07

真っ暗な空間に私は立っていた。風も匂いも感じない。足元に視線を移すと、名も知らぬ男女が無数に積み重なっていた。彼らは私の心に直接問いかけてくる。


「なぜ助けてくれなかったの」
「知っていたのに」
「見捨てたのか」


思い思いの恨み言が聞こえてくる。私は耳を塞がずにただその言葉を聞いていることしかできなかった。謝ることなどできない。私が動くことで助かる命が確かにあって、それを見捨てたのは私の判断だ。
力も能力もろくに持ち合わせていない私が守れる範囲は本当に狭くて、全てを守れない。大事なもののために私は、全てを捨てる覚悟をした。きっといつか、その捨てたものたちからの報いを受けるのだろう。
願わくばその日が、すべてが終わってからであればいい。







「おーい、朝ご飯できたぞー」


豪快なノックと共に聞こえた景光くんの声で目が覚める。すぐいく、と寝起きで掠れた声で応えると、ドアの前から人の気配が去っていった。
夢見が悪かったせいか、今ひとつ頭が覚醒しない。きっと昨日の赤井さんからの電話のせいだ。


「組織に正体がバレた。すまないが今後は君と組織に関する情報交換をすることが難しくなる」
「大丈夫なんですか?」
「あぁ、君の事は一切バレていない。安心してくれ」
「私の事ではありません。正体がバレたあなたの話です」
「・・・心配してくれているのか」
「貴重なFBIとのコネクションですからね」
「ホォー・・・君ならば他にも素敵な友人がいそうだが」
「さぁどうでしょうね。貸しはまだ使いませんか?」
「あぁ。再会の日を楽しみにしている」


そう言って名残惜しむ間もなく通話を切られた。再会の日って、直接会ったことはないのに何を言っているんだか。貸しをチャラにしたかったのだが、まだ使いたくはないようだ。次話す時までに忘れてくれてたらいいけど。
しかし、久々に前世で知っていた出来事が起こって、自分が部外者である事を再認識したせいであんな夢を見てしまった。きっとこれからも見る頻度は増えていくのだろう。


「おーい!冷めちまうから早く来いよ!」
「もう行くから待って!」


どんどん思考が深くなりそうなタイミングで、景光くんの不満そうな声がリビングから聞こえてきた。未だベッドの中にいたため、のっそりとした動作でスリッパを履いてリビングに向かう。


「景光くんおはよう」
「おはよ。ほら、今日は割と上手いだろ!」
「ほんとだ、おいしそう。いただきます」


リビングにつくと、テーブルの上には朝ご飯がバッチリ準備されていた。まだ見た目はあまりよくないが、初日に比べたら随分上手になった。それもこれも、同居を提案した日に景光くんにしこたま怒られたせいだ。
以下、回想。


「なんだこの家は!!!」
「私の家ですが」
「そんな事を言いたいんじゃない!物が少なすぎる!」
「シンプルイズベストって知ってる?」
「これはただの殺風景だ。モデルルームの方がまだ生活感あるぞ!?調理器具が1つもないし、家具はテーブルと椅子だけ!極めつけは冷蔵庫!水とチョコレートとゼリーしかないじゃないか!何食べてんだお前は、妖精さんか!?」
「チョコレートがあれば生きていける」
「んなわけないだろ!よく見たら昔よりだいぶ痩せてるし・・・。こうなったら、健康で文化的な最低限度のな生活を営ませてやるから覚悟しろー!!」


そう言って財布片手に出ていったと思えば、色々な生活用品を抱えて帰ってきた景光くんは、私のお母さん兼お嫁さんへとジョブチェンジしたのでした。回想終わり。
それからというもの、放っておけば1日何も食べないような生活を送っている私を見て、1日3食作ってくれるようになり、ご飯がいらない時は連絡を入れないと怒られるようになり、家具や小物なども景光くんが少しずつ購入してきたのか部屋には生活感が出てきた。ただし、料理の腕前については作ったこともなかったのかダメダメで、まだ私の方が上手かった。仕方ないので基本だけ教えたら後は自分で動画を見て勉強したらしく、今では普通に味は美味しい。
毎朝の日課である新聞を読みながら、卵焼きを口に運ぶ。


「卵焼きおいしい」
「わかったから食べながら新聞読むのやめなさい」
「んー」
「今日の予定は?」
「絵本仕上げないといけないから手伝って欲しいな」
「わかった。後で部屋行くよ。」


景光くんには、情報屋としての仕事だけではなく、絵本作家としての仕事も手伝ってもらっている。彼はやればできるタイプのようで、私より絵も上手くなった為、最近はほとんど描いてもらっている。
死を回避した直後、彼にはほとぼりが冷めるまでは一切行動をしないで隠れてもらっていた。しかしその間、景光くんはあまりにする事がなさすぎた。出来ることと言えば考えることくらいで、様々なことを考えすぎたのか、久々に彼をカメラ越しに見たときは驚いてしまった。あまりにも私の知っている景光くんからかけ離れていたからだ。頬はこけ、瞳に光は見えなかった。
人の命は助けて終わりではない。その後のその人の人生にも責任を持たなければいけないのだと初めて気がついた。命を繋ぐということは、命を奪うことと同じくらいにその人の人生に干渉するということなのだと。
しかし、私なんかにかける言葉などなかったため、とりあえず仕事に没頭して考える暇もなくしてもらおうと様々な仕事をお願いした。するといつの間にか元気になっており、心当たりがなかった私は内心首を傾げたが、元気なのは何よりなので特に追求はしなかった。
周りの大事な人が誰一人自分の生存を知らない中で生きるのは、どんな気持ちなのだろうか。私には推し量ることができないが、出来るだけ早く解放してあげよう、と決意を新たに新聞を読もうとして、景光くんからゲンコツを頂戴するのであった。


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