張も紛れるんだろうけど。こんな大事な時にまでそんな物に頼る程、僕は愚か者じゃない。

「お前が改まる時は、大抵が録でもない内容だと決まっている。それで、今度は何をしでかした?」

 冬の冷気に匹敵する凍えた声で咎めながら、リーダーは僕を睨み付けてきた。その顔には、寝不足の象徴である隈が生息している。

「やだな。今回はまだ何もしてないよ」

「どうだかな。お前の基準で物事を判断していたら、埒が明かないだろう。さっさと本題に入れ」

 僕が最も好きだった、明るくて表情豊かなグリーンの瞳。それが今では、白けるくらい感情を宿さない。

 最後に激情に揺れたのを見たのも、記憶が埃塗れになるくらい前だ。肉付きの落ちてしまった頬も、笑わなくなった唇も、まるで別人のようで痛ましい。

 そんな彼をどうしようもなく愛しく思ってしまう僕は、変人なのだろうか。

「…………何の真似だ?」

「リーダーの存在確認だけど? 確かめないと、不安になるんだよね」

 感情表現が下手になったディーンの顔に手を伸ばし、見るからに乾燥した頬の皮膚を撫でる。想像していたより、ずっと、ささくれた肌だった。最後にこうして触れたのは、天使の力を失って数ヶ月後の夜。

 僕と君の関係に亀裂が入った、あの日。
 そして今日が、元天使と君のギリギリな友情に終止符が打たれる日だ。

「好きだよ、リーダー。まだ天使だった頃から、君が誰よりも好きだった。それは、今でも強まる一方だ」

 臆病風の撃退に成功した僕の口からは、驚く程に静かな声が風に乗った。何だ、告白なんて案外簡単じゃないか。用意していた台詞とは違うけど、目的は達成出来た。

「お前との付き合いは長い。嘘を吐いてるかどうかも、大体は判断が出来る。だから敢えて聞くぞ、正気か?」

「勿論、正気だよ。薬物中毒者の言葉なんて信じられないだろうけど、君が好きだ」

 向けられたのは、クローツの返り血で汚れた服を見るような、蔑んだ目。シミュレーション通りの反応に、僕は触れていた頬から指を離した。

 最初から、淡い期待なんて抱いてなかったさ。リーダーは今も昔も、根っからの女好きだからね。男に言い寄られるのは、生理的に受け入れられないだろう。殴られなかっただけ、僕はツイてる。

「お前の言い分は分かった。それで? これからどうしたいんだ? 告白しただけで満足なのか?」

 完全に諦めモードだっただけに、ディーンの返答は斜め上だった。久しぶりに見たよ、そんな顔。
 僕より長く君の側に居座る、眉間の皺が消えたのを。

「満足……とは言えないけど」

「なら、俺に言うべき言葉があるだろ」

 何をなんて、野暮な事は言わない。
 ディーンの顔と声が、茶化すのを許さない空気を醸し出している。僕のお調子者の喉は、一瞬で干上がってしまった。
 ちょっと待ってくれ。
 今の瞳の揺れはどういう意味だ。

 期待? 恐れ? 不安? 喜び?
 そのどれもが当て嵌まりそうで、何一つ違うような。僕の願望が見せた幻なのか?
 この際、幻覚でも構わないさ。
 悔いが残る選択しかしてこなかったけど、これだけは外したくない。ここで攻めなかったら、男じゃないだろ。

「ディーン、僕の恋人になってくれ」

「ああ、解った。なってやる」

 歯の一本や二本の犠牲を覚悟した決死の告白は、拍子抜けするぐらいあっさりと肯定された。

「……え? いいの!?」

「何度も聞くな。詳しい取り決めは明日でいいだろ。今日はもう休みたい。異論はあるか?」

「いや、ないけど……」

 状況が飲み込めない僕を置き去りに、ディーンが淡々と明日の予定を決めていく。目的は達成済みで、しかも念願が叶った。
 なのに、実感が湧かない。
 つまり、これは間違いなく夢だ。僕が望む都合のいい夢なら、もう少しサービス精神を持った方がいいね。
 胸焼け必至の甘い雰囲気とか、濃密なキスとか。有料でも、喜んで払うのに。

 愛しい恋人は名残惜しさの欠片も残さず、スタスタと入口に向かってしまう。

「…………キャス」

 僕が引き止めるより先に、ドアノブを握ったままでディーンが振り向いた。リーダーの特徴をしっかり掴んでるようで、嬉しいような悲しいような。

「うん? どうしたの、リーダー」

 この時の感動を、僕は一生忘れない。
 時間の流れさえ狂わせる強烈な一撃に、僕は言葉を失った。

「……言うのが遅い。待たせすぎだ」

 たった一言。
 どれだけ気持ちを込めても薄っぺらに聞こえる僕とは違い、ディーンの声は深く胸に突き刺さった。出ていく直前に見たのは、真っ赤に染まった耳。

 まさか、あのリーダーが照れてる?
 僕の告白で?
 それは、つまりディーンも……。

「ミスったなぁ。引き止めるべきだった」

 肝心な所で、僕はいつも引きが弱い。
 でもこれが夢か現実なのかは、明日になれば嫌でも分かる。とりあえず、今はこの幸せな余韻に浸っていたいんだ。


 


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