やみへのたびだち 01
ゴト シャンッ
「……はっ」
手から携帯が滑り落ちた音と、それに付けていた鈴の音で目が覚める
授業で持久走、そして電車の心地よい揺れについウトウト……を超えてがっつり熟睡していたらしい。その証拠に周りに人はいないし、車内は電気がなく薄暗い
これが車庫ってやつなのか……と思ったが、電車が風を切って走っている音が耳に入って考えを改める
え、じゃあ、なにここ。
人もいない、電気もない、でも走っている電車
窓もない、扉もない、でも電車みたいな乗り物
…………。
「ふおぉぉぉおぉぉ!?」
眠気の代わりに悪寒に襲われ、思わず立ち上がる
膝に乗せていたカバンは携帯よろしく、音を立てて床に落ちた
しかしそれを気にするほどの余裕が、わたしにはなかった
「ど、どこだここ!?怖ッ、なにさこれ!?」
「あ!他にも人がいたー!」
「はいぃッ!?」
声に驚き、振り返って目に入ったのは桃色の人型の影
パタパタと小走りに近づかれるにつれ、その姿ははっきりと認識できるようなった
桃色の制服を着た、朱色の髪の、わたしと少し年の離れた女の子
女の子は不思議そうにわたしの顔を覗き込んで、言う
「ねえねえ、アンタいつから地下鉄に乗ってるの?」
「ち、かてつ?」
「別の車両だったし、あそこから乗ったのはあたしたちだけっぽいから別の場所から乗ったんでしょ?」
「どこからというか、乗り換えでというか……」
「え、乗り換えとかあるの!?あ、じゃあこれ知ってる?」
状況がわかっていない私などお構いなしに、女の子は話を押し進める
見せられたのは一冊の本だった
表紙がなんとなく禍々しいが、どことなく見覚えがあるその本の題名は『界列の日』
「これ書いたの、あたしのお父さんとお母さんなんだ。あたしたち、2人を探してるんだけど、知らない?」
記憶をひっくり返して出てきたのは薄過ぎる本の内容だけだ
……たしか、小学生か中学生かの総合学習のときだったか。日本に起きた世界的な異常気象として学んだ、おもい、で、が、
闇の柱、
世界の柱
二体の獣、
二体の召喚獣
白と黒、
かれらのいのちのいろ
「
ねえ!」
「はい!」
思い出すことに没頭しすぎて、目の前のことを忘れていた
思わず元気の良い返事をしてしまい、女の子に変な目で見られた
胸が痛い
「んで、なにか知ってんの?」
「あ、いや、その本を知ってるってくらいかな。著者……ご両親がどちらに、ってのは知らないや。ごめんなさい」
「そっかぁ……」
落ち込まれた姿に少々申し訳なく感じるも、正直わたしはこの女の子よりも悪い状況にいる気がしてならなかった
だって、わたしの通学は電車は乗っても地下鉄なんて乗らない。「いつから乗っている」って、どういうことだろうか
それにさっき『界列の日』について思い返した時、なにか別のものを思い返した、ような…
「あの、これ…」
「ん?あっ、えっ?」
「あら?貴女の、よね?」
「あっ、そうです。すみません」
再び没頭しそうになったところに視界に入ってきた私のカバンと携帯電話
あわやすっかり忘れてた。慌てて受け取り頭を下げた
誰だかさっぱりわからないが、落し物拾ってくれる人に悪い人はきっといない
「ありがとうございます」
「いえ、えっと、どういたしまして!」
「そういえば自己紹介してなかった!あたし、早川アイ。で、こっちが弟のユウ。んで、こっちがさっき会った人」
「お姉ちゃんとは双子なんだ」
「あはは……私はリサよ」
白い制服を着た茶髪の男の子ユウと、橙のノースリミニスカな黒髪のお姉さんリサ
……リサさんを視界に入れた瞬間、思考停止してしまった私は悪くない
だってこのお姉さん、体のライン出過ぎというかこれが俗に言う着衣エロですか。と言いたくなるレベルで服装とスタイルがやばい。同性でも目のやり場に困る
すごい殺傷能力だ……ッ、なんにもわからないけど世界って広いわ……ッ
携帯を持つ手でそっと自分の胸に触れ、なんとも言えない悲しみを感じた
「えっと、空木かなたです。
その、ちょっと聞きたいんだけどここって」
3人よれば文殊の知恵。持ち合わせる情報量こそ少なそうだが、彼女たちはなにかしら知っているはず。そう、少なくともこの地下鉄のことくらいは
そう思って質問を口にしようとしたとき、ガタンと車内が傾いた
いや、傾いた、で済む程度のレベルじゃない!
「え、ぇえ?」
「な、なにー?!」
「うぇ、あ、え、う、ういてるっ?!」
「それともっ、落ちてる?!」
もはや垂直に傾く車内
必死に手すりに捕まるもアイちゃんに腰に抱きつかれ、手すりを掴む腕だけを頼りに体が宙に浮く始末。まるで鉄棒、いや懸垂のごとく。
なんでこんな修羅場みたいな体験をしなければならないのか
ただいつもより、うっかり車内で熟睡しちゃっただけじゃないか!
「う、うで、もう無理……」
「えええ!?もうちょっと頑張りなさいよ!!」
「無理ですぅ……」
元々平均的な体力とそんなにない腕力が限界を迎えるのは、思ったよりも早かった