絶望的なハッピーエンド
※poison trap設定
何時からか食欲が無くなった。
何時からか眠るのが辛くなった。
何時からか一人で居るのが怖くなった。
何時からこんなに弱くなったのだろう。
何をする気も起きないが、何かしていないと気が狂いそうになる。
嘗ての友であるカスティエルは、新たなる神として世界に降臨した。そして望むままに世界を創り直し、今では独裁者と成り果てている。そんな神のペットとなったディーンは、虚ろな日々を送っていた。
この場所は、カスティエルの力で完全に世俗から隔離されている。時間経過など存在せず、いつ寝て起きても絶対に景色は変わらない。
雨も降らず、曇天にもならず。
完全無比な美しい景色が広がるだけだ。
そんな日々を過ごしていれば、誰でも精神に異常を来すだろう。
「どうした、今日は随分と大人しいな」
束の間の休暇で隠れ家に訪れていたカスティエルは、裸でベッドに横になるディーンの頭を撫でていた。
寒気を催す程に穏やかな口調。
血の気が失せるくらいに温かな眼差し。
鳥肌を禁じ得ない優しい手付き。
少し前のディーンなら、この手を許したりしなかっただろう。噛み付くまではしなくとも、牙を剥いて威嚇していた。
人権を奪われペットにされ、監禁までされているのだから。
「なぁ……キャス」
しかし、時の流れは無情だ。
気怠げに首を動かしたディーンは、カスティエルの顔色を窺うように見上げた。絶対なる神は非常に気分屋で、何処で機嫌を損ねるか解らない。
もし逆鱗に触れれば、ディーンには『仕置き』が。善良な人間には、八つ当たりという名の制裁が下されるのだ。
「何だ? 今の私は機嫌がいい。多少の我が儘なら許してやろう」
「……今日は何処にも行かないのか?」
早く出ていけという嫌味ではなく、此処に居て欲しいのだと。カスティエルの手に甘えるように頭を擦り付けると、炯々としていた蒼い瞳に喜色が広がった。
「そうしたいのは山々だが、人々は私に救いを求めているからな。寂しいのか?」
頭を撫でていた手が優しく顔に触れ、ねっとりと唇を何度もなぞる。その意図を汲み取ったディーンは、カスティエルに向かって両腕を伸ばした。
力の入らない手で弱々しく腕を掴み、蒼い瞳を真っ直ぐに見つめて縋り付く。
「……行くなよ。此処にいろ」
身を屈めたカスティエルの背中に両腕を回したディーンは、出し惜しみせずに全力で抱き着いた。少し癖のある黒髪に鼻を埋め、絶対に離さないと態度でも示す。
決死の行動だったが、カスティエルからすれば戯れ程度だろう。ディーンの手を簡単に解いて、自由に飛んで行ける。
残されたディーンに待つのは、気が狂いそうになる孤独だけだ。
「頼む。何処にも行かないでくれ」
カスティエルの不在を想像するだけで指先が痺れたような感覚に陥り、震え出した身体を誤魔化す事も出来ない。虚勢を張る気力も毟り取られたディーンは、プライドも剥ぎ捨てて懇願するしかなかった。
「私が居ないと寂しいんだな?」
眩暈がする程の甘い声が、鼓膜を嬲る。
肯定すれば恥辱を。
否定すれば屈辱を。
どちらを選んでも、結果は同じなのだ。
「……寂しいよ、お前が居ないと」
だから、此処に居てくれ。
カスティエルが満足しそうな言葉を丁寧に選び、ディーンは嘘を吐くのに慣れた舌を懸命に動かした。
寂しいだなんて、稚拙な感情からの行動ではない。愛玩具になったディーンを動かすのは、純粋な恐怖だけだ。
その対象はカスティエルで間違いないのだが、厳密に言えば少し違う。
本当に怖いのは──。
(お前が居ないのが、怖いんだ。外で一体何をしてる? 何をすれば、こんなに血の匂いが染み付くんだ)
ディーンが震える指で握った、この草臥れたベージュ色のトレンチコート。日に日に血の匂いが濃くなっているのを、カスティエル本人は気付いていないのだろうか。
どれだけ便利な力で綺麗に戻したとしても、怨嗟だけは誤魔化せないのだ。
「俺を置いて、何処にも行くな。頼むから一緒に居てくれ。側に……っ!?」
想像よりも簡単に引き離された手はベッドへと縫い付けられ、至近距離でカスティエルと対面する。澄んだ瞳にディーンが戦慄していると、薄く笑った唇が鼻梁に触れた。
「他でもない可愛いペットの願いだ。私としても無下にはしたくない。そうだな……全ては君次第だ、ディーン」
「解って、る。俺に出来る事なら何でもするし、どんな命令にも絶対に従う」
何て無様なのだろう。
何て滑稽なのだろう。
この行動も、カスティエルの目論み通りなのだと知っている。知った上で望み通りのペットと成り果てているのだ。
「だから……側に居てくれ、キャス」
嘘付きは大統領になれるんだと茶化した時に、意味が解らず首を捻っていた天使が恋しい。叫びたい衝動に駆られた口を塞いだのは、あの頃から少しも変わらないカスティエルの唇だというのに。
* * *
激しい律動でシーツと擦れた背中が痛むのに、感覚の麻痺した身体はそれすらも快感と捉える。休みなく苛め抜かれた後腔は摩擦で腫れぼったく感じるが、浅ましくも快感を強請るようにカスティエル自身を締め上げていた。開発された身体は、些細な刺激も快感に塗り替えてしまう。
「っ、あっ、ぃ、ああ…っ、あっ」
浅い呼吸を繰り返すのが精一杯のディーンは、耳障りな自分の喘ぎ声に意識を向ける余力もなかった。滑りの良い肉棒がゆるゆると引き抜かれ、後を追って収縮していた胎内を押し広げながら戻って来る。
緩慢な動きが齎すのは、微弱な快感。
頭の下にある枕を破りそうな勢いで握り締め、ディーンは物足りなさに見悶えるしかなかった。
「ふっ、ぅうっ! ん゛ぅ〜〜……っ!」
引き抜かれる度に背中を弓ぞらせ、押し戻って来る時には足の指を丸める。ビクビクと震えながら責め苦に耐え、唇を噛んで声を押し殺す。
その直後、突然内壁が凹む程に奥を突き上げられた。
「──あぐぅっ!?」
唐突で、息の詰まる強烈な快感。
頑なに閉じていた目を見開いたディーンが映したのは、カスティエルが最も機嫌の悪い時に見せる表情だった。
両膝が胸に届く程に足を折り曲げられ、罰を与えるように前立腺を攻撃される。
「ひぃっ! あう、ッあ、あっ!」
「全身で私を感じろ、ディーン。声を我慢する事も許さない。私に従うと言った言葉は嘘だったのか?」
「ち、違…っ! ぅああっあっ、あっ! 待、てっ、ひぃ!」
「この期に及んで言い訳か。どうやら、躾直す必要があるようだな」
「ぁぐうっ、は…っ、ぃあっあっ、キャ、スぅ…っ!」
呼吸の仕方も正常な思考も霧散する、拷問に等しい快感。カスティエルのスイッチを押してしまったと後悔するが、ディーンに出来るのは自我を捨てる事だけだ。
与えられた快感に、泣き、喘ぎ、悶え、狂い、そして──壊れる。
「キャス、ぁっ、いぁっ、キャ、ス…!」
他の言葉を知らない幼子のように、ディーンは掠れた声でカスティエルの名前を呼び続けた。力の入らない腕を死に物狂いで伸ばし、汗ばんだシャツの背中へと回す。薬物中毒者と思われても仕方ない程にダラダラと涎を撒き散らし、カスティエルの動きに合わせて腰を振る。
「それでいい。私の事だけを考えろ。他には何も必要ない。そうだな、ディーン?」
「はっ、ぅあっあっ、ん、ぃ…やぁっ!」
官能的な声でねっとりと囁かれたのは、絶対的な命令。何度も頷いて肯定を示したディーンは、限界の超えた快感に泣いて許しを乞うしかなかった。
「いい子だ、ディーン」
カスティエルの優しい声が、どろりと脳を犯す。きっと、これで良かったのだ。
無様な姿を晒し、生に縋り付く。
そうして得られたのは、世界と大切な者達の安全。ディーンが一人で我慢すれば、世界は今日も美しい時を刻むのだ。
嗚呼、何て──。
絶望的なハッピーエンドなのだろう。
END
- 38 -
*前次#
ページ: