「名前さん!?おい!!」
哀ちゃんが何を言うのかまでは覚えていないが、犯罪組織の一味らしき女の子に、阿笠博士の命を奪ったかのような事を言われて、さらに私が倒れていたらさすがのコナンくんも焦りを隠せないようだ。目を閉じているだけの私の肩をつかんで勢いよく揺すられて、普通に酔いそう。
そろそろネタバレしないと吐いてしまう、と思った瞬間トイレの中から阿笠博士が出てきて、コナンくんは私の肩から両手を離した。急に離されて受け身をとれるはずもなく、少しだけ浮いていた私の背中は地面に叩きつけられてしまった。これが世間でいう自業自得か。
*
「いやースマンスマン!名前君とパソコン通信について語り合っておってのー、電話回線がふさがっておったんじゃ!」
「ごめんねー、ちょっと眠くて私も床で寝ちゃって」
「・・・・・・」
まだ頭の中の整理がつかないのか、コナンくんは口をぽかりと開いて私と博士を交互に見ている。しばらく見つめ合っていると、玄関からドアが開く音がして哀ちゃんが帰ってきた。
「ただいまー」
「哀ちゃん、おかえり」
「あら、あなたも来てたのね」
「おかえり、哀君。どうじゃった、学校は?」
「結構楽しめたわ」
「あのガキ、ハメやがったな・・・」
阿笠博士にぶーぶー文句を言っているコナンくんは放っておいて、ソファに座っている哀ちゃんの隣に私も腰かける。哀ちゃんは女性雑誌を読みふけっていたが、それに構うことなく私は話しかけた。
「今日哀ちゃんの服持ってきたよ。頑張って哀ちゃんに似合うの選んだつもりだけど、気に入ったのだけ着ていいから」
「悪いわね」
「いいえ。もしこういうのが欲しいとかあれば、言ってくれれば買ってくるし」
「・・・お人よしね」
「まさか、私ほど独善的な人間はいないよ」
「あらそうかしら。自分の事って、案外わからないものなのよ」
本当の年齢も私より年下のはずなのに、この達観ぶり。さすが黒の組織でコードネームを与えられているだけはある。本を読む横顔は、小学生のはずなのに大人のように見えた。反則的に魅力的な哀ちゃんに、私はほぅ、とこっそりため息をついた。
だが、私が独善的で自分勝手な人間であることが揺らぐ事はない。私は私の為に、彼女をだましているのだから。
哀ちゃんの名前の由来を呑気に話す博士にらちが明かないと、コナンくんが声を荒げた。
「んな事聞いてんじゃねー!なんで黒ずくめの女が博士の家に・・・」
「拾ってくれたのよ・・・雨の中・・・あなたの家の前で、私が倒れていたのを、その博士がね。この女の人は、その時博士の家にいたから身の回りの事を助けてくれたの」
「オレの家の前・・・だと?」
哀ちゃんから語られる、黒の組織による工藤新一の生死確認調査について、黙って聞く。ここまで抜かりないのに、結構スパイを許容してるのすごい。おそらくスパイの人達の力量がすごいからなのだろうが。
その後、哀ちゃんのお姉さんが殺された話になり、私は赤井さんが私との約束を違えていないことを知る。もちろん、そんな事をする人ではないと思っているが、宮野明美さんの事になると、彼はなにをするかわからないところがある。宮野明美さんが亡くなっている時の赤井さんしか知らないから、あてにならない情報ではあるが。
「よし、善は急げじゃ!」
また一人で考え込んでいるうちに、博士がどこかに電話をし始めた。
話を全く聞いていなかった為、流れがつかめず首を傾げていると、コナンくんが私の名前を呼んだ為、ソファから立ち上がり傍に寄る。
「オレは怒ってんだ」
「え、なんで?話聞いてなかったから?ごめんごめん」
「バーロー。昼間会った時、あいつの事知らないふりしただろ」
「してないよ。はじめましてなんて言ってなかったでしょ?」
「屁理屈じゃねぇか!」
「まぁ、初対面じゃないように見えるような挨拶の仕方はしたけど」
「組織にいた奴だぞ!?オレには言ってくれてもいいだろ!」
「でも哀ちゃんに自分で言いたいって頼まれてたから・・・」
「騙されてたかもしれねーんだ!もっと危機感持ってくれよ!」
「哀ちゃんは大丈夫だよ」
「・・・そういうことが言いたいんじゃねーよ」
不機嫌にそう言って、コナンくんは博士の傍に行ってしまった。どういう事が言いたかったのだろう。哀ちゃんは本当に組織を抜けてきているし、私たちをはめようなんて思っていない。私だって無条件に人を信じる程バカじゃないつもりなのだが。頭のいい人は何を考えているのかわからない時がある。特に降谷くんやコナンくん、赤井さんと話していると思う。少ない情報からあらゆる事を推理できてしまうので、頭の悪い私には、そこに至るまでの過程がわからない。
少しコナンくんの気持ちになって想像してみたが、やはりなぜ怒っているのかわからない。理由もわからないのに謝るのも違う気がするし、直接聞くとさらに怒られそうだ。ほとぼりが冷めるまでは大人しくしていよう。
「では3時間後、そちらに・・・。よし、じゃあ行くぞい!」
「どこか行くんですか?じゃあ私帰りますね」
「いや、名前さんも来てくれ。オレの体を小さくした薬のデータが入ってるかもしれないフロッピーを取りに行くんだ。名前さんの力が必要かもしれない」
「あ、わかりました」
私の方を見ずにコナンくんがそう言った為、思わず敬語で返事をする。だめだ、相当怒ってる。嫌われてしまったのだろうか。少し寂しいが、しょうがない。
フロッピーを取りに行くだけならば、手に入ってからしか私は必要ないはずなのに、一緒に来てほしいというのはきっとコナンくんの優しさだ。哀ちゃんの事をまだ疑っているであろうコナンくんは、ここに一人で置いていくのも、一人で家に帰すのも心配なのだろう。
蘭ちゃんに電話をかけるコナンくんを待って、4人で博士の車に乗り込んだのだった。
*
「あなた、彼に何かしたの?」
「彼って?」
「あら、工藤君によ。さっきからあなたと目を合わせていないから」
「あぁー・・・」
博士のビートルに乗り込み、後部座席に哀ちゃんと並んで座った。すると、哀ちゃんから急に話しかけられ、内容がコナンくんについてだった為、前の座席を確認したが、助手席に座っているコナンくんと博士の二人は何やらこそこそと話し込んでおり、私たちの会話は聞いてないようだった。少し哀ちゃんの方に体を傾け、声を潜めて話を続ける。
「なんか怒ってるみたいなんだけど、理由がわからなくて・・・」
そうだ、哀ちゃんならば頭がいいからわかるかもしれない。私は恥を忍んで、先ほどの会話の概要を話した。もちろん、哀ちゃんの辺りは濁して。最後まで聞いてくれた哀ちゃんは、はぁ、とため息をついて呆れたように言った。
「なぜ工藤君が怒ったか、わかったわ」
「本当に?教えてください」
「だめ」
「えっ」
「私から言ったって意味ないもの」
「そこをなんとか」
粘ってみたが、そこから哀ちゃんが口を開くことはなく、私は引き下がるしかできなかった。