「名前さん!今度部活の都大会があるんだけど、もしよかったら応援に来てくれない?」
ポアロでチョコケーキを堪能していると、私を見つけて嬉しそうに駆け寄ってきた蘭ちゃんが、挨拶もそこそこにそんなことを言ってきた。つい最近、空手を始めたの〜、と可愛く言ってきたと思ったら、もう都大会に出るのか。時代の流れとはかくも恐ろしいものである。私もアラサーになるわけだ。
応援に来てほしいなんて可愛くお願いされたら断れるわけもなく、日程を確認した。
「あ、ごめん。その日は仕事が入ってるから行けないや」
「えー!残念・・・名前さんが来てくれたら頑張れるのに・・・」
「私が行かなくても、毎日頑張ってる蘭ちゃんならきっと優勝できるよ。頑張ってね」
不満そうにしながらも引き下がってくれた蘭ちゃんは、本当に聞き分けがよくていい子だ。将来、事件の尻ばっか追いかけて行方不明になる幼馴染には気を付けてね。
しかし仕事なのは本当なのでもう一度謝って、激励の言葉をかけておいた。お詫びにお姉さんがケーキ奢ってあげようね。
*
「ん?なんじゃ、お前は・・・」
「オレだよ、オレ!新一だよ!」
それがどうしてこうなる。蘭ちゃんとポアロで遭遇してからしばらく、阿笠博士から「ちょっと晩御飯と開発に付き合ってくれんかのぉ」と電話があり、景光くんも仕事でいないことだし、晩御飯食べないと怒られるしなぁとホイホイされ、コロンボで一緒に食事した。その時に開発の件で話が盛り上がって、雨が降っているのにも構わず走って阿笠邸まで戻った後、体も拭かずに開発へと取り掛かった。と言っても私はシステム面しか協力できないので、少し離れたところからモニターを見ながら口を出して、阿笠博士がひたすら手を動かすという感じで、手伝えてるかは疑問が残るが。
そんな時、何を間違えたのか目の前で小規模な爆発が起き、壁を壊しながら阿笠博士が飛んでいってしまった。慌てて追いかけると、ブカブカの服を着た少年とボロボロの博士が対峙していて、普通にびっくりしてしまった。
あれ、ちょっと前に蘭ちゃんから都大会のお誘い受けたよね?もう優勝してトロピカルランドデートしてきたの?時間経つの早すぎない?
「薬で小さく・・・?」
「ああ・・・」
私が思考に没頭してる間にも2人の会話は進んでいて、雨に打たれながら新一くんは必死に自分であることの証明をしていた。しかし、薬を飲んで小さくなったなどと荒唐無稽な事を言われ阿笠博士もさすがに怪しく思ったのか、新一くんの小さな手を勢いよく掴んだ。
「来い、あやしい小僧め!警察につき出してやる!」
「ちょ・・・あ、名前さん!オレ、工藤新一なんだ!阿笠博士を止めてくれ!」
「え、同姓同名?」
「違うんだって!高校二年生のこの家に住んでる工藤新一!!」
「・・・新一くんのファンの子かな?」
「だーかーらー!本人だっての!!」
わざとすっとぼける私に、話しても埒が明かないと思ったのか、新一くんは阿笠博士にターゲットを戻した。その後は新一くんならではの名推理を披露し、阿笠博士もやっとこの少年が新一くんだと理解したようだった。
「まさか、本当に、新一君か!?」
「だーから、さっきから言ってんだろ?薬で小さくされたって。名前さんも信じてくれた?」
「本当に新一くんなんだね。世の中不思議なことがあるもんだなぁ」
「・・・なんか白々しくないか?」
「まっさかー!とりあえず風邪ひいちゃうし家入ったら?私は帰るけど」
「え、来てくれねーの・・・?」
そう言って少ししょんぼりしながらこちらを見上げる新一少年を見て、胸から変な音がした。か、かわいすぎる。こんな頼まれ方したら行ってあげたくなるけど、そもそもコナンくんの正体は知らないことにしたかったのだ。これ以上は踏み込みたくない。可愛いけど、心を鬼にするんだ名前。そう決意を固めた瞬間、私の袖がなにかに引っ張られた。
ぎぎぎ、と錆び付いた人形のようにそちらを見ると、大きな瞳をかすかに潤ませてこちらを見上げる美少年。
「オレ、名前さんにも話聞いて欲しいなー・・・」
「ぐぬぬ、わかってやってるでしょ」
「なんのことだかわかんなーい!」
「そこまでじゃ。まずは家に入ってからじゃないと本当に風邪を引いてしまうぞい。ほらほら」
そう言って、阿笠博士と新一くんに背中を押される形で工藤邸に足を踏み入れてしまった。あざとい新一くんに私が勝てるわけないし、ここで駄々をこねたらただの子供だし、私子供じゃないし、我慢しよう。
とりあえず身体を拭かないといけない、という訳でタオルを取ってくると話す新一くんの後を追いかけた。
「別についてこなくても持っていくぜ?」
「でも、タオルのある所に手届く?」
「子供じゃねーんだから、届くに決まって・・・クッ!!」
「・・・背伸びしても届かないねぇ」
「・・・と、取ってください」
「はいはい。ついでに拭いてあげるよ」
自分の身長をまだ理解出来ていないのか、案の定棚に届かなかった新一くんをからかう。頬を赤らめて照れながらお願いする新一くんがあまりにも可愛らしくて、にやけるのを抑えられない。にやけ顔はさすがに変態っぽいので、工藤家の上質なフワフワタオルで新一くんの頭をわしゃわしゃする事で、それを見られないようにした。
子供扱いすんなって!とかなんとかわたわたと言っているが、今は子供なので甘んじてもらおう。あらかた拭き終わったあとは新一くんに着替えるよう促して、私も自分と阿笠博士の分のタオルを持って書斎へと向かった。
「どうぞ、博士の分です」
「すまんのぉ」
しばらくすると上着を羽織りながら新一くんが書斎へと入ってきた。それを見て思わず目を見開く。完全に服がコナンくんだ!蝶ネクタイつける少年可愛すぎかよ・・・。しばし見つめて堪能していると、新一くんは「黒ずくめの男達の怪しげな取引を見るのに夢中になっていたオレは、背後から近寄るもう1人の影に気が付かず目が覚めたら・・・!」を小さい身体を目一杯使って伝えてきていた。可愛い。
「なあ、頼むよ博士!天才だろ?オレの身体を元に戻す薬を作ってくれよ!」
「ムチャいうな!その薬の成分がわからんことには・・・」
「じゃあ名前さんは!?博士の頭脳担当だろ!?」
「頭脳担当ってなに・・・?私はシステム面担当なんで本当に無理」
まさか、私にも話を聞いてほしいと駄々をこねたのは解毒薬を作れると見込んでのことだったのか。彼は私を過大評価しすぎだ。新一くんは勘がいいんだか悪いんだかわからない時がある。
「じゃあ、奴らの居場所をつきとめて、あの薬を手に入れればいいんだな!?」
「ああ・・・その薬があれば、何とかなるかもしれんが・・・。新一君!小さくなった事はワシと名前君以外には言ってはならんぞ!」
「え?なんで・・・」
心底不思議そうな顔でそう問いかける新一くんに、阿笠博士は鬼気迫る顔で正体がバレる危険性を説いた。きっと蘭ちゃんには自分の無事を知らせたい、という気持ちが彼の思考を鈍らせたのだろう。新一くんともあろう者が、こんな簡単な事に気が付かない訳がない。
「決して誰にもいってはならん!もちろん、あの蘭君にもじゃぞ!名前君も、頼んだぞ!」
「は、はい!絶対誰にも言いません!」
阿笠博士の鬼気迫る顔が怖すぎて、思わず敬礼までとってしまった。言われなくても誰にも言うつもりなどない。
さて、口外しないことは約束したし、そろそろ帰ってもいいかな、とさよならを告げようとした瞬間。
「新一、いるのー?」
「ら、ら・・・蘭だ!!」
新たな人物の登場によって、この場からの離脱に失敗したのだった。ちくしょう。