SUPERNATURAL


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学校から帰って来ると、アパートの前に猫が蹲っていた。
最初は寝てるのかと思ったけど、直ぐに頭が動いて円らな瞳が僕を見上げて来る。
でも、それだけだ。
媚びて擦り寄って来る訳でもないし、僕を怖がって逃げたりもしない。猫は何か言いたげな雰囲気で、僕をじっと見つめている。

う〜ん……何がしたいんだろう?
女の子の喜ぶポイントなら隅々まで熟知している僕だけど、猫に関する知識は人並み程度にしかない。いや、それ以下かも。だから断定は出来ないけど、ロシアンブルーっていう種類の猫じゃないかな?
前にテレビで見た事がある。それにしても、野良にしては品がありすぎる猫だね。

「ねぇ、誰か待ってるの?」

無駄だと思うけど、一応話しかけてみた。
気品のある猫はプイッと顔を背け、蹲って足を舐めている。どうやら、拒絶されちゃったみたいだ。言葉も通じない上に嫌われたらしいから、もう長居は無用だね。

「誰かに悪戯される前に帰りなよ。中には猫嫌いな人も居るからさ。じゃあね」

今日はどの女の子の所へ行こうかなと思案しながら、猫から視線を外す。お腹も減ったし、食費削減の為に料理上手な子がいいかな。
なら善は急げと、猫の横を素通りしようとした時だった。

「みゃあ」

僕は思わず足を止めて、足元の猫を凝視しちゃったよ。ビックリするぐらい可愛い声だったからね。それに真上から見下ろす形になって初めて気付いたけど、足を怪我してるみたいだ。身を屈めて確かめてみると、うっすらと血が滲んでいる。

「成る程、だから蹲ってたのか」

合点がいった僕は、猫に手を伸ばした。暴れるかなと心配になったけど、猫は鳴き声も上げずに大人しくしている。傷が痛むのもあるんだろうけど、猫ってこんなに行儀のいい生き物だったっけ。もっと威嚇したり、引っ掻いたりするかと思ってたよ。
やっぱり、誰かの飼い猫かな。

「僕が手当てするよりも、病院に連れて行った方が確実だよね。あ、でも君の飼い主が探してるかな。ね、君はどうしたい?」

腕の中に収まった猫は、しなやかな見た目に反して意外と重い。再度問いかけると、猫は垂れ下がっていた尻尾を僕の腕に絡ませてきた。嫌がっていないみたいだから、このまま病院に連れて行こう。

普段の僕だったら、絶対にここまで面倒を見たりしない。この猫だからこそ、ついつい世話を焼いちゃうんだよね。
理由は単純だよ。

「君の瞳、綺麗なヘイゼルグリーンだね。リーダーとお揃いなんて羨ましいよ」

それだけで愛着が湧くなんて、僕も相当にイカれてる。自分の狂い具合に肩を竦めて笑えば、腕の中に居た猫が不機嫌そうに小首を傾げた。
その仕種もリーダーにそっくりで、益々愛着が湧いたのは言うまでもない。

それに、この時の僕は知らなかった。
日常が非日常に変わってしまうなんて。

***


 足に包帯を巻かれた猫を、そっとベッドへと下ろした。猫はその場で丸くなり、可愛い目で僕を見上げてくる。大きな目が強調されて、可愛さが倍増してるよ。出逢ってまだ二時間ぐらいしか過ぎてないけど、猫愛好家の鱗片に触れた気分だ。

 物凄く頭を撫でたい衝動に駆られてるんだけど、実行に移したら怒るかな?
 猫は気紛れを代名詞にした生き物だからね。構いすぎて臍を曲げられでもしたら大変だ。決断は慎重にしないと。

「みゃあ?」

 威嚇されるのを覚悟で、小さな頭にそっと指を置いてみた。
 ……うん、大丈夫。
 嫌がられてはないみたいだ。

「躾がいいのか、君が利口なのか。どちらにせよ、君みたいな猫なら僕が飼い主になりたいぐらいだよ」

 頭から背中へと手を動かして、滑らかな毛並みの感触を楽しむ。猫はされるがままだ。
 何だっけ、こういうの。確か、アニマルセラピーだったかな?
 不思議と疲れが軽減した気がする。リーダーに似てる点を差し引いても、充分に可愛いし凄く癒されるよ。撫でるのを止めると、手に頭を擦り付けてくる。その仕草が、もっと撫でて欲しいって催促してるみたいだ。

「明日になったら、君の飼い主を探してあげるよ。それまで、僕が面倒見てあげるからね」

 猫をリーダーと置き換えて考えば、中々にカオスだね。リーダーだったら、射殺さんばっかりに睨んでくるのが確定してる。クールだの冷たいだの言われてるけど、実は考えてるのが全部顔に出るタイプだからね。絶対零度だって噂される眼差しも、僕は大好きだけど。

「あ〜あ……会いたくなっちゃったなぁ」

 猫から手を離して、ポケットに入れてた携帯電話を取り出す。不満そうなオーラを出した猫は、僕からプイッと視線を外してしまった。
 あ、機嫌損ねたな。

 仕方ないから携帯をチェックすると、不在着信が8件に、メールが5件。全部女の子からのお誘いだ。彼女達には申し訳ないけど、今日の予定は全部キャンセルだね。リーダー似の猫を置いて女の子の所へ行くなんて、そんな薄情な真似は出来ないよ。

 着信履歴にも発信履歴にも、僕が今一番会いたい人の名前はなかった。多分、リーダーも僕の番号は登録してくれてるとは思う。
 問題は、電話をかけるだけの用件が見当たらないんだよね。それ以前に、僕からの電話に出てくれる可能性は、限りなく低いんだよね。

「ん? あ、寝ちゃってる」

 僕が考え事してる間に、猫は夢の世界へと旅立っていた。耳がペタンってなってて、抱き締めたいくらい可愛いのが困る。
 起こすのも可哀想だから、写真を撮るだけに止めておいたよ。

「飼い主が見つかるまでだけど、君の名前を考えておかないとね。リーダーに似てるから、ディーンにでもしようか」

 本人が聞いたら怒りそうだけど、僕の頬は緩み一方だ。リーダー似のヘイゼルグリーンの瞳に、リーダーと同じ名前。性別も雄。
 これは是非とも、リーダー本人にも会わせてあげたいね。いや、絶対に会わせる。
 早速、明日写真を見せてみよう。
 どんな顔するかな?
 どんな顔でも、僕にはご褒美なんだけどね。何も知らないで眠っている猫の背中を撫でながら、僕は明日へのワクワクを募らせた。

***


 昨日のワクワク気分とは裏腹に、今日の僕は失意のどん底にいる。
 何でかって?
 居なくなっちゃったんだよ、あの猫が。寝る前までは僕の枕元で丸くなって寝てたのに、目が覚めたら何処にもいなかったんだ。

 窓の鍵は全部閉めたと思ってたんだけど、どうやら風呂場の窓だけ閉め忘れてたらしい。そこから逃げちゃったんだろうな。

 すっごいショックだ。
 勿論、ずっと一緒に居られるとは思ってなかったさ。もし誰かの飼い猫なら、返さなくちゃいけない。遅かれ早かれやって来る別れではあるけど、こんなに早いなんて予想外だよ。

 学校に行く気力もないのが本音だけど、学校に行かないとリーダーには会えない。矛盾に葛藤しながら、僕は地面を擦って歩く。こんな廃れた気持ちを癒す事が出来るのは、リーダーしかいないんだ。
 
 僕の気力を削ぐようにして付いてくる足音は、だらだらとやる気がない。普段の3倍くらいの時間をかけて学校に向かっていると、見知った男の後ろ姿を発見した。横断歩道で足止めを喰らっている彼こそ、僕を癒せる唯一の人間だ。

「おはよう、リーダー。今日も最高に綺麗だね。僕凄く傷付いててさ、癒して欲しいんだ。ハグしていい?」

「実行に移してみろ。お前の右頬が腫れてもいいのならな」

「それぐらいで済むなら、安い犠牲だよ」

 振り向き様の苦虫を潰したような顔と、辛辣な言葉のコンボが僕に送られる。それらをマタドールのように躱し、なに食わぬ顔で彼の肩を抱く。
 信号はまだ変わらない。

「聞いてくれよ、リーダー。昨日怪我してる猫を拾ったんだけど、起きたら居なくなってたんだ。綺麗なグリーンの瞳でさ、ディーンって名前まで付けたのに」

「……おい、勝手に人の名前を使うな。不愉快だ」

 肩を抱いた手を振り払わないだけでも驚きなのに、ディーンはご丁寧に僕に視線を合わせてきた。睨み付けられてるけど、何とも思わない。
 嬉しくなって更に肩を引き寄せる。
 信号は青になったけど、構わず彼に寄り添って歩き出す。

「だって、本当にリーダーみたいだったんだ。プライドが高くて、扱いにくそうな所とかね」

「扱いにくさならお前が上だろう。いい加減離れろ。鬱陶しい」

「酷い言われようだ。で? 何処の馬鹿が君に喧嘩を売ったのかな?」

 掴んだままだったディーンの肩が、ピクリと反応を示した。
 うん、ビンゴだね。
 僕の中の違和感が確信に変わった。

「足、怪我してるだろ。酷いの?」

「…………別に大した事ない」

 ズボンで隠してるつもりだろうけど、僕の目は誤魔化せないよ。明らかに、右足を庇った歩き方をしてる。
 昨日僕と別れた後に、柄の悪い連中に絡まれたんだろう。

 ディーンは腕っ節も強い。だから負ける事は滅多にないけど、無傷で勝てるかは話が別だ。

「我らがリーダーが望むなら、喜んで報復するよ。どうする?」

 僕としては復讐したいけど。
 ディーンは僕を少し睨み付けた後に溜息を吐き、軽く頭を左右に振った。

「必要ない。俺が負けるとでも?」

 浮かべた笑みは不敵で微笑みとは程遠いけど、翡翠の瞳は輝いて見える。惚れた欲目もあるんだろうけど、絶対にそれだけじゃない。
 笑えば背後に豪華な花が見えるし、甘い匂いだって漂って来そうだ。

「流石はリーダー。でも詳しい話が聞きたいから、このままサボって何か食べに行かない?」

「…………ハンバーガー。お前の奢りだろうな?」

「勿論だよ。オススメの店があるんだ。ボリュームもあるし味もいい。リーダーもきっと気に入るさ」

 前言撤回。
 失意のどん底から、這い上がる事が出来た。あの時間に家を出てなかったら、きっとディーンとは会えてなかっただろう。猫を探してた時間は、無駄じゃなかったんだ。

 もしかしたら、この時間が猫にとっての恩返しかもしれない。あれでお別れなのは寂しいけど、君が作ってくれた時間は有意義に使わせてもらうよ。


 


 ***

 食事をするディーンは、可愛いの一言に尽きる。どれぐらい可愛いのかなんて、そんな野暮な説明は要らないだろう。
 言うまでもなく、世界一の可愛さだ。
 永遠に見てられる。

 ハンバーガーを食べた途端に大きな瞳が子供みたいに輝いたんだけど、直ぐ僕の視線に気付いて不機嫌そうな顔に戻ってしまった。それでも味は気に入ったらしく、既に二個目に突入している。

 食事くらい素直に楽しめばいいのに。
 僕は備え付けのポテトを食べながら、気難しいディーンの貴重な食事シーンを堪能する事にした。きっと真面目な顔で誤魔化せてると思ってるんだろうけど、滲み出る癒しオーラが隠せてないよ。

「ねぇ、リーダー。美味しい?」

「まぁ、悪くはない」

「そっか。なら良かった」

 感想を伝えるのは大事だ。
 少なくとも僕は、料理を作ってくれた人に対する義務だと考えてる。言葉で伝えるのが一番確実だけど、ディーンみたいに表情で表現する方法も素敵だな。
 リスみたいに膨らんだ頬っぺたや、豪快な一口。その全てが、料理の美味しさを物語っている。

 そんな極上の顔をしてくれるなら、僕も料理を勉強してみようかな。それにこの瞬間を満喫するだけじゃなく、どうにかして次の機会に繋ぎたい。

「あ、そうだ。行ってみたい店があるんだけど、リーダーって甘い物は食べれる?」

「……物によるが、ある程度は食える。一体何の店だ」

「パイの店だよ。アップルパイが有名らしいんだけど、レモンパイとかチェリーパイも絶品なんだって」

 僕が口にしたあるワードに、ディーンの眉毛がピクリと反応した。
 よし、狙い通りだ!
 食べ物で釣るなんて芸がないけど、手段を選んでる場合じゃない。それに僕には、確固たる自信があった。ディーンが、絶対にこの誘いを断らないってね。

「モテる男の条件として、人気の店は調べておくべきだろう? でも一人で行くのは味気ないし、リーダーが一緒だと助かるんだけど。駄目かな?」

 実はディーンは、無類のパイ好きだ。
 でもその一面を知られたくないのか、この事実を知る人間は極めて少ない。だから普通に誘っても断られるのは目に見えている。
 なら、断られないように誘えばいい。
 あくまでも僕の『付き添い』としてだったら、応じてくれる筈だ。

「……何を企んでる?」

 突然の提案を訝しんだディーンは、ポテトを食べながら険しい視線を投げてくる。
 それ、僕のポテトなんだけどね。

「パイを食べに行くのに、企みも何もないだろ。嫌だと思うけど、頼むよ。付き合ってくれるなら、ご馳走するからさ」

 ディーンの口元に最後のポテトを差し出すと、触れたくなる肉厚な唇が素直に開かれた。絶対に『やめろ』って怒ると思ってたから、ちょっと驚いたよ。
 それに、今日はいつもより優しい。
 普通だったら無視する方が多いのに、今日は僕の言葉一つ一つに反応してくれる。
 こんなに機嫌のいい彼は初めてだ。

「いいだろう。特別に付き合ってやる」

 あっさりと承諾してくれたディーンは、これ以上の追及を拒否するように僕から視線を逸らした。
 どの角度でも綺麗だけど、遠くを見る横顔は物憂げで守ってあげたくなる。
 でも、何だろう。この妙な既視感は。
 今の仕草……何処かで見たような。

「ありがとう、リーダー。恩に着るよ」

 喉に魚の小骨が刺さったような違和感を覚えたけど、次の予定まで漕ぎ着けた喜びが勝った。
 あの店は種類が豊富だから、上手くいけば何度か一緒に通えるかもしれない。でもディーンの好みじゃなかったら意味がないし、他の店も調べておく必要がある。

「じゃあ、次はリーダーの話を聞かせてくれよ。怪我した経緯を詳しく、ね」

 気難しい横顔に笑顔で声をかけると、面倒くさそうな視線を返されてしまった。掘り返されたくない話題だったのかもしれないけど、ディーンの身に起こった事は全て知っておく義務がある。
 根負けしたディーンが深い溜め息を吐いて、簡単に昨日の出来事を教えてくれた。

 


 * * *

 墜ちていく太陽の儚さに当てられ、僕はちょっとセンチメンタルな気分になっていた。長いようで短い18年という人生を思い返してみるけど、ドラマや映画みたいに劇的な体験をした事はない。かと言って、人様に自慢出来る武勇伝もない。

 ディーンに出逢うまでの僕は、我ながら好き勝手に生きてきたと思う。沢山の女の子と知り合って、沢山の気持ちいい事を経験して。それなりに楽しい日々を過ごしてきた、つもりだった。

 でも本当は違う。
 それは全て建前でしかなかった。

 恋愛に情熱を燃やす事も、友人と遊びに夢中になる事も、趣味に没頭する事も。誰もが体験する出来事を、僕は心の底から楽しめた事がなかった。

 虚しいくらいに薄っぺらな人生だったからこそ、今は毎日が楽しくて仕方ない。ディーンに出逢えて、僕はやっと生きる喜びを知ったんだ。

 それなのに……。
 もしかしたら、僕は近い内に死ぬかもしれない。病気か、或いは事故か。
 こんな不吉な事を考えるのには、ちゃんとした理由がある。
 それは――。

「……おい。急に立ち止まるな、迷惑だ。歩きながら寝てるんじゃないだろうな?」

 軽く現実逃避していた僕だったけど、強烈な存在感を放つ声に意識が引き戻された。前方には、夕陽を背負ったディーンが佇んでいる。思わず目を細めてしまったのは、眩しいからとかそんな理由じゃない。

 僕に向けられた視線は不審者を見るモノだったけど、その姿は絵画から抜け出してきたかのような美しさがあった。
 本能が直視するのを憚る程に。

「まさか。リーダーと一緒に居るんだ。そんな勿体ない真似する訳ないだろう」

「なら、さっさと来い」

 立ち止まってくれるだけでも奇跡に近いのに、待っててくれるなんて。嫌そうに吐き捨てられた声だったけど、僕はスキップしたいくらいに舞い上がっていた。
 本当に、今日は何て幸運なんだろう。

 そしてこの幸運こそが、僕が人生を振り返る羽目になった原因でもある。ちょっとだけ遡って説明するよ。



 * * *

 楽しい食事を餌にしたけど、聞き出せた情報は少なかった。それでも、大まかな事情は理解出来たから良しとしよう。
 ディーンの話を纏めるとこうだ。

『僕と別れた直後に絡まれたのか。もう少し一緒に居れば、力になれたのに。肝心な時に役に立たなくてごめん』

 やっぱり相手には、相応の報いを受けて貰う必要がある。僕が密かに復讐計画を練っていると、ディーンが珍しく迷ったように口を開いた。

『……寧ろ、お前が居なくなるのを待ってたんだと思うがな』

『うん? 何でそう思うんだい?』

 情けないけど、僕は喧嘩は強くない。
 けど不思議な事に、周囲からは強者に認定されている。動体視力と反射神経を駆使して戦ってる内に場数を踏み、気が付いたら無敗の肩書きを得ていただけだ。

 真相は単純でくだらない。
 僕の運が素晴らしく良くて、相手が弱かった結果なんだけどね。
 けど、売られた喧嘩は買う主義だ。
 そして二度と歯向かう気が起きないように、徹底的に叩き潰す。誰だって、降りかかる火の粉は払うだろう?

『笑いながら気絶するまで殴り続け、逃げれば何処までも追いかける。そんな奴に関わりたいと思う人間はいないだろ』

『え、僕って笑いながら殴ってるの?』

『やっぱり無意識だったか。一度しっかり自覚しろ。お前は遊んでるつもりだろうが、端から見れば一方的な暴力だ』

 初めて知った事実に、コーヒーで喉を潤しながら記憶を探ってみる。うん。やっぱり思い当たる節がない。それに、そんな風に思われてるのはちょっと心外だ。

 喧嘩の最中はディーンに危害を加えようとする奴を倒すのに夢中で、遊んでるつもりなんて毛頭ない。
 何時だって全力で叩き潰している。

『俺は真面目に忠告してる。なのに、お前は何で笑ってるんだ? 返答次第では殴られると思え』

『怒らないでくれよ。君がそんなに僕の事を見てくれてたなんて、嬉しくてさ。心配してくれてありがとう』

『……別に、心配したつもりはない』

 眉間に深い皺を刻むのも、不意に視線を逸らすのも、ディーンが不機嫌な時にする癖だ。近寄り難い彼の子供っぽい一面に、申し訳ないけど僕の頬は緩んでしまう。

『それでもいいさ。どんな理由でも、リーダーが僕を見てくれてた事が嬉しいんだ』

『お前、いや……もういい』

 何を言っても無駄になると判断したらしく、ディーンは溜め息を吐いただけで終わった。ただ僕の飲んでいたコーヒーを取り上げ、テンポよく喉を鳴らして飲んでいるのは、何かの仕返しのつもりなのかな。
 間接キスだって言うのは、僕の心の中に閉まっておくよ。

『考えたんだけど、僕がリーダーの送り迎えをするのはどうかな?』

『……どう解釈したら、そんな答えに辿り着く。余計なお世話だ、必要ない』

『でもリーダーの仮説が正しいなら、僕が居る事で抑制効果に繋がるんじゃないか? それでも喧嘩を売って来る馬鹿がいたら、二人で返り討ちにすればいい』

 何て言ってはみたけど、断られるのは目に見えている。今だって、こうして普段より長く一緒に居られるんだ。
 これ以上を望むのは、流石に欲張り過ぎかな。

『…………なら、一週間だけだ』

『へ?』

 我ながら間抜けな返事だったと思う。



 * * *

 あの後話はトントン拍子に進み、僕は一週間限定だけどリーダーのボディーガードを務める事になった。こんな僥倖が続くなんて、僕は一生分の運を使い果たしてしまったんだろう。

「幸せすぎて死ぬんじゃないかって、今凄く不安だよ。でもリーダーに看取られるんなら、それも悪くないのかな」

「はっ、笑わせるな。十年後でも俺に付き纏ってそうなお前が、そんな繊細な人間な訳がないだろう」

「あれ、随分な言われよう……だ」

 現実の喧騒が一瞬で消えた。
 悪態とも取れる冷たい言葉に含まれた、素直じゃないディーンの優しさが。怒ったように、困ったように、小さく揺れた瞳が。

「帰るぞ、カスティエル」

 僕の名前を呼んだ、その柔らかく弾んだ声が。幻のように消えた微笑みが。
 僕の全てを狂わす。

 まだまだ死ぬ訳にはいかないと、先を歩くディーンの背中に飛び付いた。




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