新一くんがコナンくんになってから数日が経過した。あの翌日、私は約束通り阿笠博士の家に向かい、コナンくんを手助けする為の開発を手伝った。あの有名な蝶ネクタイ型変声機である。フルールとして使っているチョーカーでもよかったのだろうが、やっぱりコナンくんといえば蝶ネクタイ!というわけで、普段からつけていても違和感の少ない蝶ネクタイにするべきだとの私の主張が通り、見事蝶ネクタイをつけてるコナンくんの完成というわけだ。それに、まだこれの存在を明かすわけにはいかない。
しかし、よくよく考えてみれば、蝶ネクタイを合わせても問題のない普段着を、問題なく着こなすコナンくんの外見は本当に素晴らしいな。
「強盗に、誘拐に、殺人か・・・。ったく、事件が絶えねーなー・・・」
「まー、だからこそ、君の推理が役にたっとるんじゃないか」
蝶ネクタイ型変声機を早くも使いこなし、バシバシ事件を解決に導いている、見た目は子供頭脳は大人、その名も名探偵コナン!くんは、今日も今日とて阿笠博士の発明品を受け取りに阿笠邸にやってきていた。かくいう私は、発明にはほとんど携わっていないのだが、チョーカーのメンテナンスで訪れていたところ運悪く遭遇してしまっていた。
手土産で持ってきていたチョコクッキーを頬張りながら、阿笠博士の手元を観察させてもらう。うん、何をしているかさっぱりだ。
「ホレ、完成したぞ!ワシが発明した犯人追跡メガネじゃ!」
「どーやって使うんだよ、これ?」
「横のボタンをおしてみい」
「す、すげー!!」
阿笠博士とコナンくんが、楽しそうに新たな発明品について話している。こうしてみると祖父と孫ぐらいの年齢差があるのに、対等に会話が成立しているのが少しおかしくて笑ってしまった。友人のような、家族のような、不思議な二人だなあ。
「なーに笑ってんだ、名前さん」
「あ、ごめん私のことは存在しないものと思ってくれていいから。続けて、どうぞ」
「なにをだよ。あ、そうだ。この蝶ネクタイ型変声機、名前さんも作んの手伝ってくれたんだよな?サンキュー」
「いやいや。ほとんど博士の功績だから。でも本当に蝶ネクタイよく似合うね」
「似合いたかねーけどな・・・」
「なんで?可愛いのに。よしよし」
「な、撫でるなよ!」
照れながらも振り払う素振りを見せないコナンくんにトキメキが止まらない。サラサラの髪を堪能するように撫でていると、さすがに下心がわかったのかそっと離れていってしまった。
少し残念に思いながら、コーヒーの入ったマグカップを口につける。
「名前さんさぁ」
「んー?」
「男の人と住んでるよな」
疑問形ではなく、確定的な言い方にコーヒーを吹きそうになったが寸前で堪えた。ここで動揺するようじゃだめだ。おちつけ、冷静に。別に誰だかバレなければいいんだから。気負う必要は無い。
コーヒーをもう一口飲んでから、平然を装う。
「なんでそう思ったの?」
「この前蘭に彼氏かどうか聞かれた時、男である事は否定しなかったからな。名前さんは隠し事は多いけど、基本的に嘘をつけない。まぁ、それがわかってるから嘘つくんじゃなくて、隠そうとするんだろうけど」
ブラボー!!ここが劇場なら、コナンくんは全ての観客からの惜しみないスタンディングオベーションを頂戴することが出来ただろう。しかしここは阿笠邸なので、私の心の中の拍手だけを送っておく。
「なぁに、気になるの?」
「そりゃあ・・・名前さんは自分の話あんましねぇから、私生活とか大丈夫なのかなって。ご飯とかちゃんと食べてなさそうだし」
「そんなに私頼りない?」
「名前さんのことは頼りにしてるよ。でも周りの事ばっかだから、もっと自分の事大事にしてほしくて。だから、住む人が男だろうが女だろうがどっちでもいいんだ。名前さんの私生活を見守ってくれそうな人ならな」
最近ふっくらしてきたからよかったよ。とすごく優しい笑顔で言われて、びっくりした。太ったって事!?ひどい!などと言うつもりはない。実際、少し前の私はかなり痩せてしまっていた。仕事があるとどうも食事を疎かにしてしまうせいだ。しかし、今は景光ママが私の食生活を管理してくれて、だいぶ肉がついてきた。
私が驚いたのは、それに気がついたことではなく、心配していた、という事にだった。
「し、心配してくれてたんだ・・・」
「はぁ?あたりめーだろ?」
本当にコナンくんは優しい。いや、この世界の人はみんなそうだ。彼は私を周りのことばかりだというが、コナンくんこそ最たる例ではないだろうか。身近な人が危険な目にあえば、助けを求めていれば、迷う間もなくその頭脳と勇気と行動力をもってたちまち解決してしまう。こんなただの近所のお姉さんのことも気にかけてくれるなんて、彼の心の空き容量はどれほどあるのだろうか。
少し複雑な気持ちを抱えてしまい、もにゃもにゃとよくわからない言葉を吐いてしまった。
「・・・私の事より好きな人と同棲してるコナンくんの方が心配だなぁ」
「なっ!別に、蘭のことなんか好きじゃねーし!!」
「一緒にお風呂入ったりしてるの?ばったり下着姿の蘭ちゃんに遭遇したりしてない?寝込み襲っちゃだめだよ?」
「だー!!うるせーな!!んなことしねーよ!!」
「よかったよかった。でも本当に、コナンくんのことは心配。小さくなった日も怪我してたし・・・。あんまり危ない事件とかに首つっこんじゃだめだよ。蘭ちゃんも心配するから」
「・・・わーってるよ」
心配されて照れたのか、そっぽを向きながらコナンくんは答えてくれた。でもきっと黒の組織の事になったらどんなに危険でも飛び込んでしまうのだろう。小さくなるのを阻止することはできたのにしなかった私に、これ以上は心配する権利がない。
会話が止まったタイミングで、コナンくんが時計を確認して慌てて立ち上がった。
「いっけね。今日はおっちゃんのとこに夕方から依頼人が来るんだった!また何か作ったら教えてくれよ!」
「おお!毛利君によろしくなー!」
足早に去っていったコナンくんを追うように、阿笠博士に一声かけてから私も阿笠邸を後にした。この後はスーパーに寄って、景光くんに頼まれた卵を買って帰らなければならない。今夜はオムライスだ。
*
「ごちそうさまでした。おいしかったよ」
「そうか?卵も上手く巻けるようになってきたし、次はたんぽぽオムライスに挑戦だな!」
今日の晩御飯のオムライスの感想を告げると、さらに高みを目指すとの発言に笑ってしまい、激励の言葉をかけた。今のままでも充分おいしいが、景光くんはシェフにでもなるつもりだろうか?味がある程度安定してきた後は、見た目にも気を使いだして、今では私より料理の腕は上だろう。趣味ができたのは何よりだが、あまり大食いではない私の事を考えずに料理を作りまくるのだけはやめてほしい。
景光くんは私の食器も一緒に下げた後、そのまま鼻歌を歌いながら洗い物を始めた。家事は基本的に交代でする事になっている。しかし、料理だけは、放っておくと「1日2日は食べなくてもよくない?」派な私には任せられない!と景光くんが全部引き受けてくれている。
「それじゃあ私は仕事部屋にいるから。おやすみなさい」
「おう、おやすみ。あんま夜更かしすんなよ」
この人は私のことを5歳児とでも思っているのだろうか。少しだけムッとしながら景光くんに挨拶を告げて、仕事部屋へと入る。
パソコンを起動させてメールをチェックすると、赤井さんからのメールが1件入っていた。内容は、宮野明美さんが私に依頼があるそうだから連絡してやってほしい、との事だった。大体の予想がついていた私は、了解の旨を返信して、そのままメールに記載されていた電話番号をコールするのだった。