SUPERNATURAL


指先から始まる幸福


 
 街を闊歩する風が冷気を纏い始めた11月。
 暑いと喚き汗を流していた夏は終わり、寒いと身体を竦める冬が直ぐ其処まで来ていた。
 少し前までは挑発的な薄着をしていた女性も、露出を控え時季に合った服を着ている。
 本格的な冬の到来も、時間の問題だろう。

 狩りの道具や日常品を補充しに街を探索していたディーンは、薄着の女の子が激減している事に愕然としていた。目の保養が望めないだけでも大打撃なのに、寒さは狩りにも支障を来す。
 煩わしい季節の気配に、ディーンは端麗な顔を歪める。ぽってりした魅力的な唇から、哀愁に満ちた呼気が一つ溢れ落ちた。

(……だから冬は嫌いなんだよ。俺の密かな楽しみを奪いやがって)

 欲しいオモチャを買ってもらえなかった幼子のように、ディーンは内心で悪態を吐きながら足を進める。その前方からやって来たのは、二人三脚でもしているのかと思う程に身を寄せた一組のカップルだった。

 波打つブロンドの髪を風に踊らせた女性は、隣に居る男に幸せそうに笑顔を振り撒く。男も柔らかく目を細め、頬の筋肉を緩めて女性の声に耳を傾けている。
 傍から見れば、微笑ましい光景だろう。

 ただ、今日のディーンは少し心が荒んでいた。
 普段なら気にも留めないその光景に、意味も解らず苛々してしまう。
 人の目も気にせず堂々と手を繋ぎ、万人に恋人だと表明するその姿が酷く腹立たしい事に思えてならない。

 息苦しさに負けたディーンの足が、歩くのを放棄した。湖面に波紋が広がるように、美しい翡翠色の瞳に憂いが差す。

「ディーン、どうかしたのか?」

 肩に感じた僅かな重みと温もり。
 不快感を抱く事なく耳の奥へと溶けた声。
 ディーンが緩やかに首を動かせば、深い蒼の眸が表情を探るように覗き込んでいた。胸の大半を占めていた苛立ちは瞬時に消え、変わりに悔しさが込み上げる。

 苛立ちの原因が解ってしまったのだ。
 それはこの先もディーンに付き纏い、解決される事のない痛みを与え続けるだろう。

「ちょっと腹が減っただけで、何でもない。昼飯でも買いに行こうぜ」

 軽く笑ってカスティエルの肩を叩き、小さな胸を蹴破ろうとする悔しさを奥へと閉じ込める。

「ディーン、その紙袋を私に」

「は? 何だよいきなり」

「買い物を続けるのだろう? それを抱えていては不便だ。私が預かっておいた方が効率がいい。渡すんだ」

 強気な物言いに少し驚いたディーンは、袋とカスティエルの顔を見比べた。袋の中身は塩や狩りで使う道具が入っており、それなりの重さがある。確かにカスティエルに預けておけば、スムーズに買い物を続けられるだろう。
 特に断る理由も無く、ディーンは持っていた袋を手渡した。

「ありがとな、キャス。助かるよ」

「いや、君の役に立てて良かった」

「つまんねぇ事に付き合わせた詫びだ。昼飯奢ってやるよ。バーガーなら食う――」

 素直に感謝するのも悪くない。
 重苦しい気持ちが綺麗に晴れたディーンは、仄かに照れながらカスティエルに微笑む。
 だが言葉は中途半端で途切れ、表情は晴れやかなままで凍りついた。
 荷物が無くなったディーンの右手に、ごく自然に添えられたカスティエルの左手。その指は一輪の薔薇を持つように、飽く迄も繊細な仕種で絡まる。それだけでも充分な衝撃だったが、天使は攻撃の手を緩めなかった。

「……っ!!」

 一陣の木枯らしが、街路樹を揺らす。
 紅く色付いた葉が音を立てて宙に舞い、ディーンの小さな声を隠蔽してくれた。
 薄く開いた唇に押し付けられたのは、柔らかいが少しだけ乾燥したカスティエルの唇。白昼堂々の犯行に、ディーンの思考は停止する。もし荷物を持ったままだったら、確実に落としていただろう。

「昼食を買いに行くのだったな。……ディーン? 顔がとても赤いが、具合でも悪いのか? もしそうなら、買い物は後回しにした方がいい」

 的外れな事を語りかけてくるカスティエルに、ディーンは返す言葉もなく固まった。
 それは、偶然居合わせた通行人にも同じ事が言える。被害者は、進行方向から歩いて来た二人組の女性。
突然繰り広げられた男同士のラブシーンに、口元を押さえて目を剥いている。

「ちょっ、とりあえず来い!」

 好奇の目に晒された事で正気に戻ったディーンは、繋いだままの手を引っ張ってその場から離れた。最初に目についた裏路地へと身を隠し、とんでもない事を仕出かしてくれたカスティエルを睨みつける。短い距離しか走っていないので、息は然程乱れていない。だが、ディーンの心臓は有り得ない程に暴れていた。

「何のつもりだキャス! キスする時は、二人っきりの時だけにしろって、いつも言ってるだろうが!」

「すまない。だが、私もいつも言っていると思うが? 二人きりの時だけで満足出来る程、私は辛抱強くないと。あんなに綺麗な笑顔を見せられては、我慢など出来る筈がない」

「開き直るんじゃない! それと、その恥ずかしい台詞は止めろ!」

「それに、新発見だディーン。手を繋ぐという行為は、とても幸せな気分になる。君の体温が、何にも邪魔されずに私に伝わるんだ。これは凄い事だ、ディーン」

 情熱的な台詞を饒舌に飾り立てたカスティエルは、不器用なり感動を伝えて来る。そんなに喜ばれると、流石のディーンもこれ以上の叱咤は不可能だ。諦めたように大きな溜め息を吐き、繋いだままの手を揺らす。

 柔らかい女性の手とは違い、ゴツゴツした男の手。握り心地はどうかと聞かれれば、苦笑いをしながら「微妙」と答えるだろう。

 カスティエルとディーンは繋がれた手に視線を落とし、暫く無言を貫いた。

「せめて、路地裏を出るまででいい。君と手を繋いでいたいんだ。駄目だろうか?」

「…………本当に、路地裏出るまでだからな。今日は風が冷たいし、特別だ。ただし、次に人前で今日みたいな事したら、当分は口利いてやんねぇ。解ったな、キャス」

「今日だけというのは残念だが、君が嫌がるなら仕方ない。ならば、ゆっくり行こう。出来るだけ長く、君と手を繋いでいたいんだ」

 何処までも素直に感情を吐露するカスティエルと、何処までも素直になれないディーン。言葉を使うのが苦手なら、残された方法は態度で示すしかない。

「知ってたけど……。キャス、お前ってさ、本当に恥ずかしい奴だよな」

「恥ずかしい? 私が? ディーン、それはどういう――?」

「いいから。ちょっと黙ってろ」

 繋がれた手に少しだけ力を込め、今度はディーンの方からカスティエルにキスを仕掛ける。

 手を繋がれた時、確かに恥ずかしかった。
 だけれども、それが一番強い感情ではない。
 本当に一番強かったのは――。

(嬉しかったんだよ。お前が俺を恋人だって言ってくれてるみたいで、さ)

 往来で手を繋ぐカップルに、ディーンは密かに嫉妬していたのだ。人肌恋しい季節だから、恋人に寄り添いたくなる。
 その事実は、今はまだカスティエルには教えない。





END


 

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