05

真っ暗な部屋に着信音が響き渡った。首元のチョーカーの電源を確認してから通話ボタンを押すと、落ち着いた低めの声が、挨拶もそこそこに成功の意を伝えてくる。
思わず出そうになる安堵の息を飲み込み、私はできるだけ冷静に聞こえるように口を開いた。


「ご協力感謝します」
「君の頼みなら構わんさ。ところで、約束は覚えているか?」
「もちろんです。一つ貸しですね」
「あぁ。いつかの為に大事にとっておくとしよう」


日中ポアロにて梓ちゃんに癒してもらった後、前々から計画していた景光くん殺人事件(仮)作戦を決行した。
まず問題になったのは、本来の事件がいつ起きるのか不明だったこと。その為に降谷くんや景光くんと同じく組織に潜入しているFBIきっての切れ者である赤井秀一にフルールとして接触し、ある程度の信頼関係を築いた。そして、組織に敵対する意があることを話し、景光くんの件で協力者になってもらうことで決行日を確定させた。あとは流れをできるだけ変えないように景光くんが死んだように偽装するだけだ。
今回の作戦が成功したのは、私ではなく赤井さんの功績によるものが大きい。その見返りとして金銭ではなくなぜか貸しを要求されたのは驚いたが、成功したためそのくらいならばと了承した。というか、かなりこきつかったのに貸し一つでいいとは、できる男は懐も広い。


「では、また何か欲しい情報があれば連絡してください」
「あぁ、近いうちに連絡するかと思うがよろしく頼む」


通話を切って、チョーカーの電源も切る。これでまずは私の思惑通り物事を進めることができた。さらに景光くんという労働力・・・もとい助手も手に入った。
少し高めの椅子の背もたれに体重を預けて、目を閉じる。眠気はないが、これからの事を整理しようと瞳を閉じたまま思考していると、携帯の着信音が寝室から聞こえてきた。
この音は、私用の方だ。空はまん丸な月が真上に輝いており、かなり遅い時間だとわかる。こんな時間に電話をかけてくるような親しい友人は残念ながら私にはいないはずなのに、誰だろうか。不思議に思いながらも鳴りやむ気配がない為、椅子から立ち上がり寝室へと向かった。
未だ存在を主張し続ける携帯の画面を見て、思わず目を見開いた。なぜなら、画面に出ていたのは"降谷零"だったから。お互いに大学を卒業してから一切連絡をとっていなかったのに。しかし、指は自然と通話ボタンを押していた。


「もしもし」
「・・・・・・」
「・・・あれ?もしもし?」
「・・・名前か?」
「はい、名前です。久しぶり、降谷くん」


名前を呼ぶと、息をのむような声が聞こえてから黙り込んでしまった。もしかして降谷くんではなかったのだろうか。でも私の電話番号は変えていないし、電話帳に登録している降谷くんの電話番号を変えた覚えもない。
もう一度名前を呼んでみると、やっと応答があった。


「あぁ、久しぶりだな。・・・元気か?」
「私は元気にしてるよ。急に電話かかってきてびっくりした」
「俺も電話に出たからびっくりした。いつもこんなに遅い時間まで起きてるのか?」
「まさか。今日はなんだか眠れなくて」
「寝不足は肌に良くない」


久しぶりの会話とは思えないくらい穏やかで、まるで学生の時のようないつも通りの会話が続く。降谷くんの優しい穏やかな声が心地よくて、さっきまで眠気なんてなかったのに瞼が重くなってくる。返答も徐々に遅くなっているのに気が付いたのか、降谷くんはクスクスと笑い出した。


「昔から名前は俺と話しているとすぐ眠そうにするよな」
「本当にね。きっと落ち着くからだなぁ」
「・・・俺も名前の声を聞くと落ち着くよ。本当に、元気そうでよかった」


よかった、の声がかすかに震えていたのには気が付いていた。今日降谷くんはひどく後悔し、憎み、悲しんだ。そんな時に私に電話をかけてきたのは、景光くんとつながりが深かったからだろう。私はなんと答えたらいいのかわからず、黙り込んでしまった。
降谷くんも元気そうでなにより、そう言うのが正解なのはわかっている。でも言えなかった。実際、私が何を答えても、無責任で空虚で最低な意味にしかならない。
私に彼を心配する権利も資格もない。
しばらく続いた沈黙を破ったのは降谷くんだった。


「・・・名前を、呼んでくれないか」


いつの日か、降谷くんを名前で呼ぶのをやめてしまったことを思い出す。突然呼び方を変えた時、彼は少し目を見開き、少しだけ寂しそうに笑っただけで何も聞いてこなかった。私が他の女の子達に目の敵にされている為、満足に友人が出来ないことをわかっていたのだろう。だがそれでも一緒にいることをやめることはなかった。
他の誰でもない降谷くんの滅多にないお願いだ。名前を呼ぶくらいならと久々の言葉を発した。


「零くん」
「もう1回」
「ふるやのれーくーん」
「はは、本当に眠そうだな。もう切るよ。・・・ありがとう、おやすみ」


おやすみなさい、と私が返事をすると通話が切れた。
降谷くんを幸せにするために私は存在しているのに、なぜ今彼はこんなに苦しい思いをしている?見た目には流れを変えないように、話の流れを変えないと私の利点が失われてしまうからだよ。未来を知ってるという利点は、今降谷くんを傷つけてまで守らなければならないものなのか。せめて景光くんが生きていることは伝えた方がいいのでは。でも生存を知っている人が増えれば増えるほど景光くんの命は危険にさらされる。赤井さんの命も。ねぇ、降谷くんの幸せの為に他の全部捨てるんだよね?じゃあなんで他人のことなんか気遣ってるの?ちがう、景光くんを守りたいのは降谷くんの為で。じゃあなんで言わないんだ。景光くんが大事だからだろう。
頭の中でまとまらない考え同士が喧嘩を始める。考えがまとまらない。きっと久しぶりに降谷くんの声を聞いたからだ。彼の声は私をダメにする。優しく真綿で包むように、寄り添って、甘やかそうとしてくる。でもそれに甘えちゃいけない。彼は私などに構っている暇なんかないのだから。
大事なものは一つしか持たない。そうしないと手のひらから零れ落ちてしまう。私では複数を守りきれない。私は、私より大事なものの為に景光くんを助けた。この世界の人たちはみんな、周りのものを守る強さを持っているが、私にはそんなもの備わっていない。全力で努力して、目的以外のものをすべて排除して、初めて彼らと同じ土俵にしがみつける程度の凡人だ。自覚している。だからこそ、高望みはしてはいけない。
ふぅ、と考えすぎで熱のこもった息を吐き出して、未だにツー、ツー、と通話終了を教えてくれていた携帯の通話終了ボタンを押す。考えすぎてしまうのは夜のせいもあるかもしれない。先ほどまでの降谷くんの声を思い出すとまた眠気が襲ってきた。その眠気に逆らう気は起きなかったため、私は大人しくベッドに入るのだった。
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