04

カランカラン、とベルの音が店内に鳴り響いて私はパソコンから顔をあげる。店内を見渡すと、私以外のお客さんは一人もいなくて、今のベルの音で誰かが退店したのだろう。凝り固まった体をほぐすと、バキッと人間の体から出たとは思えない音がして思わず顔をしかめる。


「今、すごい音がしましたね。」


そう言いながら喫茶ポアロの看板娘である梓ちゃんが空のコップに水を注いでくれた。来店時に注文したコーヒーは飲み干してしまっているため、机の上には水しかなかった。時間を見ると、来店してからすでに三時間も経過していた。コーヒー一杯だけ頼んで三時間も居座るなど、本来ならば営業妨害もいいところなのだろうが、生憎この喫茶店はいい意味でそこまで繁盛している訳ではないので、退店を促されることはなかった。おいしいコーヒーに落ち着いた雰囲気、いつもの常連さん。利益を出すためというよりも趣味に近い、そんな昔ながらの喫茶店だからこそ、私も足蹴く通っている。まぁ、梓ちゃんが可愛いというのが主な理由なのだが、コーヒーがおいしくてお店の雰囲気がいいのもまた事実。これが金髪イケメン王子様がバイトしだすと失われてしまうのかあ。


「お水ありがとう。ごめんね、居座っちゃって。」
「いいえ!ゆっくりしていってくださいね。」
「梓ちゃんは本当にいい子だね。ケーキセット追加でお願いします。」
「名前さんは、いつも素敵ですね。ドリンクはコーヒーでいいですか?」


いつものように話しながら追加の注文をすると、これまた素敵な笑顔で快諾してくれた。はぁ、尊い。
カウンターの一番遠いところはいつのまにか私の特等席になっていて、割と人が少ない時間ばかり狙ってくる私が来ると、いつも梓ちゃんがここに案内してくれる。その席でパソコンを開いていつも何かしら作業している私は一体どんな風に映っているのだろうか。


「お待たせしました。ケーキセットです!」
「ありがとう、可愛い店員さん。」
「・・・あの、少しお話してもいいですか?」


ケーキセットが乗っていたお盆を胸に抱えながら、気合を入れて話けてくる梓ちゃんに笑顔で了承の言葉を伝え、隣の席を促した。いくらお客さんがいないとはいえ、一応仕事中の彼女に椅子を進めるのは悪かったかも。そう思った時にはすでに梓ちゃんは笑顔で腰かけており、とりこし苦労であった。いいのかマスター。


「名前さんって学生さんですか?」
「え、全然違うよ。ただのしがない絵本作家してます。」
「絵本作家!?カッコイイ!どんな本出されてるんですか?」
「んー、"春のおひめさま"とか知ってる?」
「知ってます!友達の出産祝いに購入しました!すごいですね!」


自分の知ってる本の作者を前にして、少し興奮しているのか頬を赤らめて距離を縮めてくる梓ちゃんに思わず笑顔がこぼれる。不定期ながら三日もあけずに入り浸る妙齢の女性がいるとなれば怪しむのも当然で、今まで名前以外特に聞かれなかったのが不思議なくらいだ。
私の出版した絵本について話をしながら、ケーキを頬張る。いつもの濃厚なチョコレートの味を舌で感じ、また笑顔がこぼれた。それを見た梓ちゃんが嬉しそうに、


「名前さん、本当にチョコレート好きですよねぇ。見てるこっちが幸せになります。」
「世界で三番目にチョコが好き。なかったら倒れちゃう。」
「三番目・・・ということは一番と二番があるんですね!教えてほしいなぁ〜」
「ふふ、内緒。」
「じゃあせめてどっちかだけでも!」
「え〜」


クスクスと笑い合いながらそんな会話をする。私には絶望的に友達がいない。話し相手は仕事関係か、阿笠博士か、今度増える予定の同居人だけであり、女の子との会話に飢えている。ポアロに通うのは梓ちゃんが可愛いから、という理由にも納得いっていただけただろうか。こうやってなんの裏もなく、後から思い出すのも困難なとりとめのない話をするのが女の子はみんな大好きなのだ。
私の好きなもの、についてなぜか興味津々な梓ちゃんがあまりにも可愛いので、私の口も緩んでしまうというものだ。


「二番目に好きなものは、この世界かな〜」
「わあ、思った以上に壮大!」
「そうかな。でもこの世界に生まれたから梓ちゃんに会えたし。」
「そしてイケメン発言すぎる!」


ごまかすように笑いながらホットコーヒーに口をつける。コーヒー豆の風味が鼻から抜けて後味がすっきりとしており、砂糖もミルクも入れていないそれは甘ったるい口の中をすっきりとさせてくれた。チョコレートとコーヒーがあれば、一生食べ続けられるなぁ。


「梓ちゃんは本当にいいお嫁さんになるねぇ。」
「やだー、ほんと名前さんってお上手!」
「いやいや本気で。結婚式の写真見せてね。」
「そこは招待してではないんですか?」
「梓ちゃんのドレス姿とか見た瞬間死ぬから無理かな」


リアルガチで神々しすぎて死ぬかもしれない。こういうなんでもない会話をさせてもらえるだけでも通う価値があるというのに、コーヒーが美味しくて梓ちゃん可愛くて。ここが楽園か。


「ところで、一番目に好きなものは教えていただけないんですか?」
「本当に大事なものは自分の心の奥底で大事に仕舞っておきたいから内緒。」


これ以上話す気はないという意味も込めて、ニッコリと笑いながら答えた。梓ちゃんは、一瞬きょとんと瞳をまん丸に丸めて花のように笑う。


「やっぱり名前さんは素敵ですね!」


あんたの方がよっぽど素敵だよ。

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