SUPERNATURAL


You’re my everything.


 
 13歳の少年は、恋をした。
 それは、赦されざるべき罪である。

 少年が犯した罪は、二つ。
 一つ目は、育ての親に恋をした事。
 二つ目は、相手が男性だという事。

 14歳になった少年は、日に日に膨れ上がる想いに苦悩していた。
 その想いを打ち明ける事は出来ない。
 それは、赦されざるべき罪なのだから。

 15歳になった少年は、痛感した。
 自分は異常なのだと。

 幸せそうなカップルを見る度に、絶望の淵で立ち竦む背中を押される。
 何とか奈落から這い上がって目にするのは、少年を取り残す意地悪な現実。

 他人の幸せを羨む度に顔を出す醜い感情に、傷だらけの心には膿が溜まっていく。

 16歳になった少年は、遂に開き直った。

「決めた。キャスは誰にも渡さねぇ。女に取られる前に、俺に惚れさせてやる。絶対に、誰にも渡さねぇ!!」

 覚悟を決めた少年に、最早迷いはない。
 靄の晴れた瞳は本来以上の力を得て、テポカ湖の星空のように美しく輝いている。
 これには長年連れ添った苦悩も負けを認め、尻尾を巻いて逃げるしかなかった。

 これが、運命分岐点である。
 若さを理由に諦めるのではなく、味方に引き込んで苦難の道を行く。
 それがディーン・ウィンチェスターの、新しい未来の始まりだった。



 * * *

 誰にも渡さないと決意してから数ヶ月。
 ディーンが行動に移すのは早かった。

 雑誌やテレビで情報を仕入れ、自分でアレンジを加えた作戦を実行する。
 その中でディーンが一番有効だと実感出来たのは、シンプルだが胃袋を掴む事だった。

 これが、思ったよりも難しい。
 買い出しから下準備など面倒な工程が多く、時間を浪費する上に手間がかかる。しかも一つのミスで、全てが台無しになってしまう事もあるのだ。

 そうして無事に出来上がった料理も、食べる時は一瞬で終わってしまう。メリットなど少ないようだが、実はそうでもない。

 ディーンが料理をするようになって、会話や共にする時間が増えた。
 休みの日や平日でも、時間が合う限り一緒にキッチンに立ってくれる。

 つまり疑似新婚夫婦体験が、無料で味わえるのだ。それに、自分が作った料理で好きな人が喜んでくれるのは嬉しい。
 何回体験しても、色褪せたりしない幸福だった。

「ん、上出来だ。いい味になってる」

 目的があれば、人は努力を惜しまない。
 今日の夕飯であるディーン特製のビーフシチューが、その確たる証拠だ。
 何度も試行錯誤を繰り返し、努力と情熱を注いだ自慢の料理である。

 勿論、他の料理も手抜きはしない。
 美味しいと喜んでくれる顔が見れるのならば、いくらだって頑張れるのだ。

 隣に立つ男性――カスティエルの横顔を盗み見すると、無心とも言うべき表情でサラダを盛り付けている。

 少し癖毛の短い黒髪に、静かだが激しい意志を溜めたアイスブルーの瞳。鼻筋もキリッと通っていて、クールさを現すように閉じられた唇がセクシーだ。
 何処となく近寄り難い雰囲気も、浮世離れした色気を上手に引き立てている。

(横顔も最っ高にイケてる。どの角度から見ても、キャスってイイ男だよな)

 ずっと横顔を眺めていたかったが、鍋を焦がしてしまっては元も子もない。
 小皿に移したスープをカスティエルの口元に運び、向けられた瞳に笑顔を返した。

「キャス、味見してくれるか?」

 差し出した小皿の上で揺れるのは、風前の灯火のような湯気。無言で頷いたカスティエルは身を屈め、唇で皿の端を挟んだ。
 持っていた皿から重力が伝わり、ディーンは皿を傾けてスープを流す。

「どうだ? 感想は?」

 態々、聞くまでもない事だ。
 催促なんてしなくても、カスティエルは必ず「美味しい」と言ってくれる。それでも毎回確認してしまうのは、一秒でも早くその言葉を聞きたいから。

 カスティエルの喉仏が上下に動き、赤い舌が濡れた下唇を這った。間近でその動作を見ていたディーンの身体に、熱を持った痺れが駆け抜ける。

(あ、危ねぇ!! 今のは不意打ちだった!!)

 普段の天然系な雰囲気からは想像のつかない強烈な色気に、慌てて視線を外す。

 全く、何て心臓に悪い真似をするのか。
 カスティエルへの恋心を認めてからというものの、ディーンの心臓は些細な仕草でときめいてしまうようになっている。

 特に今は、思春期の真っ只中だ。
 性への興味はとても強く、毎晩若さ故の欲を持て余している。肝胆に言うと、カスティエルに欲情してしまうのだ。

 触らずとも顔が熱い。
 咄嗟に視線を鍋へと落とし、顔を伏せたのは極めて賢い判断だった。こんなに赤くなった顔を見れば、鈍感のカスティエルでさえ不信に思うだろう。

「とても美味しく出来ている。猛烈に食欲を刺激される味だ」

「だろ? 今日のは自信作なんだぜ。自分でも納得のいく味になったんだ」

 何とか顔に笑顔を描くディーンの頭に、大きな手が優しく添えられる。女性とは決定的に違う骨張った細長い指が、短いダークブロンドの髪を柔らかく撫でた。
 拙い指の動きではあるが、ディーンへの深い愛情を感じさせる。

「いつもありがとう、ディーン」

 カスティエルは表情が乏しく、笑顔を浮かべる機会は少ない。態度や目で示す方が断然に多いのだが、その殆んどがディーンの心臓を鷲掴みにするのだ。

 すっと溶けて鼓膜を痺れさせる声も、勘違いしても仕方ないくらいに優しい眼差しも、これで無自覚だというから恐ろしい。

 カスティエルの好意は純粋で下心がないと理解しているが、それでも思わせ振りな態度が数々は罪作りだ。

 同性であるディーンだからこそ平常心を保てているが、女性なら好意を抱かれていると確実に勘違いする。

「ちょっ、キャース。擽ってぇって」

「すまない、迷惑だったか?」

「迷惑って訳じゃねぇけど、飯の準備してるから程々にしてくれ」

 遠回しに止めろという空気を出したが、今更カスティエル流のスキンシップに異議を唱えつもりはない。

「ディーンが作る料理は何でも美味しいが、ビーフシチューは特に絶品だ。これを食べると、冬が来たのだと実感するな」

「確かに、言われてみれば冬の始めには必ず作ってるな。沢山作ったからさ、遠慮なく一杯食えよ」

「ああ。そうさせてもらう」

 頭にあった温もりは直ぐに離れ、ディーンは現実に戻る事を強要される。サラダを運ぶカスティエルの後ろ姿を見送り、ビーフシチューの湯気に溜め息を溶かした。

 自嘲気味に笑った後に料理が不味くなると気付き、煮詰まる前に鍋の火を止める。

(……嬉しいは、嬉しいんだけどな)

 褒められるのも頭を撫でられるのも、何時からか素直に喜べなくなってしまった。
 父親のような安心感を与える手も、子供を褒める穏やかな眼差しも、幼い頃から何も変わらない。
 何も、変わらないのだ。

(胃袋は掴んでるから問題ないだろ。どうにかして子供扱いを止めさせねぇと、次のステップにも進めないし……色仕掛けは難易度が高すぎる)

 カスティエル用に大きめの肉を選ぶディーンの顔に、悲壮感など微塵も浮かんでいなかった。輝かしい未来への希望が、血色を促し前を向く力を援助してくれる。

 料理をテーブルに並べ終わる頃には、ディーンはいつものポジティブさを取り戻していた。二人仲良く向かい合って腰を落ち着け、ビーフシチューを口に運ぶ。

 主役である牛肉は昨日の内から仕込み、繊維がほろほろになるまで煮込んでおいた。デミグラスソースもコクが増し、鼻から抜ける香りは食欲を倍増させる。

「今日のは一段と美味しく感じるな。肉の柔らかさも絶妙だ。身体が温まる。それに、懐かしい味だ」

「だろ? 今度の日曜は、もっと手の込んだ料理を作ってやるよ。キャスは何か食べたい物はあるか?」

「それもいいが、どうだろう? ディーンに予定がないのなら、久し振りに一緒に出掛けないか?」

「本当か!? 行く!! 丁度キャスと一緒に行きたい店があったんだ。ほら、前に話しただろ? チーズバーガーの旨い店があるって」

 カスティエルからの思いがけない提案に、ディーンは声を張って肯定した。
 高が買い物と馬鹿にしてはいけない。これは紛れもなく、デートになるのだから。
 花が咲いたように笑うディーンに、カスティエルは今日初めての笑顔を見せた。



 


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