SUPERNATURAL


効果的な確かめ方


 
 とあるモーテルの一室。
 ラップトップで狩りの情報を収集しているサムと、鼻歌混じりにポルノ雑誌を捲るディーンを見つめる、天使カスティエルの三人が居た。

 不規則に叩かれるキーボードの音と、ディーンの鼻歌が室内に浮遊している。
 天使に至っては身動ぎ一つしないので、衣擦れの音すら聞こえない。
何とも異様な空気が20分程経過し、ディーンが27枚目の頁を捲った時だった。
 それまで壁際に立っていたカスティエルが、突如として行動を開始する。

 室内に響く足音は、大した歩数もかけずにディーンの横で止まった。許可を取らずに隣に腰を下ろせば、カスティエルの重みでベッドが更に沈む。

 天使の奇行に免疫がついた今では、肩が触れる距離にも違和を抱く事は少なくなっていた。相手が何らかのアクションを起こさない限り、無視すればいい。
 それを熟知しているディーンは、唇を一舐めしてから次の頁を捲る。

 一度も顔を上げなかった彼は、カスティエルの眸が妖しい色を湛えている事に気付いていない。

「ディーン」

「あ? 何だよ?」

 肩に手を置かれたディーンは、仕方なく雑誌から顔を上げてカスティエルを見た。憩いの時間を邪魔されたその顔は、解りやすく不機嫌になっている。

 サムも情報収集に熱が入ってきたのか、会話に入って来る気配はない。

「お前もしかして、これ読みたいのか?童貞には刺激が強いかもしれねぇぞ」

 挑発的な笑みを浮かべて揶揄すると、カスティエルは少しばかり首を傾げた。
 ディーンが開いていた頁に視線を落とせば、巨乳のグラマラスな女性が全裸でベッドに横たわっている。

「君の事なら何でも知りたいが、それは後回しにしよう。それに、写真に刺激を感じたりはしない」

「それ男としてどうかと思うぞ。見てみろよこの豊満な胸。デカイ胸こそ、男のロマンだろ!」

 女性に対して然程拘りを持たないカスティエルとは違い、彼は胸の大きさに重きを置く。ならばこの女性は、嘸かし魅力的に映っているのだろう。理解に苦しむのは、まだまだ勉強不足だと言う証だ。

「そう言えば、キャスのタイプって聞いた事なかったな。どんな子が好みなんだ? 巨乳はオススメだぞ」

 何も言い返さないカスティエルを、言葉が出ないぐらいに狼狽えているのだと解釈したディーンは、早口に捲し立てる。
 翡翠色の大きな瞳が爛々とするのは、悪戯心に火が点いた時だけだ。自分のお気に入りを教える振りをして、刺激の強い女性ばかりを見せていく。

 しかしカスティエルは、ディーンの期待を裏切って冷静沈着だった。次々に紹介される頁に狼狽える事もなければ、目を逸らして逃げる事もない。
 何故なら天使は雑誌には目もくれず、ディーンだけを視界に捉えている。

「俺の顔じゃなくて、此方見ろよ。大体お前は消極的すぎるんだ。ポルノドラマで満足してるようじゃ、何時までも童貞卒業出来ねぇぞ」

「私は消極的だろうか?」

「かなりな。たまには積極的になって、女の子を口説いてみろよ」

 ヒートアップしていく会話に、サムはまたディーンの悪い癖が出たと、呆れた顔で頭を上げた。最近のディーンは、何かとカスティエルをからかって遊ぶ事が増えている。

 そんな状況で、救済策は三つ。
 一つ目、見兼ねたサムが助け船を出す。
 二つ目、カスティエルが逃げる。
 三つ目、ディーンが飽きるのを根気よく待つ。

「いい加減にしなよ、兄貴。キャスが困ってるだ、ろ…」

 今回の救済策は一つ目だったのだが、サムが最後まで言葉を発する事はなかった。
 言葉が途切れたと同じタイミングで、マシンガントークも終了する。

「――んんっ!?」

 ディーンの身体が一瞬でベッドに縫い付けられ、雑誌は短い浮遊時間を楽しんだ後に、床に叩き付けられた。
 暴れる前に両手首を束縛したカスティエルは、驚愕に濡れた瞳を見下ろす。それから、無我夢中でディーンの唇を貪り始めた。
 バタバタと暴れる足が邪魔だったが、それほど妨げになる訳ではないので、放置を決め込む。

「キャス、待て…っ! 落ち着、ん…っ」

 カスティエルの長い舌が、ディーンの下唇を右から左へとなぞる。その際に僅かな隙間を発見し、舌を捩じ込んで口腔への侵入を果たす。
 ディーンの口腔は、想像以上に熱が高かった。

「ふ…っ、ん、んぅ…」

 何度も角度を変えては蹂躙され、ディーンは息苦しさに瞳を閉ざす。カスティエルが仕掛けたキスは、恋人同士が交わす濃密な物だった。
 舌使いは及第点以上。
 童貞だとは思えないテクニックが、ディーンから抵抗する力を奪いつつある。

 残されたサムは、あまりにショッキングな光景にフリーズしていた。

「えっ、ちょっ、キャス何してんの!?」

 漸く正気に戻ったサムは兄を救うべく立ち上がり、カスティエルの肩を掴んで全身全霊で引っ張る。しかし力の大半を失っていても、流石は天使。筋力に体格が圧倒的に上回っているサムを以てしても、その身体はピクリともしなかった。
 どんなに殴っても蹴っても、痛みに顔を顰めるのは攻撃を仕掛けた側だけ。

「止めろって! 兄貴から離れろ!」

 壁となったカスティエルに遮られ、サムからはディーンの顔が確認出来ない。だが、どんな顔で耐えているのかは容易に想像がつく。
 自他共に認めるディーンの事だ。
 きっと嫌悪で顔は真っ青になり、耐え難い苦痛を味わっているだろう。

「…ぅん…っ、は…ぁ」

 けれどもディーンの口から出る声は、ブラックコーヒーにスプーン一杯分の砂糖を溶かしたような、仄かな甘みを含んでいる。

「ディーン、何でそんな声出してるのさ! キャスも今すぐ離れないと、天使避けを描いて強制退場させるからね!」

 最も効果的且つ最終手段を口にすれば、カスティエルも流石に反応を見せた。唾液に濡れた唇に触れるだけのキスを贈り、ディーンから離れる。ベッドの上で重なっていた二つの身体は、飢えた獣が獲物を補食している姿そのものだった。

「……成る程」

「な、にが…っ成る程だ。いきなり何しやがるこのエロ天使!」

「本当に何が成る程なのさ!」

 解放されたディーンは、一目散にサムの後ろに隠れる。何度も唇を拭いながら、頭の中に思い浮かんだ暴言を投げまくった。
 呼吸を整える余裕もない。

 ディーンだけでなくサムからも避難の言葉を浴びせられたカスティエルは、二人が怒っている理由が解らないと言いたげだった。

「ディーン、君は頻繁に唇を舐めているだろう? 乾燥でもしているのかと思い確かめてみたが、違うようだ」

「はぁ?」

「えっ、待って。まさかそんな理由で兄貴にキスしたの?」

「そうだが?」

 キッパリと断言するカスティエルに、二人は怒りを通り越して呆れてしまった。
 乾燥しているか確かめるだけで、あんなキスをする天使の行動力には脱帽する。
 何よりも厄介なのは、本人に悪い事をしたと自覚がない事だろう。

 肩越しに顔を見合わせたサムとディーンは、無言でカスティエルから一歩後退する。

「君の唇は乾燥していない。瑞々しくて張りがあり、仄かな甘みが癖になりそうだった。これが後を引く味という物なんだな。とても勉強になった」

「気色の悪い例えすんな! 鳥肌立ったじゃねぇか! 」

「もう一度してもいいだろうか?」

「Son of a bitch!」

 子供のように眸を輝かせるカスティエル。
 未知の恐怖に怯えるディーン。
その二人に板挟みになってしまったサム。

 この事件を切っ掛けに、ディーンは必死で唇を舐める癖を直そうと躍起になった。
 虎視眈々と自分の唇を狙う、破廉恥な天使から逃れる為に。



END



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