玄関の鍵をかけるのをすっかり忘れており、蘭ちゃんがこちらに向かってくる音がする。どう見ても小さな新一くんな彼と蘭ちゃんを鉢合わせる訳にはいかないと、オタオタ慌てる少年を抱き上げ、一緒に机の後ろに隠れた。それとほぼ同時に蘭ちゃんが書斎へと入ってきた。
「あら、阿笠博士・・・」
「い、いやー、ひさしぶりじゃのー、蘭君!」
「玄関に名前さんっぽい靴もあったけど、名前さんもいるの?」
な、なぜわかった・・・!と戦慄したが、その直後に私の私物は恐ろしいほど少ない、と景光くんに言われたことを思い出して納得した。そういえば靴も2足しか持ってないわ。
ここで出なければ怪しすぎるので、新一くんをそっと机の陰に追いやって立ち上がった。
「こんばんは、蘭ちゃん」
「やっぱり!なんでここに?」
「・・・絵本の参考になる本を借りにね」
「新一の家って推理小説ばっかりなのに・・・?」
「た、たまにはテイストを変えてみようかと!ここの推理小説って多種多様だからね!」
「確かに・・・こんな本に囲まれて育ったから、新一も推理バカになっちゃったもんね・・・」
「うっせえなー・・・」
あぁばかたれ、なんで声を出す。なんて思ったのも後の祭りで、蘭ちゃんは机の後ろの謎の声に興味津々になってしまった。変装の為に優作さんの眼鏡をかけて、ふらついてしまった新一くんの傍にしゃがみこんで話しかけている。博士は焦って弁解しようとしていたが、私はこの後の展開を覚えていたため、黙って見届けようとしていた。ここまできたら私の存在を消すしかない。
「この子、かわいー!だーれ?」
「ワ、ワシの遠い親戚の子じゃ・・・」
「名前はー?」
「な、名前は新・・・でもなくて・・・」
心臓が変な音を立てている。今目の前で繰り広げられている光景は、あまりにも見覚えのあるものだった。前世の私が何度となく見た、あの光景だ。私が黙っていても、何なら存在すらしていなくてもこの展開になっていたのだろう。
「コナン!ボ、ボクの名前は、江戸川コナンだ!!」
この世界の絶対的正義で、主人公。江戸川コナンの誕生だった。なぜか、涙が一粒だけこぼれた。ここが現実だと、まだ受け止めていなかったのだろうか。私は一度死んで、また生を受けた。その意味とはなんだろう。もしかしたら意味なんてないのかもしれない。ただ、この瞬間私は、この世界のどこにも居場所を作ることができないのだろうと悟った。
あぁ、また考えすぎてしまう。私の悪いくせだ。こっそり涙を拭い、思考を目の前に戻すと、阿笠博士がコナンくんの肩を掴みながら、蘭ちゃんに押しだしているところだった。
「すまんが少しの間、この子を君の家で預かってくれんか?」
「え?」
「いやー、この子の親が事故で入院したんで、ワシが世話を頼まれとったんじゃが、ワシも一人暮らしでなにかと大変なんじゃ・・・」
「名前さんもダメなの?」
「え、あー・・・今1人暮らしじゃないからちょっとね・・・」
「え、彼氏できたの!?」
「彼氏じゃないよ、友人」
「なーんだ・・・やっと名前さんから恋バナ聞けるかと思ったのに・・・」
瞳をいつも以上にキラキラさせてる所悪いが、甘い雰囲気などかけらもないお母さんのような人との同居ですよ。なんて言うのは薮蛇なので黙って微笑んでおく。
その会話の間に阿笠博士とコナンくんがなにやらコソコソと話をしていたので時間稼ぎにはなっただろうか?
「で、蘭君どうかの?」
「いいけど、お父さんに聞いてみないと・・・」
「ボク、ねーちゃん家がいー!」
「まあ、かわいー!」
そこからは、元来世話好きで子供好きな蘭ちゃんが断るはずもなく、とんとん拍子に話が進んだ。そのまま4人で工藤邸を出て、蘭ちゃんとコナンくんが手を繋ぎながら帰っていくのを博士と2人で見送った。
「ごめんね、蘭ちゃん。役に立てなくて」
「全然!この子かわいいし!さ、帰ろうコナンくん」
「うん!オジちゃん、名前ねーちゃんバイバーイ!」
名前ねーちゃんって呼び方可愛すぎか。高鳴る鼓動を抑えて平静を装うのに必死だったが、やっと一息つくことができる。
二人が角を曲がって見えなくなった瞬間、私と阿笠博士は同時に大きくため息をついた。
「ふー・・・後は、うまくやるんじゃぞ・・・」
「コナンくんなら大丈夫ですよ。頭いいし。ただ、あの身体でも危険な事件に首突っ込みそうなのが怖いですね」
「そうじゃな・・・なにか手助けになるもの作ってやるかのぉ。名前君も手伝ってくれるか?」
「・・・えぇ、もちろん。ですが今日はもう失礼しますね。また明日にでも伺います」
「もう遅いしの。気をつけて帰るんじゃぞ!」
雨もあがっていた為、明日の約束を取り決めて工藤邸を後にした。
今日は散々だった。まさかコナンくんの正体を知ってしまうことになるなんて。最近引きこもってばかりいたから、私の周りの情報に疎かったのが問題だろう。たまには出歩かないといけないなぁ、と景光くんが聞いたら喜びそうなことを考えながら帰路についたのだった。
*
「いい情報があるのですがいかがですか?」
家に着いてからまずしたことは、フルールとして赤井さんに電話することだった。夜も更けていたのだがまだ起きていたらしく、比較的早く電話に出てくれた。
「ホォー・・・君からの情報提供とは珍しい。買わせてもらおう」
「・・・即決ですか」
「あぁ。君のことはそれなりに信頼している。有用な情報であることは間違いないからな」
「お褒めいただき光栄です。ただ、情報を売るに当たって、一つだけ条件をのんでいただきたい」
「なんだ?」
「ある人物の救済と保護です。それがのめないのであればお教えできません」
「ふむ・・・それはその情報に関わる人物か?」
「はい。しかしFBIにとっても有益かと思いますので」
少し考えるように間が空いたが、基本的に頭がいい人は即決のようで、肯定の意を伝えてくれた。
情報を簡潔に吐き出し、保護を頼みたい人物の名も一緒に伝えると、沈黙が続いた。きっと今の少ない情報だけで、私では到底考えつかないような策を練っているのだろう。だからこそ私も赤井さんに話したわけなのだが。
それからしばらくして、やっと私と電話していたことを思い出したようだった。
「すまない、考え事をしていた」
「構いませんよ。それで、有益な情報でしたか?」
「ああ。俺にとっては特にな。報酬はいつものようにさせてもらう」
「いえ、こちらの条件をのんでいただいてるのでサービスしておきます。50:50ということで」
「フッ・・・了解。ではする事があるのでこれで失礼する。またよろしく頼むよ」
通話が終わったことを伝える携帯を机に放り投げ、チョーカーを外す。これは、景光くんの件で手助けをしてくれた赤井さんへの恩返しも兼ねている。FBIに保護を頼めば、十中八九証人保護プログラムが適用されるだろう。そうなれば彼女が本筋に絡んでくることはきっとない。すべてが終わるまでは、彼女の身柄は国によって、別人として厳重に保護されるからだ。下手に私が助けてしまうと不和が生じるかもしれない為、赤井さんに託した。
いつかすべてが終わった時、降谷くんの憂いは少しでも小さい方がいい。私に出来る事は降谷くんの幸せの為に、降谷くんに関わる人達を、私に出来る範囲で守ること。
そう、私が伝えた情報とは宮野明美さんについてだった。