いっぱい食べる君が好き
天に輝く太陽から、文字通りの熱い視線を受ける昼下がり。夏が軽やかな足音を奏でながら、人々の後ろを貼り付く季節が来ていた。
気候の変化を物ともしないカスティエルに影響はないが、容赦のない日差しは人間であるディーンには苦痛となる。
本格的な夏はもう少し先なのに、今年も猛暑を予感させる暑さが近くに来ていた。
買い出しの途中でディーンが戦線離脱を宣言し、カスティエルを連れて最寄りのダイナーに逃げ込んだのも仕方がない。
似た考えの者も多いらしく、小さな店にしては賑わっていた。
「女の子が薄着になると、夏が来たって実感するよな。催促しなくても、露出が増えるんだぜ。最高だよな」
店内にいる女性を見るディーンの瞳は、太陽に匹敵する輝きを放っている。くりくりと動く大きな目は愛らしく、不純な動機とはいえ柔らかな笑顔は眩しい。
人が思い浮かべる天使の微笑みとは、正にディーンが見せた顔だろう。
考えが表情に出にくいカスティエルでさえ、純粋な微笑みを前にしては虜になるしかなかった。
「君の言う事にも一理ある。目のやり場に困るのも事実だが、自発的に脱いでくれるのは非常に有難い」
決してディーンから視線を外さずに、深々と頷いて同意する。カスティエルの視線を独占するのは、薄いシャツでは到底隠しきれない魅力的なボディだ。
汗で肌に張り付いたシャツが、鍛えられた肉体の瑞瑞しさを主張している。
着ているシャツが白だったなら、突起物も透けていただろう。
(……目を凝らせば見えるだろうか?)
薄着の女性客(主に胸)を上機嫌に見つめるディーンと同じ感情で、カスティエルも目の前の身体を凝視する。
「お、キャスも嬉し……ちょっと待て。お前何処を見てる? や、止めろ!! そんな目で俺を見るな!! 変態!!」
執拗と注がれる視線の下心を察知したのか、ディーンが顔を歪めて怒り出す。隣の女性客を気にしてか小声だったが、カスティエルの耳にはしっかりと届いていた。
ディーンの赤くなった顔を見つめ、謂れのない暴言に首を傾げる。
「おい、本気でキョトンとすんな。俺が的外れな事言ったみたいだろ」
「非難される意味が解らない。ディーンも言っただろう。露出が増えるのはいい事だと。だから私も同意しただけだ」
「キャスと俺じゃ意味が違うんだよ。いいか、俺をやらしい目で見るな。誤解を生んだらどうする」
周囲に聞かれたくない内容は、顔を寄せて話すのが二人のルールだった。内緒話をする為とはいえ、対して広くもないテーブルで顔をつき合わせる。
それも、親密さを匂わせる距離で。
二人にとっては、馴染みの行動であり馴染みの距離に間違いはない。しかし事情を知らない第三者から見れば、色々な憶測を生む行動だった。
「君を邪な感情で見ていたのは事実だ。だが、何が悪いんだ? 眺めているだけで、まだ手は出していない」
「屁理屈言うな!! ってか、本当にやらしい目で見てたのかよ!? しかも『まだ』って事は手出す気満々じゃねぇか!!」
この時点で多少の視線を集めていたが、ヒートアップするディーンは気付いていない。追加で浴びせられる小言のシャワーを受け流しながら、カスティエルは不意にある事を思い出した。
(そう言えば、人間は空腹を感じると怒りやすくなるのだったな。成る程、確かに的を得ている)
今のディーンがその状態なのだろう。
頼んだ料理は既に運ばれていたが、まだ手を付けていない。こんなに怒っているのは、確実に空腹が原因だ。
合点がいったカスティエルは、早急に行動へと移す。ハンバーガーに添えられていたフライドポテトを数本摘まみ、ガミガミ吠えるディーンの口へ指ごと放り込んだ。
「んむぐっ!?」
小言の途中だった為に指を遠慮なく噛まれたが、鋼以上の肉体を持つ天使にダメージはない。
寧ろ役得だった。柔らかな唇の感触を楽しめたのだから。
「慌てて飲み込んではいけない。噛まずに飲み込むと、消化に悪いと本に書いてあった。咀嚼の目安は20回だ」
「おまっ……。いや、もういい。怒鳴る気も失せた」
怒っても無駄だと判断したのか、それとも突拍子のない行動に呆れたのか。
指示された回数よりも少ない咀嚼で終わらせたディーンは、大好物のハンバーガーに大口で食らいついた。
香ばしく焼けたバンズに白い歯が食い込み、ダブルのパテに挟まれて蕩けていたチーズが溢れ出す。人間の食べ物に然程興味はないカスティエルだが、ディーンの食事シーンは別だった。
ハムスターのように真ん丸と膨らんだ頬は、何度見ても癒される。
「ん、旨い。このハンバーガー最高!」
高らかに歓喜の声を上げたディーンは、意気揚々と二口目を頬張った。
華やいだ表情で食事を楽しむ様は可愛らしく、そして何処か扇情的でもある。
口の端に付いたソースを、ペロリと舐める下の赤さが。指に垂れた肉汁を吸い上げる唇が、濡れて怪しく光っている。
カスティエルは常にディーンを見つめているが、食事の時には特に目が離せない。
「キャス、お前も食うか?」
飢饉の影響を受けている時ならいざ知らず、天使に食事は必要ない。無い筈なのだが。
欲とは本当に罪深い感情だ。
「いや、私は大丈夫だ。君の顔を見ているだけで、味の良さはしっかりと伝わってくる。気にせず食事を続けてくれ」
「お、おう。何か、押しが強い気がするのは気のせいか? すげぇ見てるから、食いたいのかと思ったぞ。なぁ、何か食いたい物ってないのか?」
「食べたい物? そうだな……今は一つしか浮かばない」
「お、何だ?」
ハンバーガーを片手に水を飲むディーンの口端は、まだソースで汚れている。
そんな時の為に備えられているナプキンだが、カスティエルの視界に入る事は叶わなかった。
急速に、頭を擡げた邪な感情。
カスティエルが何も言わずに頬に触れても、警戒心の欠けた瞳で見つめ返される。
「動かないでくれ。ソースがついている」
「え? ああ、悪い――んっ!?」
親指で口元のソースを拭い取り、そのままディーンの口へと突っ込んだ。
予期せぬ侵入者を迎えたのは、湿りを帯びた熱い口腔。指に食い込む歯は心地よく、ビクビクと滑る舌が欲望に拍車を掛ける。
「ああ、とてと美味しそうだ。今すぐにでも食べたいくらいに」
これ以上のご馳走など存在しない。
そう告げても、ディーンは目を剥いたまま固まっていた。カスティエルの言葉が、何を意味しているのか理解はしているだろう。
「んぐ、っ、ふ……」
指の腹で悪戯に舌を擽ると、咄嗟に漏れた甘い声にディーンの顔が真っ赤になった。
怒りを表す眉の動きも、焦りと羞恥を煮詰めた翡翠の瞳も。暴言を吐く為にワナワナと震える唇さえ。
その何れもが、カスティエルを飢えた獣の如く仕立て上げる。
食べたい物なんて、一つしかない。
END
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