SUPERNATURAL


dangerous character


 瞬きの間に、世界が反転していた。
安モーテルに相応しい安物のベッドが、雪崩れ込んできた男二人の重さに非難の声を上げる。
 役目を果たさなかったスプリングから推測するに、ベッドは近々隠居を控えているのだろう。
 背中に感じるシーツのごわついた感触は、長年の水仕事で荒れた手を彷彿とさせた。
 これ等を踏まえて考えれば、高齢のベッドにとんでもない無理をさせた事になる。

 それは申し訳ない事をしたと思うが、脈絡なくベッドに押し倒されたディーンにとっては不可抗力だ。腰にタオルだけを身に付けた格好でバスルームから出てくるなり、有無を言わさず男にベッドインを強要されたのだから。
 動揺せざるを禁じ得ない状況に、無機物の叫びにまで意識を向ける余裕はない。

 強盗宛らの勢いで覆い被さって来た男を見上げると、普段通り感情の読み取りにくい表情で此方を凝視している。拭いきれなかった水滴の残る肩を掴む手は、身が竦む程に冷たく生身の人間では有り得ない体温だった。
 狩りの時にヘマをして同じ状況になった事は少なくないが、今回は意味も種類も違う。

「…………キャ、ス?」

 マウントポジションを取られたディーンは、喉仏を大きく動かした後にその名を呼んだ。
 第一声で状況が大きく変化すると睨み、不本意ながら口元は笑みの形で固定する。カスティエルに力で勝てない事は立証済みなので、膝蹴りや頭突き等の無駄な抵抗はしない。
 それに暴力で解決しようなど、野蛮人のする事だ。時には話し合いで解決するのも、平和的でいいだろう。

「お前、来てたなら声かけろよ。強盗かと思って焦ったじゃねぇか」

「私はちゃんと声をかけたが? 君が私の声を聞き逃しただけだ」

「そ、そうか。気付かなくて悪かったな」

「素直に謝罪する所を評価して、今回は特別に許そう」

 何時になく喧嘩腰のカスティエルに、ディーンはあくまでも友好的に接する。ベッドに押し倒された時から薄々感付いていたが、今日の天使は頗る機嫌が悪そうだ。視線や言葉の端々に、彼らしくない棘がある。

 また難題にでも直面したのだろうか。
 恥ずかしくて口に出すことはないが、ディーンにとってカスティエルは大切な友人だ。
 もし何か悩んでいるのなら、力になりたい。

 そんなディーンの謙虚な態度は、上半身を折って身を屈めたカスティエルに崩される。不機嫌な空気に混ざって、思わず眉間に深い皺を刻んでしまう程の酒気が漂って来たからだ。

「キャス、お前酔ってるのか?」

「だったらどうする?」

「どうするって…まぁ、とりあえず水でも飲んで落ち着け。な?」

 美人なら大歓迎だが、男に押し倒されたまま会話を続けるのは精神的に耐えられない。
 だから取り敢えず退いてくれ、と。
 告げたかった言葉は、剥き出しの胸元に垂れてきた紺色のネクタイに吸い取られる。擽ったさにディーンが身を捩れば、その一瞬でカスティエルが身体をずらす。

「? キャ――ひっ」

 名前を呼ぼうと開いた厚い唇から、危うく甲高い悲鳴が室内に響きかけた。生暖かい吐息が鎖骨を擽ったかと思えば、窪みに歯を立てられて軽く噛まれる。湯上がりで柔らかくなった肌は敏感で、カスティエルの乾燥した唇でさえも強い刺激に刷り変わってしまう。
 甘噛された所を熱い舌先が掠めただけで、背筋から腰に微弱の電流が走る始末だ。

「何故だ、ディーン?」

「く…っ。ぁ、キャス止め…っ」

「君はどうして、こんなに扇情的な姿を晒しているんだ?」

 鎖骨から頸動脈に移動して来ていたカスティエルが、熱を孕んだ声で優しく囁く。磨り減る程に歯を噛み合わせたディーンは、天使の問いに答える事は出来なかった。逃げるように顔を背け、汗の滲んだ手でシーツを手繰り寄せる。
 ――これは、不味い。
 最近狩りで忙しかったディーンは、唯一の楽しみである夜の遊びを疎かにしていた。勿論、自分で処理するなんて空しい事もしていない。
 その結果が、今に繋がっている。

「は、ん…っ」

「君はこんな姿をサムにも見せているのか? もしそうなら、君は無防備すぎる」

「このクソ酔っ払い! い、きなり押し倒しておいて、何言ってんだお前は!? 退け!」

「断る。私を煽った君が悪い」

「っ、キャス!」

 淡々とした口調と傲慢な態度でディーンの訴えを棄却したカスティエルは、濡れた肌を拭うように肩から胸元へと手を動かした。下半身を軸に灯り出した熱は、たったそれだけの事も快楽と受け止めて反応する。ディーンの中で芽吹いた欲望は、薄いタオルを押し上げるまでに育ってしまった。

「ちょ、マジで止めろ…っ」

「私の言葉を聞いていなかったのか?断ると言った筈だ。君の意見は聞かない」

「な――っ!?」

 通常時でさえ話の通じない厄介な相手は、酒の力で性格まで変わってしまったらしい。
 カスティエルの艶かしい行為を示唆する言葉と行動に、ディーンの考えていた平和的な方法では解決出来ない事が判明した。

 熱が出た時のように頭に薄い靄がかかり、指先を動かすのでさえ億劫に感じる。何が楽しいのか理解出来ないが、酔っ払い天使は飽きもせずにディーンの肌に舌を這わせていた。身を捻って逃げようとすると、カスティエルの指が胸の突起物を摘まむ。

「いあっ! あ、あ。ひ、ぁ…」

「いい声だ、ディーン。まさか君からそんな甘えた声を聞けるとは思わなかったぞ」

「く、はぁ…この…っ馬鹿天使!」

 いくらカスティエルが大切な友人でも、甘受出来る事には限界がある。ディーンが身を捻って逃げようとすれば、酔っ払い天使が首筋から顔を離して視線を合わせてきた。カスティエルの冷徹な双眸が、見た事のない激しい欲情に支配されている。

「私は、君のその強気な態度は嫌いではない」

「そりゃ、ありがとよ。けどな、俺は酔ってるお前は好きじゃない。いや、嫌いだ」

 このままカスティエルのペースに飲まれるのは不味いと、ディーンは荒い呼吸の合間に悪態を吐く。すると天使は肩を震わせて笑い、穏やかでありながら獰猛な笑みを浮かべた。
 素面のカスティエルなら、冗談でも『嫌い』と言われただけで傷付くだろう。
 少なくとも、こんな風に笑ったりはしない。

「その挑発的な言葉も、今は可愛く思う」

「クソッ、誰だこいつに酒飲ませたの!」

 滑らかに南下した手が脅しをかけるように、屹立したディーン自身をタオルの上から掴む。
 友人だと思っていた天使の暴挙に対する怒りも、この熱の前では何の役にも立たない。カスティエルの指先が少し動くだけで、もどかしい快感にディーンの腰は勝手に動いていた。

「ん、く…ぅ、止め、ろっ…」

「だから、とても楽しみだ。その強気な態度が何時まで続くのか」

「ひぃっ…やっ、だ…キャス…っ」

 耳朶を柔らかく噛まれ、熱い息と言葉が耳に捩じ込まれる。酒癖が悪い天使なのは知っていたが、今のカスティエルは悪魔のようだ。
 抗い難い熱に蝕まれた身体は、ディーンから冷静な判断力を奪っていく。

 止めないといけない。
これ以上、純朴な天使を間違った道に誘導してはいけない。
 けれどもカスティエルの手がタオルを外すと同時に、ディーンは考える事を放棄した。


END




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